第2話 きっかけ

 私はヲタクだ。


 その前に何がきっかけでヲタクになったのか…

 それはアニメである。


 あの薄い平面の中で踊り狂う幼女やスポーツ選手からアイドルまで多種多様なキャラクターが活躍するのを間近で見ていられる。その時間は私の心も踊るといったものだ。

 しかし、平日は帰宅後すぐにTOPランカー【M・ファッカー】として活動しなくてはならない私にとってはアニメの放送時間約24分をも確保するのは容易なことではない。

 そんな忙しい私にも週2回至福の時を迎えることになる。

 【休日アニメ鑑賞会】だ。



 無駄に説明口調な夢で目が覚めた。一瞬だけ寝坊かと焦りながらもうすぐ活動限界を迎えそうなぼろい目覚まし時計を確認する。

 AM11:00

 こんな時間に起きたのは随分久しぶりのような気がする。

 「今日は土曜日か」

 瞬時に脳内を休みモードに切り替える。こんな日にまで仕事のせいでストレスを感じる必要はないだろう。

 休日の朝はこんなにも心が安らぐ。特に土曜日の朝は格別だ。

 鑑賞『会』とはいえ一人で見るわけだが…


 再生中はとてもじゃないけど他人と一緒にはいられない。作品を見ている私は並の人よりも感情移入しがちだ。そんな姿は誰だってあまり他人に見せたいものではないだろう。

 まあ、感想を話せる友達がいたらそれは楽しいのかもしれないが…

 そこまでわがままを言う必要はないかなとも思う。

 私はアニメの魅力に気づけた時点で神様に加護をもらっていると感じることができるのだから。


 さて、今日はアニメを見続けるだけの1日になるのだが、そんな雑にアニメを消費するわけにはいかない。

 ただ見ればいいわけではない。最高のコンディションで見続けたい。見続けるべきだ。それがせめてもの敬意というものである。

 そうと決まれば必要なものを獲得しなければならない。

 私は社会人だ。金ならある。

 週にたった2回しかない休日を非日常を淡白にしてはいけない。噛み締めよう。

 コンビニもいいがやはり品揃えでスーパーに劣ってしまうというのは否めない。アニメのため、淡白な休日を回避するため「仕方がない」という思いと休日にできる限り外出しなくないという葛藤が行われる。

 

 家から徒歩2分のコンビニを通り過ぎしばらく先にあるスーパーに足を運ぼうと決心するまでの所用時間が10分。

 断じて無駄な時間ではない。これだけは確定事項だ。世の中の人はもっと休日の使い方を塾考すべきなのだ。

 歩いている間にアニメの見る順番、各アニメに対して適切なつまみを選べるのかどうか…

 そんなことを考えている。私の生活に無駄な時間は一秒もない。我ながら合理的な女だと自覚し、そんな自分が好きであると再確認する。

 自然と上がってしまっていた口角を入り口が見えてきた瞬間に意識を向けて自然に戻す。


 たまにくるスーパーには私の休日を祝うかのように私の宴のお供候補が綺麗に陳列されている。

 まるで夢のようだ。この中からスタメンを発表しなくてはならないのが心苦しい。

 だが、現実は非情である。社会は非情なのだ。これはスーパーのお惣菜に対しても例外ではない。

 買い物は熟考する。

 ここはコンビニではない。無駄を省いて歩いていたら一期一会を逃すことにもなるのかもしれない。

 よって慎重に店内を一周しなくてはならない。

 しかも、この買い物が本日最後の買い物である。

 私は家に着いてからは明日まで布団を出る気は無い。

 1日分の買い物はそれなりに時間がかかってしまうものだ。

 店内で私ほど眉間にしわができるまで真剣に買い物をしている人がいただろうか。いないのだろう。

 

 すれ違う人が私の顔色を見て目をそらして去っていくことには全く気づいていなかった。



_____________________________

 今日のお供が決まった。

 休日の昼間はなぜこんなにも混んでいるのだろう。

 レジ待ちの長い行列を見ながら少しだけスーパーまで歩いてきたことを後悔し、心中で舌打ちを何度打ったことだろう。

 こういう時は妙に他人の買い物の様子からその人が何の目的でそれだけの量の買い物を行なっているのかを思いながら観察してしまう。

 私よりも前にいるおばあさん達はこれからあと何日を家から出ずに過ごすのだろうか、はたまた一体何人家族なのかと疑問に思うほど大量の商品がカゴにこれでもかと詰めこまれている。

 はっきり言って異常な量である。これを家まで運ぶだけでも相当な労力なはずだ。

 そんなことを考えながらいつまで経っても終わらないのではないかと感じられるほど長いレジの行列はとてつもないスローペースで、しかし確実に進行していった。



 店を抜けた私はこれから催される宴に期待を膨らませながらテンポよく歩いていく。

 そういえば前に同じようなテンションで歩いてたときに、スキップしているところを近所の小学生達に笑われたのを思い出した。

 たまの私の幸せを笑われているようで腹が立ったが、少しだけ恥ずかしさが勝ってしまい逃げるように帰ってしまった。

 あの日は油断していた。

 だが、私はできる女だ。同じ過ちは繰り返さない。

 次会ったら、祝日のありがたみを諭すことができるのに。スキップしている方が正しいことも。

 そんな無謀なことを思いながら、チラチラとあたりを見渡しながら歩く足を速めた。

 見慣れたマンションでいつも通りにエレベーターが上の方の階で停まっているのを確認してから階段を1フロア分駆け上がり、204号室の前で乱暴に部屋の鍵をバッグから見つけようとする。

 なぜこんなに散らかってるバッグをわざわざ持ってきてしまったのか後悔しながら何に焦らされているわけでもないのになぜか急いで鍵穴を回転させた。



 気をとりなおして宴の準備に取り掛かる。

 私の部屋の冷蔵庫はかなり小さいものを使っている。布団から出ないためには必要なものを手の届く範囲に全て配置する必要があるからである。とはいえ一人暮らしの人間の冷蔵庫の大きさなど一般的にもたかが知れているわけだが。

 冷蔵庫を布団の近くまで引きずるが、もはや何のコードかも覚えていない延長コードに妨害され、さらなるアディショナルタイムを与えられているような気分になる。

 「ビール飲みたい」

 自然と出てきてしまった言葉だった。

 私の本日行った活動は少し歩く距離とはいえそこそこ近所のスーパーに買い物をしに行っただけのことであるが、汗も疲労も勤務後のような感覚だった。

 できる限り布団に近いように配置された冷蔵庫の中に買ってきた物資を雑に放り込む。

 これで臨戦態勢が整ったわけだ。

 誰とも戦わないさ。ただそれくらいの気負いでアニメに向かわなければ失礼というものだろう。

 さあ始めよう。


 昼の部に対してのお供は、ポテトサラダと焼き鳥とビールだ。プレモルだ。

 普段は仕事を終えた後のビールが死ぬほど美味しいのだが、休日の昼間から飲むビール。

 この背徳感が旨味を刺激しているような感覚に陥るのだ。

 世界滅亡の危機を異世界転生して助けている主人公を見ながら、平和ボケしている私のテンションはすこぶる高まった。

 つかの間の幸せを噛み締めながらボーッと、しかし真剣に画面に集中する。

 こんなにも至福の日はまるで初めてのような錯覚に陥りながら7作目か、8作目か忘れてしまったが気づいた時には瞼を閉じ、学生の頃は当たり前のように行っていた最も贅沢な休日の使い方をしてしまっていた。




 PM20:00

 とても幸せな夢を見ていたような気がするけど思い出せない。

 ほろ酔い気分もすっかり覚めてしまい。寝てしまったことを少しだけ後悔したが。いつも以上に体が軽く感じた。

 こんな時間になってしまってはそろそろ【M・ファッカー】としての活動を始めなければ…

______そう思った矢先、1件のライン通知がきた

 いや、来てしまったというのが正しいのかもしれない。

 会社の同僚のユキちゃんからだ…

 「ミサキちゃーん!明日ヒマー??」

 いつも通りとても同い年とは思えないほど若々しいテンションが伝わってくる文面が通知画面に表示された。

 チャットアプリを起動した瞬間に悟った。予定ができてしまったのだ。

 ユキちゃんは私が会社の同年代で唯一喋ることのある女の子でヲタクとはかけ離れたような陽キャラというのがとてもよく似合う明るい女の子だ。

 明日がヒマかどうか?

 ヒマなわけがない。まだまだ消化しなくてはならないアニメもあるし、ランカーとしての活動もしなくてはならない。ヒマなわけがないのだ。

 しかし、こんな理由は予定として数えられない。これを理解してもらうためには相手も私と同類の人種であることが条件である。この理不尽な予定の換算方法をする社会を恨みながら腹を括った。

 「特に予定はないよー!どうしたの??」

 自分の気が変わらないように素早く返信をする。これで退路は断たれた。

 同僚との付き合いも大切なのだ。もしかするとこれは社会人女性特有の考え方なのかもしれない。私が男性だったならばこんなことは気にしなかったのだろうか。

 こういう時だけは何も考えていない男が羨ましくなる。


 ユキちゃんの返信もあっという間だった。

 「そしたらさー久しぶりに原宿でも遊びに行かない?( ・∇・)?」


 今回は原宿か。

 日曜日の原宿の人の多さを想像すると動揺が隠せない。ましてや陽キャの街だ。私には似合う場所ではない。

 しかし、ユキちゃんは悪い子ではない。むしろいい子だ。

 こんな私にも仲良くしてくれるし、よくいる陽キャ気取っためんどくさい女の子のそれではない。

 だから予定があると言ってしまうことは簡単だが葛藤の末に遊びに行こうと思える。ユキちゃんとの時間を優先しようと思えるのだ。それくらいには私はユキちゃんに対して好意を抱いている。

 私は嫌な奴と上辺だけの人間関係をキープするために予定を空けたりはしない。

 ただ、ヲタクの話が一切できない。そこに多少ストレスを感じてしまう。

 それを言ってしまえば性格が悪いのは私の方だ。

 罪悪感を感じつつ決まってしまったものに対して気持ちを切り替える。



 ちなみにこの日の【M・ファッカー】は珍しく不調で、ランキングはTOP100すらも入れずに終わった。

 半年前に出張でゲームに触れなかった時以来である。

 日曜日に予定が入ってしまったことに対して想像以上に動揺していて、明日が気がかりでプレイが乱れたそうな。

 どんなプレイヤーにも不調の日があるということなのかもしれない。

 この日【M・ファッカー】もとい石川ミサキはストレスのあまり昼寝を挟んだにも関わらず早々とふて寝を決め込んだ。

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