第44話 後悔


「ソォータ殿ぉ! ソォータ殿ぉ! お待ち下さい!」


 姫さんの護衛で、ある意味先程の騒ぎの原因となった、恐らく近衛騎士と思われる女性が俺の名前を叫びながら廊下を走っていった。

 

 ふ~危ない危ない。


 俺は目の前を通り過ぎた女騎士を尻目に来た方と反対側に逃げ出した。

 不可視の魔法を掛けて無かったらヤバかったな。


「しかし、何だってんだ? いったい」


 何とか全員とダンスを終えた後、一目散でご馳走が待つテーブルまで走っていったのだが、視界の端で姫さんが、なにやらコソコソとこちらの方をチラ見しながら女騎士に耳打ちしているのが見えた。

 その視線は恐らく俺の事を指している様で、間違っても俺の目の前に並んでいるご馳走を取って来る様に頼んでいるとは思えない。

 どう考えても嫌な予感しかしないので、泣く泣く目の前のご馳走に三度さよならを言って人混みに紛れてホールから出ると、案の定俺を追って来やがったんだ。


 さて、どうしたものか?

 このままホールに戻る訳にも行かない。

 しかし、先輩達に何も言わずに抜け出すのも、余計な心配を掛ける事になるし、かと言って不可視のまま背後から声を掛けて驚かれたら元も子も無ぇ。


 俺はどうしたものかとホール前の廊下の隅に立ち、一人思案に暮れていた。

 とは言え、いつまでも不可視状態で此処に居る訳にもいかず、遠くから俺の名を呼ぶ女騎士の声が再びこちらに近付いているので、早急に答えを出さねばならねぇな……。


「もしかして、そこに居るのは小父様?」


「hysっ!」


 突然声を掛けられたので、言葉にならない声を上げてしまった。

 どうやって発音したのかは言った俺でも分からねぇ。

 

「その声はやはり小父様ですの!」


 メ、メアリ? 何で俺の事が分かったんだ?

 いつの間にか魔法解けてた? ……いや、ちゃんと魔法は発動したままだ。


「メ、メアリ! どうして俺がここに居るの分かったんだ?」


「簡単な事ですの。まず小父様が外に出た。そして、その外には隠匿された魔力の微かな歪みを感じた。それさえ分かれば、そんな事が出来るのは小父様だけと言う事が分かりますですの」


「ぐッ。おかしいなぁ~。攻撃魔法ならいざ知らず、身バレを防ぐ魔法には自信が有ったのによ」


 不可視に変装、それに隠匿や妨害と言った類の補助魔法は、それこそ寝る間を惜しんで特訓した。

 それさえ有れば、覚醒前に仕方無くしていた無駄に演技で人と交じるなんて事をしなくて良いと思ったからだ。


 そして、一流の魔法使いでも気付かないレベルにまで昇華させたと自負してたんだが、ここ最近そんな自負もボロボロだ。

 範囲浄化の時は先輩や王子に魔法発動をさとられたし、このメアリに関しちゃ、効果範囲内とは言え魔法の種類だけじゃなく、調整内容まで読まれてしまった。


「ふふふ、それだけ私は小父様の事を……」

「ソォータ殿ぉ~! あっ、聖女様。すみませんがソォータ殿を見ませんでしたか」


 ビビッたぁ~!! また変な叫び声を上げる所だった!

 メアリが何かを言おうとしているのに気を取られ、背後からの女騎士の接近に気付かなかったぜ。


「チッ!」


 んん? メアリの方から、なんか舌打ちみたいのが聞こえたが……気のせいだよな。

 心優しいメアリが、そんなお行儀の悪い事する訳無いし。


「すみません、ジュリア様。私はまだ教会本部から正式に聖女の任命を受けておりません。そんな私が聖女と呼ばれるのはおこがましい事ですので、止めて頂けませんか? 」


「はっ! す、すみません。これは失礼いたしました。あ、あのすみません。ソォータ殿を見ませんでしたか?」


 あぁ、メアリの奴、聖女って言われてちょっとイラって来たのか。

 語尾の『の』が抜けている。

 その事の舌打ちだな。聖女と呼ばれるのがそんなに苦痛なのか。

 このままじゃ、メアリがどんどんスレていっちまう。

 明日は絶対作戦を成功させないとな。


「なぜ、ソォータ様を探しておられるのですか?」


「そ、それは、姫が明日の式典後すぐに戻らなければならない為、先程のお詫びとお礼を兼ねて、この後お食事会……」


 え? メシ奢ってく「先程ホールに戻られる所を見た様な気がします!」れるのか?


 うぉっ! びっくりした。

 女騎士が俺を追ってきた事情を話そうとしたのを遮って、メアリは俺の嘘の行き先を告げた。

 有無を言わせない迫力が有り、女騎士も少し気圧されている。

 

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 メアリの言葉を素直に信じて、女騎士はホールに入っていった。

 聖女候補のメアリが嘘を付くなんて思ってもいないのだろう。

 メアリの迫力が怖かったのも一因かもしれないが。


 けど、メシ奢ってくれるってんなら別に逃げる必要無かったな。

 もしかして、俺が飯に有り付けていないのに気付いた姫さんが気を利かせてくれたのか?

 それなら、あの厳つい女騎士に頼まずに本人が来りゃ最初から話聞いてやったのによ。

 女騎士があんな鋭い目で俺を追って来るもんだから、てっきり無理難題を押し付けられるのかと思ってたぜ。


 今からでも戻って……。


「何をしているんですの? 小父様?」


 ビクッ! 『の』付きなのになんか迫力がある!


「え? 何って……? いや姫さんの目的が無理難題とかじゃ無ぇみたいだし、別に良いかなって」


「甘いですの!! 小父様! 王族が何の見返りも無く、民草の者と卓を一緒にする事なんて有りませんの」


「そ、そうなのか?」


「はいですの。甘い言葉で誘っておいて、施しを与えた途端、態度を変えて無理難題を押し付ける。それが王族ってモノですの」


 おおっ! なるほど。言われて見れば有りそうだ。

 王子から自分の出生を内緒にされている筈なのに、王族を語る言葉に凄く説得力が有る。

 これが王家の血を引く者と言う事か。恐れ入ったぜ。


「分かった、メアリ。後でお前んちで落ち合おう。俺はこのままここから逃げるぜ」


「任せて下さいですの。皆には上手く伝えておきますの。では小父様、後程」


 俺はメアリに軽く挨拶をして窓から飛び降り、一人闇夜の街に姿を消した。


 あ〜ご馳走食べたかったぜ〜。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 暫くの間、場末の酒場の窓際で外の音に注意しながら、安い飯を胃に流し込んでいた。

 う〜ん、普段ならこんな飯でもうめぇうめぇと食べるんだが、先程まで目の前に並んでいた、眩いばかりのご馳走の数々の後だと虚しくなっちまうな。


 などと、少し窓から見える星空を眺めながら黄昏れていると、遠くの方から何台かの馬車が出発する音が聞こえてきた。


「おっ? そろそろ、晩餐会もお開きになったようだな」


 恐らく参加者達がこの街に取った宿屋に戻るのだろう。

 あ〜宿屋と言っても、俺が下宿に使ってるような安宿じゃねぇ。

 一等地にドーンと建ってる高級ホテル! ってな感じの豪華なやつだけどな。

 辺境の街の癖にそんな物が有るのは魔法学園のお陰なんだろうが、その魔法学園が魔族襲来に備えて作られて、そして出来上がった街に今俺が住んでいるってのも因果を感じるな。

 確実に神の采配が関係してるんだろう。


 そろそろ、いい頃合いかな?

 王子の家に行ってみるか。

 いい加減この正装姿の所為で、周りからチラチラ見られるのにも辛くなってきたしな。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ソォータさん、遅かったじゃないですかぁ〜」


「あ、あれ? 嬢ちゃん? ヴァレンさん達は?」


 例のちょっとおかしいメイドに通されて入った応接間には、王子やメアリの姿は無く、嬢ちゃん筆頭に先輩と姉御が待っていた。


「あぁ、主賓だからな。明日の事も有るし、まだ時間が掛かるらしい」


「あぁ、なるほどな。で、なんで嬢ちゃんまで?」


「何ですか、その言い方は〜! 折角ソォータさんの為に恥を忍んで、ご馳走をお土産に包んで貰って持ってきたのに!」


 俺の言葉に頬を膨らませて怒っている嬢ちゃんだが、い、いまなんて言った?


 ご馳走を……お土産? ま、まさか!


 言われたらテーブルの上には何やらクロスが掛けられた皿の様な物が並んでおり、確かに晩餐会で鼻孔をくすぐった、あのご馳走の数々が醸し出していた香りを辺りに漂わせていた。


「ど、どうしてこれを?」


 信じられない事態に恐る恐る俺が訳を聞くと、嬢ちゃんは満面の笑みを浮かべる。


「だって、私と踊ってた時、お腹をグーグー鳴らしていたじゃないですか〜。だからお腹が減ってるのかなって思って。私と踊ってくれた後も、セリアさんやお母さんとも踊っていたし、その後もお姫様のお供の人から逃げ出して食べられなかったでしょ? だから……」


「有難う、嬢ちゃん! 本当に嬉しいぜ!」


 嬢ちゃんの優しさに感動した俺は、嬢ちゃんを思わず抱きしめた。

 だって、あれだけの上流階級が集まってる晩餐会だぜ?

 いくら料理が余ってるからって、普通お土産に持って帰るなんて事を頼むなんて恥ずかしい事、俺でも無理だわ。


 本当にありがとう! 嬢ちゃん!


 ぎゅぅぅぅ!


「なっ! ショウタ! 俺の娘に何しやがる!」

「おやまぁ! 熱々だねぇ」


 俺は先輩と姉御の声で我に返った。

 あっ! やばい! これ完全にセクハラだ!

 こんな事をすると、先輩にもだが嬢ちゃんにも殺される!

 俺は慌てて嬢ちゃんから離れた。


「きゅ〜」バタン


 あぁっ! 嬢ちゃんが倒れた!

 やっちまった! 強く抱きしめすぎたのか?


「大丈夫か! 嬢ちゃん!」


 俺は慌てて駆け寄り嬢ちゃんを抱え上げると、まるでのぼせた様に顔を真っ赤にして目を回している。

 首筋に手を当てて脈を測るが、どうやら命には別状無いみたいだ。


「ショウタ〜! やってくれたなぁ〜。俺の娘に手を出すなんざ、良い度胸してるじゃねぇか! その汚い手を放して立ちやがれ! 制裁してやる!」


「ちょっと待てって! 先輩! 話せば分かる! ついご馳走を前にして嬉しくてやっちまっただけだ」


「お前なぁ、その勝手に暴走する癖を治せとこの前言ったばかりだろうが! 晩餐会の事もそうだ。あのわがまま第三王女にダンスを申し込むなんざ寿命が縮んだぞ」


「アレは罠に嵌められただけだ。ダイスに会えない苛立ちを、代理出席してきた俺で晴らそうとしやがっただけなんだよ」


「そうなのか? まぁ、お前がダンスを踊れるなんざ、俺でさえ初めて知ったから無理も無いが……」


「しかし、ショウタ。あんたやるじゃないか。セリアに聞いたがあの踊りは中々のもんだ。あたしも久々に踊ったが、凄く楽しかったよ。それに周りの様子じゃこれから舞踏会に引っ張り凧になってもおかしくないかもね」


 姉御が俺の踊りを褒めてくれたのだが、最後の方に何やら不穏な言葉を言われた。

 引っ張り凧ってどう言う事?


「あぁ、あれだけ色々な技量の者達相手にあそこまで完璧にリードして踊れるんだ。見栄えも悪くねぇし、ダンス講師としてもこれから忙しくなるかもな」


 先輩がダメ押しの一撃を言ってきた。


「え? 嘘……、何それ。そんなの聞いてないぜ?」


「はぁ? お前気付かずにやってたのか?」


「い、いや、ただあの姫さんの態度にムカついて、つい……」


「はぁ〜。だからその暴走する癖を治せと言ってるんだ」


「やっちまったぁっ! 俺は静かに暮らしたいんだよ!」


「諦めろ。少なくともあの場に出席していたお歴々達にゃ、バッチリとお前の顔と名前を覚えられたぜ。なんせあの『踊らずの姫君』の栄光たる最初のダンスの相手なんだからな。聖女誕生レベルの王国トップニュースだな」


「嘘ぉーー!!」


 俺の悲鳴が王子の応接室に響く。

 後悔先に立たずとは言うが、まさかダンスまでも神の罠だとは思わなかったぜ!

 俺の夢がまた一歩遠退いて行くと共に俺の意識も遠退いて行きそうになる。


「あぁ〜それと、娘に抱き付いた罰はまだ終わってねぇからな」


「更なる追い打ちかよ〜!」

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