アニヲタ女子の非日常

やつれん

第1話 これはこれで非日常

 

 昨日は何時間寝れただろうか。


 毎日上司に媚びて、あらゆるハラスメントに耐えて、なんとか入社できた今の会社で私はやっと自分の居場所を確立できている。仕事は辛い。ああ辛いさ。当たり前である。


 でも世の中は楽しい物であふれているのだ。そう、ヲタク文化で…

 

ーヲタク大国日本万歳ー

 

 今日も夜遅くまで仕事をした。明日も6時に起きて出社しなくてはならない。疲れ果てた私に世界は、いや、私の部屋は無表情でこう告げる「23:00です。お前の残りの自由時間は8時間しかありません。」と。

 そうか8時間もあるのか。おや、出社までの睡眠時間を考慮すれば自由時間はもっと減るのではないか?否である。睡眠など最低限でいいのだ。

 なぜなら私はヲタクなのだから。頑丈にできているのだ。睡眠などに時間を割いていられるか。ベッドなぞに私の貴重な時間を奪われてたまるか。そう思い私は3年前にベッドという魔の巣窟を捨てた。

 そういえばその頃は断捨離が流行ってたような気がする。深夜は私の時間、私だけのものだ。私が女王になれる時間。女王の瞬間を守るためにとったあの時の断捨離は今だに歓声が上がるほどのファインプレーだったと自負している。

 

 さて、今日も潜ろうか、インクとイカの世界に。

 

 深夜ごろに颯爽と現れ、その日のトップランカーの記録を次々と塗り替えていくのがアカウント名【M・ファッカー】である。まあ私のことなのだが。

 それにしても今となっては常にトップをかっさらうことから順位が抜かれることをファッキングなんて呼ばれてたりする。ハッキングとかけたようなしょうもないシャレだ。負けず嫌いのヲタクは顔を真っ赤にしながらこんなしょうもないことしか言えないのだ。

 SNSでも多少話題になって私の勝利数が増えると日々実況されている。ハッキリ言おう。このように周りのヲタクに干渉され、もてはやされているのは「超気持ちいい」のだ。まるで200メートル平泳ぎで1位をとったような感覚だ。

 私がこうしてゲームに没頭するのは9割型この感覚を得るためだと言える。

 普段から会社で文句も言えずに一方的に仕事を引き受けるだけの私がこんなにも輝くことができる場所を提供してくれる。異世界など転成しなくてもここには非日常がある。

 こうして日々のストレスを解消していく。

 

 今日も私の臨戦態勢は整っている。万全である。

 仕事帰りに私の集中が最大になるための物資を得るため、24時間の営業をしている物資支援場(有料)まで足を運ぶ。毎日のように通っているのに自動ドアが開いた瞬間の緊張は慣れることはない。戦いが始まる合図のメロディが鳴り響く。いや、それすらも楽しんでいるのかもしれないな。


 「いらっしゃいませ」


 合図とともに中に入ったら最短ルートしか通らない。一秒も無駄にすることなく熟練した職人のような素早い手つきでカゴの中にテンプレの物資を次々と放っていく。

 物資を選んでいる最中は思考がストップしているようなフル回転しているような不思議な感覚に陥っている。これが本能なのかもしれない。

 本能のままにカウンターまでカゴを運ぶと毎日この時間帯で働いているおじさんが無言でこれはまた素晴らしい手際で商品を袋に詰めていく。

 何度見てもこの無駄のない動きは素敵だ。

 

 エナジードリンク,プレモル,肉じゃが,餃子…

 淡々と袋に詰められていく物資を見ていると、今日の戦いもまた壮絶なものになるであろうという予兆を感じる。

 釣銭を募金箱に入れてから少しでもいい戦いができるようにと祈る。

 二度目のメロディが鳴り響くと同時に

「ありがとうございました。」とお決まりのフレーズで私の出撃を見送ってくれる。

「こちらこそ、ありがとう。行ってきます。」と私への唯一の見送りに心の中で返事をして、早足で帰路につく。もはや退路はない。

 

 部屋に着いてからはこの日で最も機敏に動く。シャワーを浴びてゲームを起動するまでがいつも通り30分。別人である。会社の人間が今の私を見たらどう思うだろうか。これだけの有能な人間をくすぶらせておくわけにはいかないと考えを改めることができるだろう。

 そんなくだらないと分かりきったお決まりのことを考えながら私は現実世界とのリンクを切り離し、インクとイカだけの戦場へと潜り込むのだ。

 

 戦いの最中の私は非常に冷酷で…しかも口が悪くなる。

 先ほど会社の連中に見せてやりたいみたいなことを語ったが…うん、ないな。ないわ。

 理不尽に死んだ時、味方が回線落ちした時のけたたましい怒声はこの厚めの壁でなければ隣人の苦情を一斉に集めただろう。

 少し家賃が高いけど壁は厚いほうがなにかと都合がいい。できる女はこのような環境すらもきっちりこだわって用意ができるのだ。

 しかし優秀な一面は中身を見ないネット関係の連中にだけひけらかせばそれで満足している部分はある。

 


 今日も今日とてたくさんのイカをなぎ倒していった。

 この日のランキングTOPになるまでの所要時間は途中食事を挟んだが3時間と30分といったところか。

 「ぼちぼちだな。」

 満足した私は暫しの快感を噛み締めながら無駄にお金をかけたゲーミングチェアから一歩も動くことなくいつも通り瞼を閉じるのだ。

 起床まであと3時間。

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