3、遂行の代償
「それで、本当に抹殺に成功したのですか!?」
差し出された紅茶に口もつけずに、依頼人はフィーネに強い口調で問いかける。
だがフィーネは眉一つ動かさずに紅茶を一口啜り、クロを呼ぶ。
「……こちらがその証拠です」
クロは新聞をくわえてきてテーブルの上に置く。
依頼人はすぐさまその新聞を奪って、噛み付くかのような勢いで一面を見る。
「こ、これは……」
「でかでかと書かれていますよ。『○◇商事の北河社長、病院の窓から飛び降り自殺』と」
北河社長というのは、依頼人を殺した張本人であり、今回の標的のことだ。
「『突然何かに怯えるようになり、看護師5名で必死に介抱するも、異変から2日に自殺』っていうことらしいです。非道な手段で社長まで上り詰めた男も、所詮は弱い人間ってことですね」
クロがあきれ気味に呟く。
「こっちの雑誌には色々書いてありますよ。『北河社長、事故に見せかけて複数の社員を殺害』だとか、『日本有数の大企業である○◇商事の悪との癒着、警察を懐柔して殺人事件を隠蔽、警察の体質はどうなっているのか!?』だとか、当分警察の信用はガタ落ちでしょうね」
「当然でしょう。私もあんな妙な死に方をしたと言うのに、警察はよく調べもせず、不幸な事故、というだけで済ませたのですから!」
依頼人は憤って新聞を投げ付ける。
「……物を投げるのは良くない」
「あ、し、失礼しました……っ!」
フィーネが無感動ながらもどこか不満そうに発した言葉に、依頼人は慌てて頭を下げる。
「でも、勝手に死んじゃうくらいなら、私が殺して魂を食べちゃえば良かった」
「正規ルートで死ぬと、悪魔が横取りする暇もなく天使が魂持ってくからね。悪魔には生きにくい世の中だ」
「本当に。ごはん全部横取りされる」
二人の会話についていけず、依頼人はただ首を傾げる。
「あ、気にしないで下さい。天使と悪魔って言うのは、フィクションや神話以上に仲が悪いもので」
「は、はぁ……。しかし、僕があの社長に殺されたとは……」
「まだ信じられない?」
フィーネの問いかけに、依頼人は首を振る。
「いえ……、先日の調査で本人も認めたと仰っていたのですから、間違いないのでしょう。……ですが、私は事故に見せかけて誰かに殺された、ということだけは判っていましたが、それがまさかあれほど信頼していた社長の指示によるものだったとは、……いまも考えたくはありません」
「でも、良かった。あの男は貴方意外にも何人か殺してる。そしてそれを全て権力と言う名の圧力を警察に与えて葬り去ってきた。このまま野放しにすれば確実に失われる命を、貴方は救った」
フィーネがそう言うと、依頼人は深々と頭を下げた。
「その言葉で全て救われます。魂を賭けて、貴方様に仇討を依頼したこの心の闇、ようやく晴れました」
「……そう。良かった」
そう言うと、フィーネはゆっくりと立ち上がり、クロに目配せをする。
それに気付いたクロは、依頼人の方をしっかりと見据えた。
「それでは、終わりの時間です。覚悟はよろしいでしょうか?」
「ええ。仇も討てましたし、家族も居ません。私に、思い残すことなどもうありません」
依頼人はそう言って笑顔を見せる。
「そう……」
その表情を見て、フィーネは今までの無関心から一変し、依頼人の正面に立ち、深々と頭を下げる。
「悪魔の仇討専門店、懲罰屋をご利用いただきまして誠に有難うございました」
今まで一度も発さなかった敬語でそう礼を言って、ゆっくりと顔を上げるフィーネ。
「それでは、報酬を貰い受けます」
そう言って口の中で小さく何かを唱えた瞬間、依頼人は光る球状の浮遊物体に姿を買えた。
白や青に仄かに色味を変えながら光るその幻想的な浮遊物体、依頼人の人生が凝縮された、魂という名の結晶。
その美しき光を、フィーネは両手ですくうようにして、こくり、と飲み干す。
「……ん……、ふ……。……おいしい……。何度食べても……たまらない」
真っ白だった頬を紅潮させて、親指を小さな舌でぺろりと舐めながら、愛らしい声を上げるフィーネ。
普段が驚異的なまでの無表情な為か、反動で、その口調と表情はあまりにもエロティックに感じる。
「フィーネ……、いつも思うんだけど、その表情とか行動とか、エロいから止めたほうがいいよ」
「疲れたからお風呂入る」
余韻もそこそこに今までどおりの無表情に戻ったフィーネには、クロの言葉は通じなかったようだ。
タオルや着替えを箪笥から引っ張り出したフィーネは、何を思ったか、クロの体をひょいと抱き上げる。
「おわっ、ふぃ、フィーネッ?」
「お風呂。入ろう?」
「え、ちょ、ちょっと待って、ふぃ、フィーネ、待ってってばっ!」
クロがじたばたと抵抗を試みるが、フィーネは上手い具合に両手両足をしっかりと押さえつけているので逃げられない。
それどころか、小柄な体に似合わず十分に発育した胸部をクロにぐいぐいと押し付けて、クロの行動と理性を封じる。
「ちょ、フィーネ、当たってる、当たってるって!」
「当ててる」
「あ、そっか……ってそうじゃなくって! 僕も猫の格好はしてるけど、本当は猫じゃなくて普通の男子だってことは君も知って……」
今にも鼻血を噴出しそうなほどに照れながら暴れるクロ。
「フィーネッ! ホント待って! せめてそれぞれ一人で……ッ!」
「お風呂、楽しみ。ほら、早く行こう、クロ」
「やめろーっ、放せーッ! 誰かーっ!」
あいも変わらず無表情のまま、全力で抵抗を続けるクロを抱き抱えたままで、フィーネは風呂場へと消えていった。
風呂場の扉が閉じた後もしばらくクロの叫び声は続いていたが、次第にそれも弱まっていき、3分後にはシャワーの音だけが部屋の中に響くのみとなった。
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