第52話 王族
「王太子であった父上が流行病で急逝してな、本来なら叔父上がそのまま王太子になる筈だったのだが、まぁ王宮によく有る派閥問題で、父上の派閥の奴らが自らの地位の失墜を恐れて、成人どころか十歳になったばかりの俺を擁立しようとしやがったんだよ」
先輩は困った顔をしながら当時の事を喋りだした。
周りの近衛騎士達も特に驚いた顔をしていないのは、少なくともこの部屋の人物にとって周知の事実なのだろう。
知らなかったのは、俺と姫さんくらいか。
先輩の言う通り、よく漫画や小説で見る王宮あるある事件だな。
派閥のお陰で甘い汁を吸えてた貴族共が、主人が死んだ後、その保身の為に幼い王子の後見人となって更なる権力を手に入れようとする。
本当によく聞く話だ。
「最近は平和だが、当時はこの周辺も結構荒れていたんだ。王宮の政争が国の一大事になる可能性が有った。派閥連中には悪いが、俺の父上と叔父上はプライベートではとても仲が良くてな。勿論俺も叔父上が大好きで尊敬していたんだ。幼いながらも、このままではマズイと、俺が叔父上に計画を提案したんだ。俺の死亡計画をな」
「勿論最初は儂も馬鹿な事を言うなと怒ったが、確かに、当時南方に有った国が我が国の政争に付け込んで侵攻するとの噂が出てきて、国を纏める為にと計画に乗る事にしたのだよ」
そんなキナ臭い事が有ったのか。今じゃ平和過ぎて想像も付かねぇな。
「どうやって死んだ事にしたんだ?
「当時、運が良いのか悪いのか『大陸渡り』がこの国に現れてな。派閥に向けての名目は実権を握る為の人気取りと言う、まぁ馬鹿なお坊ちゃんが考えそうな理由で、先頭切って調査に名乗りを上げたんだ。一応当時の俺は建国以来の天才魔術師と言われていたしな」
「『大陸渡り』……」
その言葉を聞いて、血が沸騰しそうになった。
神が作った設定と言うのは分かっている。
分かっているが、俺の村を滅ぼした元凶だ。
記憶がリアルである分、現実では無いと分かっていてもそいつに対しての憎しみは今も消えない。
つい最近夢でも見たしな。その想いはまた俺の胸を締め付ける。
「どうした? 急に険しい顔をして」
「いや、その名前が嫌な記憶を呼び起こしただけだ。気にしないでくれ」
俺の故郷の事は誰にも言っていない。
『大陸渡り』の事もな。
当時、作られた記憶と現実の出来事に矛盾が出たらどうしようとか考えていたし、それ以上に口にしたら作られた記憶の中の悲しい出来事を、本当に有った事と認めてしまいそうになったからだ。
親しかった人達との別れの悲しみを、お話や妄想の事として処理しないと、この世界で神にも見放され一人で生きて行くには、当時の俺は子供過ぎた。
この世界は一四歳で成人か知らないが、元の世界では中学生だ。
全てを失った悲しみを受け止めて強く生きる心構えなんて、持っている訳がねぇじゃねぇか。
「そうか……。まぁ、民衆の人気取りには格好の出来事だ。派閥の奴等もまさか俺が命を落とすなんて計画を立てているとは思わず、適当に調査するだけでも民からの支持は俺側に傾くだろうと安易に考えてな。喜んでこの話に乗って来たよ」
「なるほどな。しかし、どうやったんだ? まさか本当に『大陸渡り』に特攻した訳じゃないだろう?」
「いや、特攻したぜ」
「はぁ? どうやって? なら、なんで生きているんだよ!」
『大陸渡りの魔竜』
古よりそう呼ばれ、人々に恐れ恐れられているその存在は、突序として姿を現し、そしてこの世界に破壊をもたらし、去って行くと言うまさに自然災害みたいなものだ。
数十年に一度、特に理由も無く、ただ気紛れにこの世界に対して圧倒的な暴力を撒き散らす。
対象は別に人類に対してだけじゃなく、奴が気に入らない
それが建造物だったり、森だったり、山だったり。
時には当時人に危害を与えていた大型の魔物を倒したとの言い伝えも残っていたりと、まさに気紛れとしか言いようがない。
その事から『世界三大脅威』の一つにも挙げられているようだ。他の二つは詳しく知らないがな。
人々は色々とその理不尽に対して理由を付けているが、本当の所は分かっていねぇ。
そう言う訳だから俺の村が滅ぼされる理由に選ばれたのも、神的に都合が良かったんだろう。
ただ、俺的には『世界三大うんちゃら』と言う響きに中二病を刺激された神達が盛り込んだお遊びじゃねぇかと思っている。
恐らく正しい筈だ。
俺でさえ記憶の事が無かったら、少しその響きにときめいていたんじゃねぇかと思うぜ。
そんな神出鬼没に対して特攻なんて、即応出来る通信手段が無いこの世界。
特攻は難しいし、もし出会ってもその理不尽な暴力から生き残るのは不可能だ。
「正確には『した事になった』だがな」
「『した事になった』? 護衛は居たんだろ?」
「ガハハハハ。情けない事に俺の派閥の奴らが寄越した護衛は腰抜けでな。運良く飛んでいる奴の姿を遠目に見た途端、全員逃げ出しやがったんだ。後は簡単だったぜ。適当に奴の後を追いかけて行って途中でドロンすれば良いだけだったからな。更に都合の良い事に『大陸渡り』は、何が気に入らなかったのか誰も住んでない土地を攻撃して去って行ってくれたよ」
「あれには儂も肝が冷えたぞ。直ぐに連絡も寄越さなかったし、本当に死んだのかと思っていた。暫く後に『隣の大陸に渡る。さらば』と言う手紙を受け取った時は、最初偽者かと疑ったくらいだ。まぁその頃には政争も一段落着いていたので、その後も時折連絡のやり取りはしておったが……」
あぁ、だからアメリア王国に居たのか。
理由は違うが、俺と同じ様に身バレ防止の為に新天地目指して大陸を渡ったのか。
「それで、先輩はこの国に戻って来て大丈夫だったのか? 昔と言っても当時の事を知っている奴も居るだろう?」
「分かる奴ぁ居ねえよ。派閥で欲を掻いた奴らは俺の死亡の知らせと共に失墜して今はこの国の中枢にその席は残って居ねぇし。何よりこの体形から当時を連想する奴は居ねぇだろうな」
「? その筋肉ダルマがどうかしたのか?」
「ほぉショウタ? 王族に向かってよくそんな口が利けるよな」
「ちょっ! 自分で『元』って言っただろう! アイアンクローは止めろって! いたたたたたた!」
今更じゃねぇか! 何が王族だよ!
この筋肉ダルマめ!
「話が進まねぇし、今日はこれ位にしといてやるぜ」
解放された俺はその場に倒れ込んだ。
マジで先輩の攻撃は何故効くんだ?
倒れ込んだ俺の事を心配して、姫さんが『大丈夫でですか先生?』と声を掛けてくれた。
あぁ、さっき国王が言っていた様に、確かに姫さんは変わったかもしれんな。
一昨日の姫さんなら、無視していたか、俺の頭を踏み付けて『あら? こんな所にゴミが落ちていますわ』とか言ってたと思うし。
想像だが、多分確実に言うと思う。
「当時の俺はな、周りから紅顔の美少年と言われていた程、華奢で小さかったからな」
「自分で美少年って言った! ならなんで、今はそんな姿になってるんだよ! 変装のつもりか?」
衝撃の事実にツッコみながら起き上がると、先輩は顔を真っ赤にして頬をポリポリと掻きだした。
正直、さっきの言葉より、今俺が見ている筋肉ダルマのアラフォー卒業者の照れ顔の方が衝撃だ。
「あ~、カミさんがな。昔告白したら『あたいはマッチョな男しか興味無いんだよ』って言ったからだよ」
…………。
…………。
「なんか言えよ! 黙るな!」
「あ~、いや。まぁ幸せそうで良かったなと思っただけだ」
俺が会った頃には既に筋肉ダルマだったが、そんな壮絶な過去が有ったのかよ。
当時の姿は分からんが、そりゃあ美少年と言われていた人物が、こんな
「十年前に再会した時には、最初は儂も俄かには信じられなかったがな。まぁ面影は有ったし、当時の事も知っておった。それに儂にはそんな事は関係無しに分かるのでな」
『関係無しに分かる』? なんか変な言い方だな?
肉親の感って奴だろうか?
「あぁ、そうそう、ソォータ殿はこの宿屋のエントランスに掲げられていた絵画は見たか?」
「え? えぇ、なんか綺麗な人の絵でしたね」
「当時のランドルフの姿は、その絵のモデルとなった建国者の妃に瓜二つであったのだよ」
「「「えぇぇぇぇぇーーーーー!!」」」
更なる衝撃に俺だけじゃなく、姫さんと護衛のねぇちゃんまで驚愕の声を上げた。
護衛のねぇちゃんも先輩の事を国王の甥と言う事は知っていたが、当時の姿については初耳なのだろう。
よく見ると、後に居る近衛騎士達も声は上げないが目を剥いていた。
王子は笑っているようだが、もしかして『美少年』の頃の先輩を知っていたのだろうか?
「ん? そう言えば……。あの顔どっかで見たと思ったら……、そうかっ! 嬢ちゃんだ! 服装や髪形から、すぐに連想出来なかったが、言われて分かったぜ。……しかし、姉御に似ているから可愛らしい顔をしているのかと思ったら、実は父親似だったと言うのはかなりの衝撃だぜ……」
言われてスッキリした……。
どっかで会った事が有る顔だと思ったら、そうだよ嬢ちゃんにそっくりなんだ。
………。
「いやいやいや、そうじゃない。と言う事は嬢ちゃんは……?」
この国のお姫様?
「おっと、それ以上は言うなよ。幾らこの部屋に居る奴等は事情を知っているとは言え、言葉にしたらダメだ。俺は死んだ事になっている人間だし、この国の跡継ぎとなる王族は叔父上殿の血筋の者しか居ねぇんだよ」
なるほど、そうだな。
暗黙の了解と言うヤツで言葉にしたらダメなのだろう。
しかし、先輩がこの国の王族だったとはな。
おや? なんか引っかかるな。
先輩は王族なんだろ?
元々、この宿屋に来た目的って、そう言えば……。
「あれ? 王族だったら秘密の伝説知っていたんじゃねぇの?」
そうだよ。王族の口伝なら、先輩も知っていてもおかしくない。
なら、ここに来る必要ね無ぇじゃねぇか!
「言っただろう? 俺は成人前に城を出たんだよ」
「あぁ、そう言ってたが、それがどうかしたか?」
「王家に伝わる秘密の伝承とは、多かれ少なかれ成人の儀式の際に受け継ぐ物なのだ。私の王国でもそうだった。恐らくこの国でもそうなのであろう」
王子が横から追加説明をして来た。
姫さんが、『え? 学園長も王族なの?』と驚いた顔をしている。
別の国の王族と言う事で、急に態度を改めだした。
「うむ、その通り。ランドルフが知らないのも無理は無い。この国でも秘密の口伝は王族が成人する際に受け継がれて行く事になっておる。とは言え、男子のみなのでこやつは知らんがな」
あぁ、元から姫さんは知らなかったのか。
聞き出そうとしなくて良かったぜ。
知っている振りをして無理難題要求される所だった。
危ない危ない。
「まぁ、口伝と言っても女神様の言葉だけと言う訳では無く、この国を率いていく為の様々な事柄に付いてだがな。恐らくそれは他の国でも同じなのだろう」
「私の国は女王が認められていたから、男子のみと言う制限は無かったが、似たようなものだよ。まぁ、もうその国も無いので、伝える事も無くなったがね」
「あ~なるほど……」
王家の仕組みとか良く分からんが……。
要するに俺はどうあっても、ここに来なくちゃ行けない運命だったって事か。
……はぁ。
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