第42話 舞踏会
「貴方がディオン様の教師を為さっていた、えぇと、名前はどうでも良いですわね」
俺がやっと皆の質問攻めから解放された後、メアリからのダンスの誘いを何とか断って、やっと壁際に並べられている豪華な食事に手を付けようとした途端、後から失礼な物言いの奴に声を掛けられた。
ディオン? 誰だそれ? って、あぁダイスの本名だったな。
それを知っていると言う事は、一般人じゃないと言う事か。
嫌な予感しかしねぇな、これって絶対面倒臭い事になる前触れだ。
やっと食事が堪能出来ると思ったんだが、やれやれだぜ。
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王子の家を出た後、思った通り皆が乗り込むまでの時間の方が長かったんじゃないか? と思える程、豪華な馬車の乗り心地を堪能する暇も無く迎賓館に着いた俺達だが、今回の主賓であるメアリ一家と、各地からやって来た各ギルドの代表者達の元に顔を出しに行った先輩一家に取り残され、俺は一人ポツンと会場に取り残されていた。
晩餐会と言う事だったので、俺はてっきり馬鹿長いテーブルに皆が並んで座り、次々と運ばれて来る一品の量が少ない食事を、面倒臭いテーブルマナーでお上品に食べると言う、針の
しかし、蓋を開けるとそんな事はなく、どうやら貴族とかがいかにも好みそうな、立食パーティー兼舞踏会と言うような形式だった。
思っていたより、貴族と呼ばれる人達が沢山出席しているようだな。
まぁ、聖女の任命式なんて下手したら生きている間にお目に掛かれないお祭りだから、暇してる貴族連中が押し寄せるのも無理もねぇな。
それに、こんな人数分のフルコースの料理や食器を用意するのも大変だし、好き嫌いとかで文句言う奴も居るだろうからこうなるのは当然かもな。
貴族達ってわがままそうだし。
ただ、この形式の利点は、顔の知られていない俺のような奴は、自由に行動が出来るって事だ。
よし! この際普段食えないような豪華な食事をたらふく頂こうか!
なんて事を考えながら、うきうきと壁際に並んでいる料理テーブルの元に行こうとした瞬間、大勢の人達に取り囲まれた。
一瞬俺の事を部外者と思って外に連れ出そうとしている警備員かと思ったら、少し目をキラキラさせて何かを聞きたそうな人が数人交じっていたので、そう言う訳でもないらしい。
何事かと思い取り囲んだ人達に理由を尋ねると、どうやら教導役としての話を聞きたかったようだ。
それは置いておいて、なんで俺の事が分かったんだ? 顔は知られていない筈なんだが……、ん?
ふと視線を感じてそちらの方に目を向けると、先輩がいい笑顔でサムズアップしていた。
クソッ! お前が教えやがったのか! 要らん事をしやがって。
俺の教導役の評判は、俺の予想よりこの国では噂になっていたようで、暫くの間、他の街のギルドマスター達のみならず、騎士団の指南役からも、冒険の知識や教育法等の質問攻めにあっていた。
実際、それに関しては俺も多少は納得出来る。
どうやら、質問者達の話しだと、この街が平和だったように、この国自体がここ数十年の間、先日の様な大掛かりな魔物の襲撃なんてのには縁が無くのんびりとしていたようだ。
すぐ隣では地竜騒ぎとか有ったてのに、なんと俺好みの国なんだ?
やっぱり大好きだぜ。この国はよ。
それなのに、騎士団の力も借りずに、しかも一人の犠牲者も出さずに全て撃退したと言う華々しい戦果の立役者である冒険者達、そして英雄授与確実のダイスを育てた教導役と言う事で、瞬間最大風速的に俺の注目度が上がっていても不思議では無いだろう。
これでまだダイスがこの場に居たら、そちらに注目が行っていたんだろうが今日は不在だ。
あいつ、この事を分かってて、面倒事を全部押し付けた仕返しに実家に逃げたんじゃないだろうな?
そうこうしている内にホールに楽団によるワルツの調べが流れ始めた。
どうやら舞踏会が始まったようだ。
それで何とか質問攻めから解放されたのだが、今度はメアリに一緒にダンスを踊って欲しいとせがまれた。
しかし、メアリには悪いが生憎ダンスは踊れないと言ってなんとか断り、やっと食事に有り付けると思った矢先だ。
この七面倒臭そうな奴に声を掛けられたのは。
「私と踊る名誉をプレゼントして差し上げますわ。さぁ手をお取りなさい」
振り向くと、そこには主賓であるメアリより更に絢爛豪華な装飾のドレスに身を包んだ女性が立っていた。
その後ろには如何にも軍人然とした女性が控えている。
ドレスを身に纏っているが、その雰囲気から相当腕が立ちそうだった。
恐らく護衛と言った所か。
声を掛けて来た女性は、歳はメアリより上、ダイスより下と言った所か。
まぁ、美人で上品な顔立ちをしてはいるが、何だろう? 恐らく性格に関しては、先程からの発言が醸し出している通り、確実に悪いだろうし、それを裏付けるように少し目付が悪い。
あぁ、『面倒臭そうな』じゃなく、『面倒臭い奴』確定だ。
ダイスの本名を知っていた事や、主賓より豪華なドレス。それに後ろに控える護衛と思しき女性。
それが意味する事は一つ。
こいつは明日の式典の出席予定と言われていた、この国の王族関係者だな。
言葉の節々から、俺に対して良い感情を持っていないと言うのがアリアリと分かる。
何とか逃げ出さないと、何をされるか堪ったもんじゃねぇ。
俺が嫌な思いするだけならまだしも、メアリにまで迷惑を掛ける事になったら可哀想だ。
それに俺のお腹の虫が文句を言い出しているしな。
「申し訳ありませんが、レディ。生憎と私は貴女の綺羅星の様な輝きに見合う者では有りません。その光栄なる名誉は相応しい方に差し上げて下さい」
なんか蕁麻疹が出そうなセリフだが、ここはグッと堪えてご退場願おう。
まぁ、言うだけならタダだしな。
なんせ、逃亡生活中は如何に怪しい奴と思われないかと言う所に苦心したから、こんなセリフもポンポン出せる。
一切人と関わらない奴なんて、変人か逃亡者だ。
そして、それは傍から見ると両方『怪しい奴』として印象に残ってしまう。
だから、俺はその場の空気を読んで自分を偽り、時には人々の間に交じり込みながら生きて来た。
勿論心は交わらない。上辺だけだ。
「ハァ? 私に見合う男なんてこの世に居る訳無いでしょう? っとに、最近噂となっているディオン様が出席すると聞いたので気になって来てみれば、どこの馬の骨か分からないのが教師とか名乗ってブイブイ言わせてるなんて興醒めも良い所だわ」
俺の言葉に、女は周囲に人が居ない事を確かめた後、突然態度を変えてそんな言葉を言ってきた。
なんだこいつ? 目付きに負けないくらい口が悪いぞ?
本当に王族なのか? まぁ確認した訳じゃないから、違う可能性も有るんだが。
ただ一つ言わせて欲しい事が有る。
「誰も自分から名乗ってねぇし、ブイブイも言ってねぇよ! バ~カ!」
言ってしまってから、少し後悔したが、まぁスッキリはしたな。
本当に王族だったら不敬罪とか言って捕まりそうだが、まっ聖女の式典前日だ。
そうそう大事にはなるまい。
「貴様! 姫に対して無礼な!」
後ろに控えていた女性が、敵意を露わに俺の前に出て来て叫ぶ。
その怒声に周囲の者が振り返り、辺りは騒然とし、楽団の音色も止まった。
あ~、王族確定か~。
しかし、この護衛の女。いきなり叫ぶ奴が有るかよ。
仕事熱心過ぎだろ。周りが全員こちらを見たじゃねぇか。
どうしたものか? 逃げるにしても皆に迷惑が掛かるし、明日はメアリの聖女返上の為の重要な日だ。
悔しい気持ちも有るが、事を荒立てて良い事も無ぇし、ここは素直に謝って場を収めるか……。
「良いのです。ジュリア。所詮田舎者の戯言です。……皆様! 驚かせてしまい申し訳ありませんわ。私の頼もしい護衛が、私にダンスの相手を所望して来たこの殿方に、少しばかり過剰に反応してしまっただけなのです」
「ひ、姫様……!」
俺が謝ろうかとした途端、姫と呼ばれた女性は、突然の出来事に
『えぇっ! あいつ踊らずの姫君にダンスの相手を申し込んだだと? 身の程知らずめ』
『あれは、この街のギルドの教導役のシータとか言う奴じゃないか?』
『むぅ、先程褒められたから調子に乗ったんじゃないか?』
なにやら周りからヒソヒソと話声が聞こえて来た。
ちょっと待て! 何だよその中二病臭い『踊らずの姫君』とか言うキャッチフレーズは!
神か? また神の差し金なのか?
それに、俺の名前も間違ってやがるし。
何より調子になんか乗ってねぇよ!
クソッ! 誰が誰にダンスを所望だと? やられたぜ!
俺が謝って事を収めようとした事に気付いて、先手を打ってきやがったのか?
むっちゃ悪い顔して、俺の事を嘲るように見てやがる!
「さぁ、貴方。手をお取りなさい。あなたの望み通り、私が踊って差し上げますわ」
その声に更なる
『踊らずの姫君がダンスの誘いを受けただと!』
『なんと幸せ者なのだ』
『羨ましい』
周りの奴め、勝手な事を言いやがって。
く、くそ~。この流れから断る事なんて出来ねぇじゃねぇか!
どうせ、こいつの魂胆はダイスに会えなかった苛立ちを、ダンスのダの字も知らなそうな田舎者の俺に対して、公開処刑の如く恥をかかせてやろうって算段だろう。
恐らく俺がメアリのダンスの相手を、踊れないって理由で断ったのを見てやがったんだな。
仕方無い、俺が恥かくだけで事が収まるなら安いもんだろ。
いっちょ気合い入れるか。えぇと
「では、レディ。この卑小なる
俺はあえて皆に聞こえる様に大袈裟な口上で、姫の手を取り紳士然たる態度でホールの中央までエスコートする。
視界の隅に頬を膨らましているメアリの顔が見えたが、俺が断っておきながらこいつと踊ろうとしているのを拗ねているのか?
いや、そうじゃなく嵌められたんだよ。俺は。
他にもオロオロとしている王子や先輩の姿も見えるな。
まぁ、王族相手に粗相をしたら連帯責任とか言って、被害受けそうだしな。
今頃俺を連れて来た事に後悔しているんじゃないか?
ははっ、ざまぁみろ。
フォーセリアさんだけは、ニコニコと俺の事を見ている。まぁそうだろう。
姉御に耳打ちしているが、あの事を伝えたようだな。
さっきまで先輩達と同じ様に狼狽えていた姉御も笑顔になった。
「あら? 田舎者の癖にエスコートは様になっているじゃない?」
「えぇ、紳士の嗜みですから」
俺はにっこりとそう返す。
俺の返しに姫は少し驚きを見せたが、すぐに不機嫌な表情を浮かべた。
周囲の人達は、まるでモーセが割った海の様に、俺と姫の為に、ホール中央までの道を作った。
その表情は皆同じ様に、固唾を飲んで見守っていると言う顔をしている。
お言葉に甘えてと、俺は姫をエスコートしたままホールの中央まで歩き、そこで互いに向き合った。
姫の顔は相変わらず、俺に恥をかかせてやろうと言う意図の挑戦的な笑みを浮かべてやがる。
ふふふ、いいだろう! 面白い! その挑戦受けて立ってやろうじゃないか!
俺と姫は、各々違う思いの笑みを浮かべながら、姫はカートシーを行い、俺はそれを受けて、互いに手を取る。
それが合図となり、ワルツの調べがホールの中を流れ出した。
さぁ、戦闘開始だ。
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