第6話 心に光指す
次の日、ビュッフェスタイルの朝食を二人でとった後、デッキのカフェで海を見ながらお茶にしようと船内を歩いていると、少し前を歩いていた男の人がポケットから手を出した時に、ハンカチを落して行った。
「ザク、これ渡してくる」
そう伝え、落とした人を追いかけ声をかけた。
「あの、すいません」
「え、はい?」
「これ、落して行かれましたよ」
「ああ、どうもありがとうございます」
その人は背に垂らした金髪を後ろで一つにリボンで括った男性だった。
「いいえ、どういたしまして」
瞳は青いけど、その髪に結んであるリボンは新緑の様な明るい緑だっので、彼の大切な人が持つ色なのかもしれないと、なんとなくだけど思う。
エルメンティアでは恋人や大切な人には、自分の持つ色を送る事が多いから。
この人は、エルメンティアの貴族のようだ。魔力持ちの気配を感じた。
こういうのは、魔力持ちだから分かるのではなくて、人による。むしろ分かる人の方が少ないらしい。
だから私が魔力を持っていることや、ザクが髪や目の色を変えた魔力持ちだとかは分からないはずだ。
この男性は、昨日の夜のミレイア嬢の様に、貴族だからと庶民の線引きをしない人だった。
普通にお礼を言って、丁寧に頭を下げられた。
もっとも、自分からロードカイオスに向かう船に乗ろうと思う人ならば、それなりの準備はするだろう。
デッキのカフェに行くと、長命の病だという話を聞いた、コンテス・メルさんがまた一人でお茶を飲んでいた。
去り際に、名前を書いたコースターを貰ったので、ちゃんと覚えている。
ザクは、旅行の間、ザクアーシュ・ヴァルモントと名乗っている。私には違和感がないので覚えやすい。
私は、フィアラ・ティーザーと名乗っていた。
二人は婚約者という間柄というのも、そのままだ。なるべくこういう決め事は本当の事を混ぜているほうがやりやすい。
そうしておくと、演技等は必要ないので、いつも通りの二人でいられた。
コンテスさんは、ロードカイオスの人なので、エルメンティアの言葉が話せる。
帝国軍に滅ぼされたあと、ロードカイオスはエルメンティアの協力で復興しているので、公用語として用いられているからだ。
カイナハタンではエルメンティアの言葉が通じないので、ザクに習っている最中だったりする。
そして、カイナハタンと元々のロードカイオスの言語は似ている。
地続きで行き来が多い国だったからだろう。
この船の中でもザクが先生になってくれて、いろんな事を教えてくれるのが、とても嬉しい。
遠い昔のやさしい想い出が重なり合って、なんだか優しい気持ちに満たされる。
心の中で、密かに思うのは・・・。
エルメンティアではいろんな事でいつも忙しいザクを、今は独り占めできて、ものすごく幸せだなんて子供みたいな事を考える。
そういえば、エルメンティアでは庶民であれば、家名は持たず、その代わりに区別をつける為に、家業の屋号や住む地域名を名前の後ろに付ける事が多い。
それでなければ、仕事場で区別を付けたり、手紙を受け取ったりする場合も困るからだ。
「やあ、ご一緒ににどうですか?」
コンテスさんから声をかけられて、三人でお茶をする事になった。
「おはようございます。コンテスさん」
「おはようございます。お嬢さんと、ヴァルモントさん。船での寝起きは大丈夫ですか?たまに船酔いのある方がいらっしゃる様ですが・・・」
「私達は大丈夫な質の様だ」
そうザクが答えるのを聞いて、そういえば、船酔いの事が頭に無かったと思った。
「それは良かった。それに、これほど大きな船ですからやはり違いますね」
「ああ、とても良い船だな。ただ、天候にもよるだろうが・・・」
乗船してから、いつも凪いだ海の上で天気も良かったので、それが当たり前のような感覚でいたけど、言われてみれば、海だからしける場合もあるだろう。
この、どこまでも美しい雄大で優しい海の情景だって、ただの一面にすぎないのだろう。
「そう言えば、エルメンティアには北部地域という新しい街が出来たと聞きました。ご存知ですか?日程の関係で、そちらには行けなかったのですが、素晴らしく美しい街だと聞きました」
ここで、北部地域の話が出るとは思っていなかったので、私は驚いた。
「よく知っている。興味があるのか?」
「商売関係の知り合いに、そちらに店を出してはどうかという話をされました。まあ、仕事は引退しようと思っている所でしたので、どうしてもとは思わずに帰途についたのですが、あまりに素晴らしい街だと他からも聞いたものですから興味が出ました」
「そうか、確かに美しく造られている。治安も良いし、店を出すならとても良いだろう。ああ、それに長命の人種もあそこにはいるしな」
「――――え、本当ですか?」
コンテスさんが、後にザクが言った言葉の方が気になったようだった。
「何だ、それ程に気になるか?嘘ではない」
「そうですか、私も・・・実はこれ程心が動く事があるとは、今気づきました」
ああ、そうなのかと、私は思う。
今の言葉通り、この人は自分と同じように、違う時を刻む者達の存在に心惹かれたのだ。
例えば、ザクが長命だと聞いても、半信半疑だったのかもしれない。この船の中だけの繋がりで話をしている。
それが、長命の種族がいると聞けば、真実味は増すし、住む街があると聞けば身近に感じたのではないだろうか。
彼の瞳に、明るい光がさした様にみえた。
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