第51話 衝撃の事実
「ちょっ! ちょっと止めてくださいよ。国王!」
座ったままだが、俺に頭を下げたままの国王に対して、俺は慌てて止めるように言った。
冗談じゃない。
ここは密室で、関係者以外居ないとは言え、それだからこそ逆にアウェイな訳だし、自分達の主人がただの庶民相手に頭を下げている光景は面白くも無いだろう。
現に幾人かは面白く無いと言う顔で俺を見ているし。
王宮関係の人間にあまり目を付けられたくねぇんだが。
「いや、これは一人の困った娘を持つ父親としての気持ちなのだ」
国王はもう一度父親と言う言葉を強調した。
それにより、少しだけだけど空気が揺るいだ気もする。
「お、お父様! そんな事思っていたのですか? 本当にもう失礼しちゃいます!」
自分の父親からの、まるでダメ人間みたいな口振りに又もやプリプリとした顔で文句を言う姫さんだが、それを見た周囲も俺の失言に怒った姫さんの態度を見た時の様に、目を剥いて姫さんに注目している。
国王はその時とは違い苦笑していた。
「すまんな。ソォータ殿には分からんだろうが、この娘の態度がおぬしの指導の素晴らしさを物語っているのだよ」
「姫さんの態度?」
「あぁ、先程も言ったであろう。昨日会場で娘と会った時も、一瞬別人かと思ったのだ。我の強さは相変わらずだが、綺麗に棘を剪定された薔薇の花束の如き輝きを放っておった。周囲の者に対しても労いの言葉を掛けるなど、短い間でも違いを上げたら枚挙に暇がない」
う~ん、それは踊れないコンプレックスが解消された事による心の余裕なだけな気もするが、いつも接している人には、それが大きく感じるのかもな。
「おぬしが最初に娘に対して暴言紛いの驚いた声を上げたであろう? 今までならそれだけで大変な事になっていたのだよ。以前同じような無礼を働いた者が居ってな。その時はもう、言葉にするのも気が引ける程の大騒動で王族スキャンダル漏洩の為の情報封鎖にここに居る者も心労を重ねたものだ」
やっぱり有るんだ、スキャンダルって言葉……。
それは置いておいて、周りには当時を思ってうんうんと感慨深げに頷いて居る者も幾人か居た。
場の空気も明らかに俺に対する感謝の念に変わって来ている。
「苦労されたんですね……。まぁ皆に喜んでもらえたら一昨日の事は良かったと思えますよ」
俺の言葉に近衛騎士達の間に笑顔が広がった。
まるで苦労を分かち合った友の様に。
「それとおぬしに確認したい事が有るのだが、儂が聞いた話では、先の魔物……、いや魔族なのであったな。その襲撃の際に瀕死の怪我をした治癒師を、有ろう事か貴重なエリクサーを使用した者が居たと言う事だ。その者はこの街のギルドの教導役、つまりおぬしの事だな。ソォータ殿」
「あ、あぁ、そ、そうだけど……」
ぐわっ! ここでその話が飛び出すか!
周りが信じられないと言う様な畏敬の念を込めた眼差しで俺を見て来た。
『エリクサー』と言えば、ゲームや物語でも定番のアレだ。
この世界でもやはり奇跡の薬として語り継がれている。
正直使用例なんて風の噂でもそうそう聞かず、大抵法螺として笑い話になる位だ。
そう言う訳で、効果の程は未だ解明されているとは言い難い。
実際に残っている例では、過去とある王国で王女が不慮の事故で亡くなった際、翌朝献上されたエリクサーを使用した所、見事蘇ったと言われている。
俺の推測では、恐らくあれは薬では無く、神の力技で全てを無かった事にするみたいな、ゲームで言うリスポーン用のアイテムなんだろう。
これに関しても、神がノリで突っ込んだお遊びなんだろうな。
しかし、改めて考えると早まったか……?
この世界に染まって来たと思っていたが、ちょっと貴重なゲームアイテムと言う前世のイメージが強く、この世界の住人との意識のズレを考慮せずに簡単に言っちまった。
これも神の罠? いやこれは普通に俺の迂闊さによるものだな。
元の世界でもそんな薬が有れば、治癒魔法が存在するこの世界の住人以上に奇跡の薬としてされていただろうし。
いや、だからこそ、そんな奇跡の薬が物語に出て来るんだけどな。
「神の奇跡であるエリクサーを利己的では無く、利他的に使用した者には、名誉を称える事が過去からの慣わしとなっておる。更に今回は魔族討伐に当たり、神の奇跡の代行者である、瀕死であった治癒師に使ったのだ。教会からも恩賞の話が出ておるが、何か望みは無いか?」
げっ! そんな話聞いた事も無かったぞ。
なんかこれ皆の前で表彰とかされちゃう奴じゃないのか?
ヤバい! ヤバいぞ! そんな事になったらまた別の街に逃げないと。
「い、いや、そんな大した事じゃないさ。昔、隣の大陸の遺跡で拾ったもんだし。まさか本物だとは思わずに、神頼み気分で使っただけなんだ。それに教え子の彼女だったから教導役としたら使わない訳に行かないだろう? なんせ、教え子のパーティーに死者が出たなんて、俺の評判に関わるしな。だから別に褒美なんて要らないさ」
「わざと悪ぶらなくても良いぞ。例えそうだとしても、実際にその様な場でその行為を行える者など、そうは居まいよ」
「おぉ、なんと素晴らしい心の持ち主なのだ……」
「魔族が待ち構えていると言うのに、自分の事より教え子の恋人に使うなんて……」
「やはり先生は素晴らしい方ですわ。褒美と言う事でしたら、わた……」
「姫様! それは言わせません!」
「むぐぐ」
なんか、余計俺の株が上がった気がするぞ?
これはダメだな。何を言っても反対の結果にしかならない奴だ。
……仕方無い。
姫さんには軽蔑されるだろうが、俺の過去の罪を全部喋って、そんな名誉なんて値しない奴だと認めさせるしかねぇか。
真実がどうであれ、それはただの結果論だ。
俺のした行為は無条件で許される物じゃない。
この世界に時効なんて無いが、指名手配自体は取り消されているから、いきなり捕まると言う事は無いだろう。
逆の意味で警戒と言う名の注目を浴びる事になるだろうが、王国や教会の連中が罪を犯した人間を、持て囃すなんて事はしねぇだろうし、それなりに静かには暮らせるようになる筈だ。
「え~と、俺はそんな大層な人間じゃないんだ。俺は昔……」
「そこまでだショウタ! お前は立派な人間だ。俺が保証する!」
「せ、先輩?」
俺が過去の罪を告白しようとした時、先輩がそれを遮って来た。
「あ~、ちょっといいか? 皆。こいつはな、田舎者だからよ。世間の評判とか名誉とか、そんなのに疎いんだよ。逆に負担に感じて困ってるんだ。あまりそうやって褒めだすと明日には街から逃げ出しちまうぞ? だから放っておいてやって欲しい。こいつに取ったらそれが一番の褒美だぜ」
先輩が俺の事を庇う為に、俺の気持ちを代弁する様な事を言ってくれた。
田舎者ってのは余計だが……。反論は出来ないな。
しかし、一介のギルドマスターがこの面々の前でこんな事しても良いのか?
また、護衛のねぇちゃんがヒートアップする……んじゃ?
あれ? 護衛のねぇちゃんだけじゃなく国王も周りの護衛騎士達も考え込んでしまった。
怒らないのか?
姫さんだけは、俺と同じく周りの皆の反応にキョトンとした顔をしているが。
「その方が言った事は本当ですか? 先生」
この人誰? みたいな顔で姫さんが聞いて来た。
その反応は正しいし、先輩の言った事は俺の罪を隠してくれているのだが、俺の気持ちの代弁でも有る。
「あ、あぁ。昔からこう言うのが苦手でな。あまり騒がれるならまた旅に出るかと思っていた所なんだよ」
「それはいけませんわ! けど、先生の名誉を称えられないのは……」
姫さんは何か残念そうな顔をしてそう呟いた。
「そんな事は俺に取ったらどうでも言い事なんだよ。それよりありがとうな。先輩」
「ガハハハハ。良いって事よ。まっそう言う事だからよ。伯父上殿! 済まねぇがあまり事を荒立てないでやってくれ」
先輩は俺の感謝の言葉を笑って応え、そして国王に改めてお願いを……。
はぁっ? 先輩何を言って?
い、いや聞き間違い? 見間違い? 国王じゃなくて後ろに居る近衛騎士の誰かに言ったのか?
あぁ、先輩は近衛騎士の家の出だったのかな? なら国王と知り合いってのも、辻褄が合うか……。
しかし、アラフォー卒業してアラフィフに足を突っ込もうとしている先輩が『叔父上』と呼びそうな年齢の者は居ない。
それに先輩の目線はまっすぐ国王に向かっている。
え? えぇ? いや、そんな。
「ふむ、お前の頼みなら仕方が無い。しかし、本当にそれで良いのかソォータ殿」
「え? あっ、はい。えっと、それでお願いします」
国王は先輩の頼みを聞き、俺に確認して来た。
理解の範疇を超えている俺は、その王からの問い掛けになんか上ずった声で答えてしまった。
や、やっぱり、先輩は国王に向けて……?
「そうか、まぁ、色々と事情が有るのだろう。ではソォータ殿の望む様にしよう。しかし、ランドルフ、いや、今はガーランドか。今では同じく国で暮らしているのに、面と向かって会うのは数年振りだな。元気に……は、しておるようだの」
え? え? ランドルフ? なにそれ?
「まぁ事態が事態だからな」
頭を掻きながら、そう言って国王に返す先輩。
俺の頭の中は混乱して来た。
「ど、どう言う事だよ、先輩?」
「言ってなかったな。俺は元この国の王族なんだよ! ガハハハハ」
「はぁっ? なんだそれ?」
「元ではないぞ。未だに儂の中ではお主は可愛い甥っ子だ」
なななな? 頭が混乱して訳が分からん!
「俺の成人前に、叔父上殿の兄であった俺の父が死んでな。後継者問題がややこしいから俺は表向きは死んだ事にして城を出たんだ」
「えぇぇっーーーー!!」
衝撃の事実に、俺は驚愕の声を止める事が出来なかった。
王子と設定もろ被りのじゃないか! いや、だからこそ二人はアメリア王国時代から仲が良かったのか?
あまりの事実に激しく驚きつつも、二人の不思議な関係について、同じくらい激しく納得している自分が居た。
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