第43話 踊れるの姫君


「では、レディ。僭越ながら相手をさせて頂きます」


「フフフフ、そのムカつく態度が何処までもつか楽しみですわ。後で吠え面かかない事ね」


 一国の姫が吠え面って、マジで言葉が悪いなこいつ……。

 まぁ、そう言うのは嫌いじゃねぇが。

 しかし、吠え面かくのはどっちだろうな。


 そして俺達は、曲に合わせてステップを踏み出した。

 この世界の舞踏会で行われるダンスは、まぁ一般的にワルツと呼ばれているアレだ。

 三拍子のステップでクルクル回って優雅に踊る、所謂元の世界で言うウィンナワルツが主流になっている。

 名前もそのままなのだが、この世界にウィーンなんて地名は無かった筈だ。

 相変わらず神の仕事は杜撰だな。

 

「あ、あら? 貴方? 踊れないのではなくて?」


「私の口からレディにそう申し上げた事は有りませんが?」


「うっ、うぐぐ」


 姫は俺が完璧に自身をリードして踊れている事に酷く驚いていた。

 どうやら俺の思った通り、先程俺がメアリの誘いを断った口実を聞いて、俺に恥をかかせようとしていたようだな。


 すまんな、あれは早く飯を食べたい為についた嘘だ。

 あと、おっさんが女の子と踊るなんてのも恥ずかしいしな。

 今だって、この姫さんをギャフンと言わせてやろうって気持ちが無けりゃ、顔から火が出る程恥ずかしい事この上ねぇ。

 こんな衆人環視の真ん中で踊りを踊るなんざ、裸でいる方がマシなくらいだ。


 何故俺が踊れているかと言うと、勿論この世界の母さんの教育の賜物チートスキルだ。

 いつか俺が社交界に立った時と言う、無駄な妄想を描いてテーブルマナーやら礼儀作法全般を教えてくれていた中にダンスも紳士の嗜みとして含まれていた。

 まぁ、その無駄だと思っていた妄想は、今まさに見事役立っているので感謝の言葉も無いぜ。

 ひいては神のお陰とも言えなくないが、今この事態を招いているのも神の罠だろうし、±0……いや、恥ずかしさの分合わせると-500ぐらいだな。

 神め! 覚えていろ!


「な、なんで? どうして?」


 ふふふ、姫の奴、焦ってる焦ってる。

 自分の思惑と違う展開にどうしたら良いのか迷っているようだ。


 計画通りに行かない姫の焦りと、そんな姫への俺の優越感が渦巻く二人の胸中を知る由も無い周囲の皆は、傍から見ると素晴らしく見えるであろう俺達のワルツに感嘆の声が上がっていた。

 今この場で踊っているのは俺と姫の二人だけ。

 皆、足を止めて、ただ俺達の踊りを羨望と賞賛の目で鑑賞していた。

 それに『踊らずの姫君』と言われていた事からも推察出来る通り、誰も見た事の無い幻の踊りを目の当たりにしているんだろうから仕方が無いな。


 メアリは相変わらず拗ね顔をしているな。仕方が無いから後で踊ってやるぜ。

 おや? その隣には嬢ちゃんまで居るじゃないか。

 なんだ? またハニワみたいな顔をして。可愛い顔が台無しじゃないか。

 はははは、王子と先輩の間抜け面! アゴが落ちるってああいう顔を言うんだろうな。

 フォーセリアさんはうんうんと嬉しそうに頷いていた。

 なぜそんな顔をしているかと言うと、アメリア王国に居た頃に何度かダンスの特訓の相手をした事が有ったからだ。

 気さくに俺に話をしてくれていたフォーセリアさんが、愚痴でダンスが苦手と言っていたので、俺が練習の相手を申し出たって訳だ。

 ある意味その素敵な思い出が、俺の逃亡生活と言う暗い毎日の中で心に一筋の光を落とし、生きる糧になっていたと言えるだろう。


 しかし、踊ってみて分かったが、この姫……。

 口で偉そうにしていた割に、あんまり……いや全然ダンスが上手くねぇな。

 はっきり言ってど下手糞だ。

 これなら特訓前のフォーセリアさんの方が遥かに上手かったぞ?

 もしかしてコイツ、『踊らずの姫君』じゃなくて『踊れずの姫君』なんじゃね?


 周囲から感嘆の声が上がっているのは、実は俺がリードしている様に振る舞いながら、失敗しそうになる前に、誰にも気付かれず踊りを矯正させているお陰だ。

 ステップの踏み間違いを爪先で姫の足先を弾いて正し、バラバラな重心移動も腰に回した手で正しい方向に促している。

 とは言え、これは力を覚醒したから出来る芸当だがな。

 昔の俺なら、こんなど下手糞の相手にここまでのリードは出来ず、ステップミスに巻き込まれて一緒に転んでいたかもしれん。


 …………。


 ふむふむ、なんとなく見えて来たぞ?

 なぜ『踊らずの姫君』なんて中二病臭い二つ名を持っていながら、俺なんかと踊りたがったってカラクリがよ。

 そんな貴重な初体験を、俺に恥をかかすと言う馬鹿げた理由で散らすなんて、おかしいと思ったんだよな。

 王侯貴族の社交界デビューが何歳からかは知らんが、本来ならとっくの昔にデビューを果たしている歳だろう。

 ダンスも王侯貴族の嗜みとして、こう言う場には付き物の筈だか、『踊らずの姫君』なんて呼ばれるくらい、こいつが踊った姿を見た者が居ないってのは、どう考えても異常事態だ。

 要するに何か適当な理由で自分が下手糞なのを隠したがっていたんだろう。


 こいつプライド高そうだし。


 恐らく、そろそろ自分が踊れない事を隠し切れなくなって来たんで、ある意味時の人である俺に目を付けて、これ幸いにと相手に選んだんだろうぜ。


 何せ、俺なんて何処からどう見ても、ただの田舎者しか見えないからな。


 ワルツのワの字も知らないと思ったんだろうな。

 自分が上手く踊れないのを俺の所為にして、適当な所でコケようとでも思ってやがったんだろう。

 そして、それを口実に足を挫いたとか、ダンスが怖くなっただとか抜かして、これからも踊らない理由にしようとでもしたんだろうさ。


 こっちとしたら堪ったもんじゃ無ぇ!

 一国の姫君に怪我なんかさせた日にゃ、幾ら聖女の恩赦が有ろうとも国外追放は免れんわ。


「ふ、ふん。田舎者の癖に少しは出来るようね」


「お褒めに預かり光栄の至りです」


 またもや俺の余裕の返しに、顔自体は周囲の手前一見にこやかにはしているが、口元は引き攣っていた。

 周りの者は俺のリードに気付いていないようだが、それを実際にされている本人は当たり前だが気付いている。

 最初はプライドからか抵抗しようとしていたが、問答無用に力でねじ伏せてやっていたら、無駄だと悟ったのか不満な顔をしながらも、その内俺に身体を預けるようになって来た。

 こうなったら俺の独壇場だ。さぁとことん踊り明かそうじゃないか。

 そして、明日は筋肉痛に苛まれるがよい。


 ははははっ、恥をかかせようとした奴の言いなりになるのはさぞかし悔しかろう。

 これこそ本当にざまあ見ろって奴だな。

 最近もやっとする事が多かったがこれですっきりしたぜ。




        ◇◆◇




 ふんふん、どうやら完全に観念したようだ。

 暫く踊り続けていると、俺の顔すら見れなくなった様で、顔を伏せて俺に全体重を預け出した。

 その為、俺も姫の顔が見れないが、恐らくは吠え面をかいている事だろう。

 耳が真っ赤になっているし、余程悔しいんだろうな。


 ん? そろそろ、この曲も終わりか。

 まぁ、もう良いかな。

 踊り明かすとか言ったが、いい加減飽きてきたし、何より腹が減ってきた。

 晩餐会がお開きになる前に腹いっぱい食べとかなきゃな。

 こんなご馳走を食べる機会など二度と無いかも知れねぇし。


「レディ。……あぁ~もういいか。姫さん? そろそろこの曲も終わるし、この辺にしとこうぜ」ボソッ。


 少し姫の耳元に顔を近付けて周りに聞こえない声で囁いた。

 その言葉に姫はピクンと身体を震わせ顔を上げてきた。


 ん? なんだ?


 上げた顔を見ると、その目は潤んでいるかの様に少し涙目で赤かった。

 そこには切なげな色が浮かんでいる様な印象を受けるが……、そんなに悔しかったのか?


 あちゃ~、少しやりすぎたか? プライドの高い姫さんの事だ。

 自分の計画を田舎者と思って侮っていた俺の手によって完全に粉砕されたんだから、その高慢ちきなプライドはボロボロだろうな。

 途中で怒り出すと思ったのに、そこはやっぱりまだまだ女の子と言う所か。


「大丈夫か?」


 大人気無く、二十歳も下の姫を泣かせてしまった事に、ちょっとだけ罪悪感を覚えてしまったので、フォローのつもりで声を掛けた。

 すると、姫は少し不貞腐れたような目をして頬を膨らませた。


「貴方なら、もう分かっていますわよね」


「姫さんが『踊らず』じゃなく『踊れず』って事か?」


 俺がそう言うと、ムッとした顔をした。

 それは肯定って事だな。


「まっ、姫さんの名誉に掛けて誰にも言わねぇよ。安心しろ」


「もう遅いですわ。こうやって踊れる様に見せられてしまった所為で、もう断る事なんて出来ないじゃない。あなたの所為にして、これからも踊らないで済まそうとおもったのに」


 やっぱり、そう言う魂胆だったのか。

 本当にいい迷惑だぜ。

 しかし、口では怒っている様な姫さんだが、その表情は怒っていると言うよりも、嬉しいような悲しいような、少し複雑な顔をしていた。


「そいつはすまねぇな。でも、俺としてはそんな事に利用されるなんざ、堪ったもんじゃないぜ?」


「うっ、それは……ごめんなさい……。そこまで考えていなかったわ」


 あらら、えらく素直になったじゃねぇか。

 最初の威勢は何処へ行ったんだ?

 まぁ、それなら、そろそろ


「姫さんはダンス嫌いか?」


「……嫌いですわ」


「なんでだ?」


「もうっ! 分かっていますでしょ? 私が『踊れず』だからです」


 ははは、まだ気付いていない様だな。

 既に、『』じゃ無くなっている事を。


「その事だが、姫さん。さっきからあんた、踊れてるぜ?」


「え?」


 姫は慌てて、今自分が行っているステップ、それに重心移動を確かめる。

 そして、自分が俺のリードでされずに踊れている事に気付き、俺の顔を見てきた。


「ど、どう言う事? 貴方私に魔法でも掛けたの?」


 信じられないと言う顔で、俺に対して自分に何が起こったのか尋ねて来た。

 勿論魔法なんてモノは掛けていない。

 ただ単に、徹底的に正しいステップと重心移動をその身体に叩き込んだだけだ。

 まぁ、ずっと俺に反発して抵抗して来ていたら、こうはいかなかっただろうがな。

 途中から素直に俺に身を任せて来たから、自然と身に付いたんだ。


「レディ? これは、この卑小なる私奴わたくしめからの切なる願いを聞き届けて頂いたお礼ですよ」


「……。もうっ! 貴方は意地悪ですわね!」


 敢えて口調を戻して、少し皮肉めいた事を言うと、顔を真っ赤にして言い返してきた。

 はははっ、とは言っても怒っている感じではないな。

 どっちかと言うと嬉しそうだ。


「ごめんさい。最初貴方の事を『どこの馬の骨か分からない教師』と言ってしまって」


「ん? どうしたんだ急に。それは間違ってないぜ? 元々俺なんか基礎程度しか教えてねぇのに、勝手に皆育って行っちまいやがって。俺のお陰なんて言われても、俺としちゃ寝耳に水な話だぜ」


「プッ。本当に貴方は。……そんな事ありませんわ。貴方はとても素晴らしい教師です」


「おっ? やっと笑顔を見せてくれたか。ありがとうよ。お世辞でも嬉しいぜ」


「もうっ! ……あ、そろそろこの曲も本当に終わってしまいますわね」


 流れている曲が最後のパートに差し掛かったのに気付いた姫は、急に寂しそうな顔をした。


「あぁ、そうだな。まぁ、色々有ったが楽しかったぜ。久々に踊るのも悪くなかった」


「あっ、あの。厚かましい事は分かっているのですが、一つお願いがあります」


 何やら思い詰めた顔をして姫さんがそんな事を言ってきた。

 まだ、何か有りますか? う~ん、一体何を頼みたいんだ?


「な、何だよ。改まって」


「あっ、あの……、もう一曲。……もう一曲だけ、私と踊っていただけませんか?」


「へ? ……あぁ、いいぜ。それじゃあ、俺が教えた事の復習といきますか」


「はいっ! 先生!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はぁ~疲れた。やっと飯に有り付けるぜ」


 もう一曲姫と踊った後、周りの賞賛の声を浴びながら分かれた俺は、次々とダンスの誘いを受けて困惑している姫を尻目に、料理が並んでいるテーブルに向かった。


 姫は俺じゃなくても踊れるようになったみたいだな。

 さっきまで踊れなかった事が嘘みたいに華麗に、そして優雅にワルツを踊っていた。

 それにいい笑顔だ。良かったな姫さん。


 これからは『』だぜ。


 いい仕事した俺!

 さぁ、いい仕事をしたご褒美に、ご馳走を頂くとするか。


 よしよし、料理はまだ残っている。

 踊っている間に無くなっていたらと思うと気が気じゃなかったんだよな。


 じゃあ! いただきまーす。


「……小父様?」


 ビクッ! な、なんだこのプレッシャー!


 俺は魔族さえ霞む程の凄まじい圧力に背筋が凍りついた。

 この声の主はメアリ?

 俺は、料理を口に運ぶ手を止め、ゆっくりと振り返る。


 ヒィッ! メアリが形容出来ないような表情で俺を睨んでる!

 うっすら笑いを浮かべている様に見えるのが、更に恐怖を煽っていて怖い!


「先程、私には踊れないからって断りましたよね?」


 語尾に『の』が無い! これマジギレしている時のメアリだ!

 俺が嘘付いた事に怒っているのか?


「い、いや、それはその……」


「言い訳は聞きません。私と踊って頂けますよね?」


「今から?」


「えぇ、今から。よろしいですか? 」


「……はい」


 この後、メアリの後に控えていた嬢ちゃんとも踊らされた。

 そして、その後何故かフォーセリアさんや姐御とも……。


「俺のご馳走が……」


 そんな俺の魂の呟きはワルツの調べによって、かき消されてしまうのだった。

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