5、息苦しい感情

 思う存分ゲームを満喫し、フィーネは満足げに――やはり無表情ではあるが――店を出てきた。

「もう、何を仕事をサボって満喫してるんだよッ!」

 路地裏に隠れていたクロが飛び出してきて、毛を逆立てつつフィーネに詰め寄る。

 だがフィーネは、そんなクロには耳を貸さず、道路を横断して反対側の歩道へと移動する。

 クロもその後を慌ててついていき、大きな溜息を吐いた。

「まったく、標的だって探さなきゃいけないのに、遊んでるなんてさ……」

「標的、あれ」

 フィーネはそう言うと、先ほど出てきたゲームセンターの方を指差す。

 すると、店から先ほどフィーネが見かけた暗い顔の男が出てきた。

「……アレが、標的?」

「うん」

 フィーネは確信を持って頷く。

「間違いない。あの人から強い懺悔の感情と、あと、息苦しい感じの感情が伝わってきた」

「息苦しい?」

 クロが首を傾げる。

「たぶん誰かに強烈に束縛されているんだと思う」

「束縛……、って、誰に?」

「判らない」

 そんな事を話しているうちに、男はゆっくりと住宅街へと向かう道を歩き出す。

「後をつける?」

「そうだね。真実がどうなのか見定めなきゃ」

 そう言うと、クロは小さく呪文を唱える。

 すると次の瞬間、フィーネとクロの体は一瞬で透明になり、見えなくなった。

「姿とか消しとかないと、バレるしね」

「いつも思うけど声も消えるのがふしぎ」

「そもそも悪魔がこの世に存在すること自体が不思議の塊な気がするんだけど」

 クロはそう言って苦笑いを浮かべる。

「ま、いいや。それじゃ、いこっか」

 フィーネ達はもう一度道路を横断し、男の背後3メートルくらい後ろをついていくことにした。


 そうしてしばらく歩いていくと、男は一軒の家に入っていった。

「なにこれ」

 フィーネはその外観を見るなり、呆れたような口調で一言呟いた。

 周辺は閑静な住宅街なのに、男が入ったその家は、中世ヨーロッパの建造物のような建物だったのである。

 聖堂のような建物の玄関へと続く庭は、赤く毒々しい薔薇のトンネルで彩られ、重厚な鉄柵も相俟って、狂気染みた威圧感を放っていた。

「何これ。え、日本の建物だよね?」

「ここ、日本」

「いや、わかってるけど。それにしたって浮きすぎだよ、この家」

 確かにデザインは秀逸だが、何しろ周辺の住宅から抗議活動でも起こりそうなほど異質なのだ。

 この庭も、手入れをすれば素晴らしい庭なのだろうが、随分と放置されているらしい。

 狂おしく咲き誇った薔薇の花と、棘だらけの蔦が、あらゆるものを拒むかのように建物を覆っている。

 人々に恐怖感を与えるようなその外観は、遊園地のお化け屋敷すら見劣りするほどだ。

「とりあえず、中に入ろう」

「ああ、そうだね。……しかし、束縛ってのは……なんだろうね」

「それをこれから確かめに行くの」

 フィーネはそう言うと、茨が絡みついた鉄製の門を引く。

 だが、先ほど男が通ったときはそうでもなかった門が凄まじい音を立てたため、流石のフィーネも、一瞬動きを止めた。

「ばれてない?」

「うん、大丈夫っぽい。静かに開けるのに何かコツがあるのかな? とりあえず、もう少し慎重に開け――」

「飛び越える」

 フィーネはそう言うと、僅かに開いた門を無視して、驚くべき跳躍力で軽々と飛び越える。

 ロングスカートを思いきり翻し、これが体操か何かの種目なら10点満点をもらえそうな着地を決め、得意そうな顔をする。

 そんなフィーネの行動に目を丸くしながらも、自分は門の下の隙間を潜り抜けた。

「……最初からそうすればよかったんじゃないの」

「ぱんつおもいっきり見えるから本当は嫌」

「まあそうだったけど……あ、いや、姿消してるわけだし、誰も見えないと……」

「……。行くよ」

 ちらりとクロを睨みつけて、フィーネはさっさと聖堂風の建物の中へと入っていった。

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