第15話 ロッソ伯爵
マクシミリアン皇太子殿下と娘のフロレンツィアが婚約した時には、遂にここまで来たかと心が躍った。
長年、王族や貴族に取り入り、餌を撒き、地固めをしてきたかいがあったと思ったのだ。
生まれた時から私には二つ上の兄がいて、伯爵家はその兄のものになる予定だった。
けれど兄が亡くなり私が爵位を手にする事が出来た。
兄が亡くなったのは単なる偶然ではなく、私が計画を立てて疑われない様に兄を葬ったのだ。同じ兄弟であっても生まれた順番で扱いが天と地程に違う事に、私は幼い頃から強い憤りを感じていた。
これがまだ、複数の爵位を持つ豊かな貴族家ならば小さくても自分の領地を持つ事が出来ただろうが、その頃のロッソ伯爵家は没落貴族と言っても過言でない程経済的には困窮していた。
だがその様な状態の伯爵家でも、兄には用意できる物の中で最上の物が与えられ、両親に大切にされた。
そして私はその兄に何かあった時のスペアでしかなかった。だからといって大切にされる訳では無く、きっちりと線引きされ、いらぬ望みを持たない様にといわれ最低限の物を与えられ育った。
そうして、12才位になる頃には自分に用意されている立場が否が応でも分かって来た。
つまり私には、兄のおこぼれに預かってこの貧相な領地で飼い殺しにされるか、官吏になるか、騎士になるかと言った道しか無いのだと言う事に。
けれど私には強い魔力や特出した特技があるわけではない。ただ兄に対する鬱屈とした積年の恨みだけが呪いの様に積み重なっていた。
当たり前の様に与えられる愛情や物は兄にとっては当たり前なのだ。何をしなくても与えられる空気の様な物だ。それに対し不満こそいうものの、感謝だとか、自分が何かをしようなどと言う考えはないのだ。
生まれた順番のせいで、私はこんなボンクラに使われなければならない。
だから、あるとき思ったのだ。そうだ、手に入らない物ならば、手に入る様に考えれば良いのだと。
ふと考えついたそれは、とても良い考えだと思えた。答えはたった一つ。兄が居なくなれば良いのだから。
そしてある大雨の日に、兄の乗る馬車めがけて急斜面から大岩を落としてやった。必ず息の根を止める様にと地形が変わる程の大惨事だった。遺体を回収できたのはそれから数か月後となった。
長い年月に魔力を使い、少しずつ地盤を緩めていったのだ。いつか兄を殺してその地位を奪ってやろう。
そう思えば、今から私がこの領地の為に尽くす力も無駄ではない事になる。
何度も下見をして三年かけて用意した場面だ。私が19になった年の事だった。
もちろん、そんな態度はおくびにも出さず、両親や兄にも従い、家の者にも知られぬように動いたのだ。
同じ屋根の下で殺意が湧くほど自分を憎んでいる者が居るとは思ってもいない。平和ボケしたお目出たい兄は、何故自分が殺されたのかすら分からずに死んでいったのだろう。
兄が亡くなり嘆き悲しむ両親を見て、心が晴れて行った。ざまあみろと思った。お前達が大切にしていた者は居なくなったのだ。どんなに悲しんでも戻って来たりしない。その空虚さをしっかり味わえば良いと思った。
そして、兄が亡くなり暫くすると、今までの事が嘘だった様に両親は私に構いはじめた。虫唾が走る。
人間というものは、つまりはそういう生き物なのだ。
その時はまだ爵位を継承していたわけではないので、私は分別のある優しい息子という演技を続けた。
爵位を継承さえしてしまえば、領地の一角にある別宅にでも両親を押し込んで、二度と出て来られないようにしてやろうと思ったが、まだ早い。楽しみというものは後に取って置いた方がやる気も出る。
また別に裏では魔力を持ちながらも運の無さや行いの悪さで人生を捨てざるをえなかった様な輩を集め、子飼いにしていった。
中でもガインと呼ばれる男とは長い付き合いになった。他にも貴族の庶子でたまたま魔術に関する才能を持っていたがその生まれのせいで上手く世の中を渡っていけない立場の者もいた。
私の婚約者は兄の婚約者だった。何の感慨もなく嫁にした。幼い頃から兄の婚約者として決められていたため、兄が亡くなり私の婚約者となった。その時の暗い顔を見て、辛気臭い女だと思ったくらいだった。
だが、子供は必要だ。次に私がしたい事は決まっていた。政治の中央に出たいのだ。だからその資金を増やした。
娘は王族に嫁がせ、私が中央に入り込む。そう難しい事ではないと思われた。
それに関して、私の使う駒が別の動きをするような賢さを持っては困る。娘の教育はそれなりの人間に育つように心を配った。物欲が強くあまりものを考えない我儘で馬鹿な娘に育った。それも計画通りだ。
私からいずれ爵位を継承する人物は親族から養子を貰うつもりでいる。裏から動かす事の出来る適当な養子を選ぶのだ。人選では何人かの候補はいた。その様に、時間をかけて後々の事を考えて行くのは私にとっては苦にならない。これまでがそうであった様に、考える時間が多い程ミスは少なくなるのだ。
兄を亡き者にして爵位を継いでから、思うような人生を歩んだ。
邪魔な者は潰し、利用できる者は上手く使う。そうして人生で一番いい所に差し掛かった所で、番狂わせが生じた。もう少しという所でだ。
その後は坂道を転げ落ちるがごとく中央から締め出された。だが、まだだ。
まだ全てが閉じられた訳ではない。
今までそうして来た様に、同じように他人を踏み台にしていけばいいのだ。
彼は諦めきれなかったのだ・・・。
正常な考えの持ち主ならば、そんな事を考えても行動は起こさない筈だ。
だが、彼は正常では無かったのだろう。
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