第5話 異国との繋がり

 夕食の時、近くのテーブルに、以前同じ階で出会った事のあるエルメンティアの貴族の少女がいた。


 少女とは言っても、私と同じ位か少し上位だろうか。成人しているのだから女性と言った方が良さそうだ。


 侍女をつれているのは前と同じだけど、同じテーブルには男性が居る。


 聞くとはなしに話が聞こえてしまうのは仕方ない。


「では、エディレス様は、私に庶民の真似をしろと仰いますの?」


 前回もそんな感じで、良くも悪くも、エルメンティアの貴族令嬢といった雰囲気がそのままの物言いで彼女は話していた。


「ミレイア嬢、ひとつ言えるのは、私は貴女が仰る所の庶民だ。ロードカイオスで手広く商売をしていると言え、向こうでは貴族という階級はないのです。そう考えれば人としては誰も対等です。この船で仕事をしている者と私達が、仕事に従事している者と客という関係でも、見下した態度をとるのは間違いです」


「で、でもお父様は、貴方の家は有名な豪商だと言っておりました。エルメンティアでは貴族に匹敵するだろうとも」


「それは違います。いくら手広く商売をしていたとしても、一般人は一般人。貴女がよく持ち出され、話の端々にちらつかされる貴族というものではないのです。エルメンティアでは貴族だからと通る事でも、一歩国を出れば話は変わります」


「でも、私はエルメンティアの伯爵家の者です、いきなり庶民と同じような態度はとれませんわ。許可していないのに、身分の低い者から話しかけてこられれば不愉快です」


 不機嫌な顔で、相手の男性に食ってかかっている。


 どうやら、前に庶民と貴族の隔てがない船の階の事にも不満の様だった事を考えると、船の従業員か庶民と思える者に不遜な態度を取った事を、パートナーの男性に咎められているのかもしれない。


 エルメンティアで貴族令嬢として育った者ならば、ありえそうな話だと思う。


「そうですか、私の目線で見れば、明らかに貴女の父上と貴女では、その『庶民』に対する考え方が違う。私は外から来たロードカイオスの庶民なのです。貴方の貴族としての矜持や立ち居振る舞い、庶民に対する態度は、ロードカイオスでは相手にされません。それに、私の父も貧しい中から商売を立ち上げて今に至る人間です。貴族という階級を私達に押し付けられるようでは婚約の話も難しいと思います。今回は貴方の御父上が、どうしても貴方を私の伴侶にとお望みでしたので、一度ロートカイオスの自宅に招待してみましょうという事になりましたが・・・無理だと思います。ロードカイオス見物でもなさって、エルメンティアにお帰り下さい。もちろん手配は私が致しますから」


「えっ・・・」


 そんな風に言われるとは思っていなかったであろう、貴族令嬢は、明らかにどうして良いか分からない様子だった。その後ろに立って心配そうに侍女は見ていた。


 修羅場とでもいうのか、いたたまれない。つまり、男性側からお断りされているのだ。



「フィー、デザートがおいしそうだ。私のは種類が違うから食べて見るかな?」


 ザクの声にはっとする。いつの間にかデザートが運ばれていた。


 深いワイングラスに透明なジュレや色とりどりの果物が断層になっている。


 一番上には雪の様に白いメレンゲがフワフワと乗っていて、銀の粉が散らしてあった。


 エルメンティアではまだ見た事がない。おしゃれなスイーツだった。


「あ、ホント美味しそう。なんて綺麗なの」


 柄の長いスプーンでひとさじ掬って、口に含むとすっと溶けてなくなり、ほのかな甘みとバニラの香がした。


 思わずにっこり笑ってしまう。


「気に入ったようだな。ほら、こちらも食べてごらん」


 そちらはチョコレートを使った濃厚な味わいのこってりしたケーキだったけど、とても小さくて三口でなくなるような大きさだった。中にマーマレードの味によく似たジャムが挟まれている。


 前世のザッハトルテを彷彿とさせる味だ。


「おいしーっ」


「ふふふ、本当にフィーは可愛い。小さい頃のフィーも可愛かったが、フィーが居てくれるだけで、私はとても幸せになれる。共に生きているというのは素晴らしい事だ」


「う、うん。ずっと一緒にいてね・・・」


 

 ――――ガチャン!、と音がして我にかぇる。


 音がしたのは、先程の二人の貴族令嬢がグラスを倒した音だった。


 あっ、めっちゃ睨んでる。えっ、なんで?


「???」


「私とフィーの仲が良いのが腹立たしいのだろう」


 私がうろたえて、ザクを見ると、何食わぬ顔でそう言った。


 あっ、そんなこと言っちゃう?


 すいません、これは通常仕様なんですとも言えない。


 向こうの声が聞こえるのだから、こちらの話も普通に聞こえたのだろう。


 それでなくとも、お取込み中の様だったし、なのに普通なら砂糖吐きそうな程甘く聞こえる今のやり取りが聞こえて怒っちゃった?


 彼女は怒りの表情のままスクッと椅子から立ち上がりスタスタと出口に向かう。


「お嬢様、お待ちください」


 あわてて侍女が追いかけて行った。



「こんばんは、すいませんお騒がせを致しました」


 あっけに取られていると、エディレス様と呼ばれていた男性が、にこりと笑ってこちらに声をかけて来た。


「いや、かまわぬ。追いかけなくても良いのか?」


「ええ、良いのです。そろそろ彼女にも現実を見て頂かないといけませんから」


「エルメンティアの貴族との付き合いは難しいか?」


「独特ですね。こちらからは国からの仲介での仕事ですからトラブルにはならないですが、エルメンティアの貴族階級の方が何の心の準備もなしに、ロードカイオスへ来られるとなると、難しいかもしれません」


「まあ、そうだろうな。何となく聞こえたが、そなたの問題も難しそうだ」


「やはり聞こえましたか。ええ、無下にも断れない件でしたので、今の様な次第です。お互いの条件を飲めば悪くないお話ではありますが・・・」


 ワインを飲みながら、エディレスさんはそう言った。


 




 

 


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