第45話 任命式


「おぉ! ここからの眺めは凄いな。遥か遠くまで見えるぜ」


 俺は教会尖塔の天辺にある個室の窓から見える景色に感嘆の声を上げた。

 ここは尖塔の上に設置されてある鐘楼部の更に上に作られた、所謂屋根裏部屋で、四方に窓がある作りになっている。

俺は更に個別ブーストで視力を上げているので、まるで双眼鏡で覗いているかの様に遥か先まで見渡せる。

 風も心地良いし、なんならこのまま此処で住みたいくらいだぜ。


 昨晩は、あの後先輩のアイアンクローによる制裁を受け、あまりの痛みに悶絶している間に、茹ったままの嬢ちゃんを連れて姐御は帰っていった。

 何とか復帰した俺は、念願のご馳走をやっと食べる事が出来たんだ。

 寸前に食事して来たばかりだが、美味い物は別腹である。

 熱々じゃないのが少し残念だが、しかしこう言う立食パーティーに出る食事は冷めてもそれなりに美味しく食べられる様に工夫されている料理が多いので十分満喫する事が出来た。


 嬢ちゃんには本当に感謝の言葉も無い。今度、アクセサリーでも買ってやるか。

 いや、もうあいつも好きな奴が出来たんだし、こんなおっさんから貰って喜ぶような歳でもねぇか。


 で、夜が明けて俺は作戦通り尖塔にあるこの部屋で、会場監視任務と言う名目の元、堂々とここに配備されて作戦開始の時を待っていた。

 本来結構重要な任務で有るので、単独で尖塔監視を冒険者が担うのは難しかったのだが、ここに来て最近株が上がっている俺の教導役の肩書が功を奏し、何とか認められたようだ。


 ダイスがあちこちで、俺の有る事無い事を吹聴してるお陰とも言えるが、俺は表舞台に立ちたくないので、昨日の姫さんみたいに『どこの馬の骨』扱いの方が有り難い気もするんだよな。

 と言いながら、それにムカついて皆の前でダンスを踊るなんて目立つ事をしてしまったんだから世話無ぇわ。


「続々人が広場に集まってくるな。こんな人数初めて見たぜ。おっ? あの豪華な馬車は、教会本部のお偉いさんが来たようだな」


 大通りは当日訪れる来賓者用通路として通行規制されており、教会付き騎士団の他、王国騎士団も参加して通りの両端に等間隔で立ち、人が入り込まないように監視していた。

 まぁ、当日来る来賓者なんて、今現在大通りを走っているお偉いさん用の大型馬車に乗るような奴らしか居ないので、こうでもしないと、事故になりかねないから仕方無ぇか。


「ん、あれが火山か……? 予想ではあそこに次の魔族が封印されてるって事だが」


 一応、式が始まるまでは真面目に仕事をしようと、四方の窓から辺りを監視してるのだが、北の窓から外を見た時に、遥か遠方に問題の火山が見えたので、視線が止まってしまった。

 火山と言っても、王子の調べた話ではここ数百年は大きな火山活動はしていないらしい。

 この国の建国よりも更に昔の事なので、アメリア王国の様に魔族の封印が建国に関係しているとしたら、火山自体は関係無いかもしれないとの事だ。


 とは言え、まだまだ推測の域は出ない。

 火山周辺は前人未到の大樹海が広がっており、アメリア王国の様な荒れ地は存在していないらしいので、火山の方向の更に北に飛んで行った事も否定出来ないしな。

 海の向こうってんなら、女媧の様にこちらに向かってくる際に溺死してくれているとありがたい。


「まぁ、どっちにしても今日の事が終わってからだな。王子の話では昨日は特に収穫は無かったって話だし、考えるのは止めとこう」


 王族関係者は色々と忙しく、結局前日入りしていたのはあの第三王女だけで、王子が当てにしていた、国王は当日来る事になってしまったと言っていた。

 何とか今日聞けないかと言っていたが無理だろう。

 なんてったって、今日これから起こる事を考えると、そんな悠長に話しを聞くと言う暇が発生する可能性は皆無だと思うしな。


「お? 丁度姫さんが会場に現われたな。昨日と違って騎士団引き連れてのご入場か」


 王族関係者で出席するのは国王とあの姫さんだけと言う事のようだ。

 王様はほぼ王子に政権を譲っているらしく、今この国は王子が政治を取り仕切っているお陰で来れた様なものであり、その代わり王子は忙しくて来れないと、王子が言っていた。


 しかし、若くして実権を握った王子って奴は、この国自体には興味の無ぇ俺でさえ、良い国と思える位には善政を強いているみたいだな。

 なんでも先月には妃がご懐妊との吉報が流れたし、この国も安泰だろう。

 だからこそ、この国はアメリア王国の様にはしてはならねぇな。

 なんたって俺はこの国で老後をのんびり暮らすんだからよ。


「ゲッ! 今姫と目が合った!」


 何の気無しに会場入りした姫さんを窓から眺めていると、急に辺りをキョロキョロし出したかと思うと、驚いた事に尖塔の方を見上げて来た。

 目が合ったと思った瞬間、俺は窓から顔を引っ込めたので恐らく気付かれていないと思うのだが、なんで分かったんだ? もしかして警備情報が漏れているのか?


 い、いや、自意識過剰だ。ただ単に尖塔を見上げただけだろう。俺なんかを探しているわけが無いじゃないか。

 そもそも地上から尖塔の先に有る小窓から覗く顔を、魔法無しに視認出来る訳無いよな。


 そろ~り。ちらっ。


「ひぃぃ! まだ見てた! あっ、良くある後ろの人を見てるのを勘違いって奴か? って、そんな訳有るか! 居たら怖いわ!」


 姫さんはまだこちらの方を見ていた。

 やっぱり気付いているのか?

 あっ! 笑って手を振ってきた! 口の動きを見ると『せ・ん・せ・い』と言っているようだ。

 マジで見えているのか? いや、それよりなんで俺がここに居るって分かったんだ?

 隣で護衛の女騎士が、姫さんの行動を見て不思議そうにつられてこちらを見ているが、やはり俺が居る事なんて見えていないようで首を傾げている。

 う~ん、もしかして王族特権とかで俺がここで警備してるって情報でも入手したのか?


「あっ! もしかしたら姫さんは何か魔族の事知って無ぇか? 一応あんなのでも王族の端くれだろ。……いや、止めておこう。メアリも言っていたしなんかとんでもない要求をされそうな気がする」


 踊れなかった秘密を知っている俺の事を、城に閉じ込めて誰にも漏らさないように監禁されちまう事だって考えられるしな。

 ただ、目が合ってしまっているし、このまま無視しとくのも怒りに触れそうだから、手を振り返してみるか。

 あっ、なんか嬉しそうにしている。やっぱり俺の事が見えていて、手を振った相手も俺の背後の相手じゃないみたいだ。

 まぁ、踊れるようになったのが余程嬉しかったって事か。

 どうせ、この式典の後には王都に帰る事になるみたいだし、もう会う事もないだろ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「王のご到着か。開始時間もそろそろだし。予定通り進みそうだな。さぁ俺も準備に取り掛かろうかね」


 俺は周囲に魔力漏洩防止の結界を張り、魔力を練り上げ始めた。

 なんせ、計画に使う魔力は膨大だ。

 失敗は許されないし、連続して長時間、数種類の魔法を発動した状態で維持させ続けなきゃならんし、今からしっかりと準備しておかないとな。

 発動陣自体は昨日の内に会場の彼方此方に隠匿魔法と共に設置済みで、しかもその霊脈は地中を通り、この尖塔の部屋の床に描いた魔法陣まで繋げて有る。

 ここから、これらの魔法陣に魔力を供給するだけで発動も操作も思いのままと言う訳だ。


 ザワザワザワ ―――


 会場がにわかにざわつき出した。

 とうとう主役メアリのご登場の時間って訳か。

 時刻は正午。

 すぐ下でやかましい鐘の音が響いて耳が痛い。


『これより、先の魔物襲撃の際に女神の加護を受けし者の審議を執り行う』


 正午の鐘が止むと共に、一番偉そうな司祭が広場に設けられた舞台の祭壇の前に立ち、高らかに任命式開始の宣言をした。

 恐らくあれが本部の大司祭と言う奴なのだろう。

 祭壇に設置した聞き耳の魔法のお陰でこの場にいても下の声は、問題無く聞こえている。


 式の進行自体は、メアリが言っていたようにまずは聖女としての資質が有るかどうかの質疑応答による審査を行うみたいだな。

 まぁ王子が言うにはメアリは既に条件が満たしているので形だけの物らしいが。

 今回奇跡に関しちゃ衆人環視の元だからな。

 しかもこの教会の司祭の目の前だったし。

 

 メアリは祭壇の左手に設けられた聖女候補者用の椅子から立ち上がり祭壇までゆっくり歩く。

 一瞬こちらを見上げ小さく頷いたのが見えた。

 

「任せろ。上手くやってやるよ」


《クスクスクス》


 ん? 何か聞こえたか?

 俺がメアリのアイコンタクトに応える様に独り言を言うと、一瞬どこからか笑い声が聞こえた様な気がした。

 と言っても、聞き耳の魔法陣からじゃねぇ。

 この部屋からみたいだったが?

 辺りを見回したが、部屋の中には勿論誰も居ない。


「あれ? おかしいな? 気の所為か?」


 後ろの窓が風でカタカタ揺れているからそれを聞き間違えたのか?

 どうも柄にも無く緊張しているようだな。

 いかんいかん、気合を入れないと。


 改めて広場に視線を戻すと、質疑応答は既に始まっていた。

 ヤバイ、変な事に気を取られてタイミングを逃すところだった。


 さぁ〜てと、やるとしますか。


 とうとう始まった運命の任命式に、俺達の作戦を必ず成功させるべく、一人気合を入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る