3、山道にて

 山岸の案内で訪れたのは、見通しの良い山道だった。

 夜のひんやりとした風はほんのり花の香りをはらみ、降り注ぐような星空は、あらゆる疲れを忘れさせてくれる。

「交通量も少なく、いい所でしょう? 夜はこの通り、暗闇なのですが」

 山岸は目を細めながら呟く。

 街灯はこの周辺まで来るとひとつもなく、100メートル以上下から、ぽつり、ぽつりと町に向かっていくにつれ街灯が増えてゆく。

 フィーネ達が周りの様子を確認できるのは、今宵が満月であるからだろう。

 月とはこれほど明るいものなのか、そう改めて認識するほどだった。

「静かで、気持ちがいい。こんなところに住むのもいいかも」

「そうでしょうね。……しかし、この交通量の少なさと暗さで、発見が遅れて、私は命尽きることとなってしまったのですよ」

 しみじみと呟く山岸。

「しかし、何故このような所へ?」

「あの道の奥が私の家なのですよ」

 そう言うと山岸は、公道をそれた細い道の更に奥を指差した。

「私は身寄りがありませんので、死んで以来ずっと放置されています。ですから、約束の妖刀もそのままだと思いますよ」

「そう」

 フィーネは無関心にそう呟く。

 だが、クロだけはそのごく微妙な表情の変化を読み取っていた。

「……嬉しそうだね、フィーネ」

「えっ」

 山岸は目を丸くする。

「嬉しそう……なのですか?」

「ええ、とても。よほど期待しているんでしょうね」

「はは……、いやいや、それほど期待されてしまうと、かえってがっかりさせてしまいそうで」

 小さく笑った後、山岸は道の真ん中を指差す。

「……さて。私はあの日、自転車でこの坂を上っていたのですが、猛スピードできた車に撥ねられて、地面に叩きつけられたのです」

「車の車種とか大きさとか、色とか、そういうものは判らない?」

「さぁ……、何しろ全身を強く打って、目を開けていられる状態でもありませんでしたから……」

 その時の事を思い出したのか、あちこち身体をさする山岸。

「そこの看板にもありますが、あれから結局有力な目撃証言も無く、捜査はまったく進展していないようですよ」

「看板?」

 フィーネが振り返ると、電柱に情報提供を呼びかける看板が据え付けてあった。

「はぁ」

 フィーネはつまらなそうに溜息を吐き、道の方を眺める。

 そして、しばらく目線をそこに固定した後、ゆっくりと坂の下、町の方へと目を移す。

「あ、あの……?」

「強い残留思念が残ってる」

 フィーネはそう言って山岸に向き直る。

「車は貴方を撥ねたあと、そこでしばらく止まってる。それでその後、猛スピードで町へ向かってる」

「わ、判るのですか!?」

「判る。ましてここは人の念が少ないから、思念が掻き消されていない」

「は……犯人は、見つかるでしょうか?」

「問題ない」

 フィーネは断言した。

「絶対に見つかる。今まで一度も失敗したことは無いから」

「一度も……。それは、心強いです」

「安心してください。フィーネがこう言うのですから、間違いありませんよ」

 クロはそう言うとフィーネに近づき、「どのくらい掛かる?」と耳打ちする。

「今日中に見つかる。間違いない」

「そっか。……それでは、明日の夜7時ごろ、またあの店に来て下さい。そこで結果を報告します」

「そ、それほど早く見つかりそうなのですか!?」

「見つかる。犯人、その町に居る」

 確信を持ってそう言い切るフィーネに、山岸は少し不安を覚えながらも、「宜しくお願いします」と頭を下げて、煙のように姿を消した。

「……で、そうは言うけど大丈夫なの? もう夜の8時なんだけど」

「2時間で見つかる。だから、今日中に終わる」

「そう言うなら本当なんだろうけど……、そんなの最高記録もいいところだよ?」

「大丈夫。犯人は、もう私達のすぐ近くに居る。今回の事件は、簡単。お得な仕事」

 フィーネはそう言うと、町の方へと向かう道のりをゆっくりと歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る