第41話 いざ迎賓館へ


「ポーーーーーーー」


 身支度の為、自分の家に戻った先輩が、暫く後に嬢ちゃんと姐御を連れて戻って来た。

 ついでに、俺の招待状もしっかりと届いていたみたいだ。

 宛名の所が不自然に塗りつぶされて俺の名前が隣に書かれていたのは、恐らくダイス宛のを無理矢理書き換えたのだろう。


 招待状くらい新しく書き直せよ! 領主さんよ!


 初めて姐御の正装を見たのだが、赤いドレスがとっても似合っていたのに驚いた。

 当時から美人と密かに想っていたのだが、一度戦闘が始まると、まるで竜巻の如く怪物共を薙倒すその姿から、血飛沫の狂戦士ベルセルクと呼ばれており、冒険者仲間から恐れられていたし、俺も一度でも綺麗と思った事を後悔する程、怖かった。

 当時の記憶がフラッシュバックしてしまい、赤いドレスに思わず『それ返り血ですか? 馬子にも衣装って奴ですね』と口が滑べらせて、三分ぐらい意識を失う羽目になった。

 何故嬢ちゃん一家の攻撃は俺に効くのだろうか? 謎だ。


「ポーーーーーーー」


 晩餐会は七時から魔法学園の敷地内に併設されている迎賓館で行われるとの事で、それのお迎えとして王子の家に馬車が来る事になっている。

 この街はこの国の辺境に位置するとは言え、この国の重要施設である魔法学園が有る事も有り広い街ではあるのだが、城郭都市と言う性質上、端から端までの距離は1kmにも満たない。

 王子の家はこの街の一等地。

 要するに同じく一等地に建てられている魔法学園内の迎賓館など目の鼻と先だ。

 そんな距離など歩いていけば良いと思うのだが、招待を受けた人物が、正装した姿のまま街中を歩くと言うのは、上流階級のマナー的にタブーらしい。

 王子一家は兎も角、先輩達は上流階級じゃないんで良いんじゃないか? と言えなくもないのだが、それを先輩に言うとアイアンクローされながら『招待主の顔にドロを塗る事になるんだよ』と怒られた。

 いや、マジで何故嬢ちゃん一家の攻撃は俺に効くのだろうか? 本当に謎だ。


「ポーーーーーーー」


 ん? さっきから『ポーー』とか言う間抜け音が聞こえるんだが、何の音だ?

 辺りを見渡すと、入り口の近くに音の主が立っていた。

 そう言えば、先輩一家揃って入ってきたのに、嬢ちゃんだけは俺を見た途端立ち止まっていたか。


 何してるんだ?


 埴輪みたいな顔をしてずっと『ポー』としか言って無ぇや。

 俺の格好がそんなにおかしかったのかね。

 出会った頃は服装は兎も角、髪型や髭やらはこれと変らなかったと思うんだがな。


 しかし、嬢ちゃんのおめかし姿も始めて見るな。

 ライトブルーの歳相応の可愛いデザインのドレスがとても似合っており可愛らしい。

 嬢ちゃんとは、かれこれ八年の近くの付き合いだ。

 その間ずっと成長を見守ってきたみたいなもんだから、なんか感慨深いな。


「どうしたんだ? 嬢ちゃん? そこでボーっと立って。そのドレスとっても似合って可愛いじゃねぇか」


「ひゃうっ!」


 俺がいまだに立ち止まっている嬢ちゃんに話しかけると、変な声を上げながらビクンと身体を震わせて、姐御の後ろに隠れてしまった。


 え? 俺が褒めたのそんなに嫌だったの?

 それとも俺の格好がそんなに衝撃だったのか?


 メアリは褒めてくれたから、結構俺ってイケてるんじゃね? とか思い初めてたんだが、俺の気の所為だったのか?

 まぁ、メアリはまともそうで、ちょっとな所も有るし、趣味が変なのかも……。


 なんか、ショックだ……。


 その後もチラチラと姉御の後ろからこちらを伺って居るが、出て来てくれない。

 先輩は何故か『これはマズイぞ!』みたいな顔してオロオロしてるし、何なんだよ。


「おやおや、アンリ。あんた何を恥ずかしがってんだい。ほらショウタがあんたの態度に困ってるだろ? 早くあたいの後ろから出て来なよ」


 姉御が自分の後ろに隠れている嬢ちゃんに、苦笑しながら出て来るように促した。


「だって、だって!」


 何か恥ずかしそうにモジモジして姉御の後ろから嬢ちゃんは出て来ない。


「本当あんたは困った子だね。そんなんじゃ他の子に取られちまうよ」

「「わぁーーーー」」


 うぉっ! びっくりした!

 姉御の言葉に嬢ちゃんと何故か先輩までが大声を出して遮った。

 さっきから二人共おかしいぞ?

 俺がキョトンとしてるのを見て姉御が笑い出した。


「本当に困った旦那と娘だ。ショウタ、こうやって改めて見ると、あんたイイ男になったじゃないか。旦那が居なきゃ惚れてるところさ」


「バ、バーバラ!」

「お、お母さん!」


 姉御の言葉に先輩と嬢ちゃんは慌てて声を上げた。

 まぁ自分の妻や母親が他の男の事を惚れたなんて冗談でも焦るよな。

 けど、一番焦ってるのは俺だ。

 冗談でも姉御に惚れたなんて言われるのは恐ろしい。


「姐御! それ、冗談でも御勘弁して下さい! って、イタタタタッ!」


俺の言葉に姉御は先輩譲りのアイアンクローをかまして来たので思わず悲鳴を上げた。


「ショウタ〜? さっきから大人しく聞いてるとあんた、結構ズケズケと言う様になったじゃないか〜? こりゃ再教育が必要のようだねぇ〜?」


 全く大人しく聞いていなかったじゃないか!

 と言う言葉は飲み込んだ。それを言うと、今度は絶対三分では済まなくなる気がするし。


「姉御〜、ごめんなさぁ〜い!」


「プッ、アハハハハ」


 俺と姉御のやり取りが面白かったのか嬢ちゃんがお腹を抱えて笑い出した。


「ソォータさんって、お母さんに対して昔から懲りないわよね」


 あぁ、先輩とは何処か距離を取っていたが、姐御は何故か昔のように話せてた。

 認めたくは無いが、姐御の様な気の強いハキハキした女性がタイプなのかもしれないな。

 しかし、そのお陰か、やっといつもの嬢ちゃんに戻った様だな。

 俺を見ても先程までの変な態度は取らなくなった。


「ソォータさん。さっきは褒めてくれてありがとう。ソォータさんもすっごく似合ってるわよ。いつもそうやってお洒落したらいいのに」


「有難うよ。面倒臭いが考えておくぜ」


「いかん、いかん! ショウタ! お前はいつもの格好をしておくんだ」


「あんたねぇ。いつまで娘離れしないつもりなんだい? アンリも成人なんだ、好きなようにさせてやりなよ」


「だからと言って、それとこれとは話が違うぞ!」


 ん? 何か夫婦喧嘩が始まったぞ?

 大丈夫か? この二人の喧嘩なんて魔族襲撃が霞むぐらいな被害が出たりしないか?

 この家なんか跡形も無く消え去りそうだ。

 止めなければと思うが、正直今の俺でさえ二人の間に入って喧嘩を止めるなんて凄く怖い。

 昔のトラウマが……。


 おや? 昔と違って口喧嘩だけで手が出て来ないぞ?

 それに何かどんどん先輩の声が小さくなっていくな。

 あぁ、とうとうしゅんって顔になっちまった。

 う〜む、これが嫁の尻に敷かれると言うやつなのか。

 あの先輩も例外じゃなかったんだな。

 まっ、俺には縁の無い話だわ。 


 バタンッ。


 その後、先輩一家とあれこれと喋っていると急に応接室の扉が開き、一人の女性が入って来た。

 とても凝った刺繍がしてある黄色のドレスに身を包んでいるとても綺麗な女性だ。

 誰だろう? どこかで見た記憶が……?


「ふふふ、本当に久し振りですね。ショウタさん」


「え? その呼び方……! ももももももしかして、貴女は!」


 この人の事は忘れもしない。……一瞬忘れていたのは気のせいだ。

 あれはアメリア王国に居た頃の事だ、先輩に連れられて初めて王城に入った時に出会った初恋の人!


 ……いや、そう言うと語弊が有るな。


 大丈夫、一番目はクレアだし、二番目はレイチェル……はどうでもいいか。

 違うんだよ! 幼馴染とか森で怪物に襲われている所にばったり出会った吊橋効果な奴とかじゃなくて、初めて異性を見て、ときめきと言う感情を抱いた女性。


 ポカッ!


 あ、あれ? 誰かに頭を叩かれたような? 気のせいか? ……まぁ、いいか。

 とにかくこの人は!


「フォ、フォーセ、ふ、ふぐぅ」


 俺が気を取り直して彼女の名前を言おうとしたら、一瞬で間を詰められ、素早い動きで口を塞がれた。

 なにやら叩かれた様な錯覚で意識を逸らしていたとは言え、いつの間に!

 しかし、近い! そして、近くで見てもあれから20年経つのに、とても綺麗だし、なにより……。


 あぁ~、凄く良い匂い!


「私の名前はセリアよ? 誰? フォーセ何とかって人は? 本当にもうショウタさんたら相変わらずね」


 セ、セリア? いや、この人の名前はフォーセリアだった筈。

 王子の婚約者で公爵令嬢だった。

 あっ、そうか王子が偽名を使っているんだから、この人も偽名を……。


「お、王フゴゴ。ヴァ、ヴァレンさんと、ご結婚されていらしたのですか?!」


 『王子』と言いかけたら、また口を強制的に塞がれた。

 キラリと光る目が『喋んじゃねぇぞ』と言う無言の圧力を投げ掛けてくる。


 そう言うあなたさっきから俺の本名呼びまくりと思うんですが。

 この人昔はこんなキャラじゃなかったよな……。

 もっとお淑やかで、いつもふわふわ浮かんでいると言う表現がぴったりの絵に書いたような貴族のお嬢様だったと思うんだが。

 けど、ここに居ると言う事は……?

 

「えぇ、そうなのよ。彼の元へ駆け落ちしたの。だってそうしないと、あのバカと結婚させられそうになっちゃったんだもん」


 『もん』って……。


 しかし、今ので分かった。

 要するに第二王子と結婚させられそうになったから身を潜めていた王子の元に逃げ出したのか。

 なんか、第二王子のフォーセリアさんを見る目は、凄く気持ち悪かったもんな。

 恐らくフォーセリアさんの父親も眷族化させられたのだろう。

 そして、結婚させられそうになって、逃げ出したのか。

 そう言えば、遠くの街で姉御と二人、身分を隠して暮らしてたって言うし、色々苦労したから、こんな逞しく強かになっちゃったんだろうな。


「そうなんですか、また会えて嬉しいです。いや〜相変わらずお綺麗ですね」


「あらあら、ショウタさんたら、口が上手くなって」


「いや、本心ですよ、って痛え!」


 俺が久し振りに会った初恋、いや憧れだった人に会えた喜びでその嬉しさを素直に口に出したところ、突然誰かに腕を捻られた。


 しかも、2箇所も!


 言い換えたのはアレだ。なんかまた頭を叩かれそうな悪寒を感じたからだ。

 それは置いておいて、痛みの原因は何事かと思いそちらの方に目をやると、嬢ちゃんに加え、いつの間にか部屋に入って来ていたメアリも一緒に俺の腕を抓っていた。

 あ、あれ? 嬢ちゃんだけじゃないのか? メアリの攻撃も効いちゃうのか?


「小父様? なに人の母親を口説いてるですの?」


「ちっ、違うそうじゃないって! 昔この人に憧れてたんだよ」


「ソォータさん鼻の下伸ばしていやらしぃ~」


「嬢ちゃん、変な言い方止めろって」


「あぁ、そう言う事ですの! あの、叔父様? 私、お母様の小さい頃にそっくりと言われてますの」


「あぁ、そう言えば初めて会った頃のセリアさんの面影が有るな」


「だ・か・ら、私も大きくなったら、きっとお母様そっくりになると思いますの」


「あぁ、そうだな。きっと美人になるぞ」


 ぎゅぅぅぅぅ!


「いててて、嬢ちゃん抓るの止めろって。メアリを褒めたから怒ってるのか? 嬢ちゃんだって姐御の娘なんだから絶対美人になるって。良かったな先輩に似なくて」


「ほ~う、ショウタ。それはどう言う意味だ?」


「いや! それはさすがに分かれよ!」


「あらあら、まぁまぁ、ショウタさんはモテモ……」


「「「「わぁーーーー」」」」


 うわっ! びっくりした! さっきと同様、今度はフォーセリアさんが何かを言いかけた途端、姐御を除く全員が大声を上げて言葉を遮ってきた。

 いつの間にか王子まで部屋に入って来て、その大声に参戦している。

 姐御はそれを呆れた顔で見て溜息を付いていた。


 なんなんだよ! ったく。


「皆様、楽しくご歓談中に申し訳有りませんが、お迎えの馬車が到着いたしました。すぐにご準備の程をよろしくお願いします」


 このカオスな状況の最中さなか、王子の家のメイドがとても冷静な口調で使者の到着を伝えてきた。

 それはいいのだが、先程までの地獄の様なやり取りを、楽しいご歓談だと切り捨てるのか? どんな耳してやがんだこいつ。


 しかし、ここ最近はなんなんだ?


 こんな誰かと長々話しをするなんて、酒場のマスターに酔っ払いながら愚痴を言うか、新人教育で偉そうに指導する振りをする時くらいしか無かったってのによ。 

 本当に騒がしいこった。


 そんなこんなで、いざ晩餐会が開かれる迎賓館へと、俺達は税金の無駄遣いかとしか思えない、やけに豪華な馬車に乗り込むのだった。


「……って、いやもう家出た瞬間から目的地が肉眼で見えてるじゃねぇか!」

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