第13話 赤い鳥

 この出来事は、エルメンティアにおいて、第一王子が亡くなったという訃報が入る少し前に遡る。


 ガインから北部地域を偵察してくるように言われ、二度目に出掛けた時の事だった。


 農場に入り込むには、農場で働くしかない。それよりももう悪事に荷担する事は止めたかった。


 私は、どうしても地方にある実家の様子を知りたかった。それが分からなければ、今後自分がどうするのが良いのか考えを纏める事が出来ない。何とかドルキア領の様子を知る事は出来ないのだろうか。


 以前、アルフォンソ様と暗闇に紛れて北部地域に入り込んだ時とは違い、その日も一人で出かけ、活気のある北部地域の中心地ともいえる商業地域を歩いて回っていた。


 明らかに、アルフォンソ様は北部地域に入られて具合を悪くされたような様子だったが、私には何も体調の変化はなかった。


 今日も恐る恐るこの地に足を踏み入れたが、別に身体の不調は無い。ガインに渡された指示書には、行くべき場所が記載してあったが、一日で周れという事ではなく、誰にも不信感を持たれない様行動する事が前提だった。


 まずは商店街を歩いて見て回った。美しい街並みと広大な庭園を思わせるような公園。水の神殿とも呼ばれるようになった神秘的な北部神殿。何一つ欠けのないバランスのとれた美しい街であると思えた。ここが以前は下流周辺民の密集地域だったと誰が思うだろうか。


 しかも、この地から、その住んで居た底辺の者達を追い出さずにこの街を作り変えたのだ。そんな神の様な方を相手に俗物で欲の塊の様なロッソ伯爵が何か出来るとは考えられない。


 北部地域は清涼な魔力に満たされていて、負の感情が流されやすいのかもしれない。ふとそう思ったのは私も弱いとはいえ治癒魔法を使うので、そのような波動に感化されやすいタイプだからなのだろう。


 ここは不思議な場所だ。私の様な心の汚れた者でも癒してくれるのだろうか?


 ぼんやりと公園の噴水の縁に腰かけて周りをみていた。すると、眼鏡をかけた女の子が近くの店の中から赤い鳥のような生き物を追いかけて走り出て来た。


「こらまてーっ!」


 ぽてりとした形の可愛らしい鳥のような生き物は口に何か銜えてぴょいぴょいと地面を撥ねながらこちらに向かってやって来ると、丁度ここに居た私の脚の陰に隠れた。


 そして、口に銜えていた肉の切れ端の様な物をぱっくんと飲み込んだ。


「アカイノ、隠れても見えてるよ!」


 女の子は店のお仕着せを着ていて、走って来て近くに立ち止まると、腰に手を当てて私の脚元に目をやっている。


 隠れ切れていない。


 なんだか自分が怒られているような気分になって来て、意味もなく頭に手をやってしまう。


「あ、ごめんなさい、貴方じゃないですよ、その子がイタズラするから・・・」


「わっ」


 赤い鳥は脚の陰から飛び出て、私の頭の上に飛び乗った。重くないのが不思議だった。羽の様に軽い。


「ぎゅぎゅーっ」


「アカイノったら、悪い子。こっちにおいで」

 

 鳥を捕まえようと彼女は手を伸ばすのだが、鳥は身を躱して避けているらしくその手が空を切っている。ついに彼女が噴水の縁に身軽に飛び乗り、鳥に手をかけようとした時、縁に散っていた水で脚を滑らせた。


「「あっ」」


 ザパーン!水音と飛沫が派手に散った。


 思わず立ち上がり彼女を支えようとして、そのまま二人で水の中に落ちてしまった。


「・・・」


「・・・」


「ぎゅええ」


 鳥は慌ててグルグル周りを飛び回っている。


 彼女は噴水の中で驚いた様に立っていたが、運動神経のない私は、頭から水に突っ込んでいた。


「ごっ、ごめんなさいっ、大丈夫ですか?」


「あっ、えっと、いや・・・」


「とりあえず、服乾かさなきゃ!ちょっとこっちに来てください」


 慌てて水の中から立つ様に引っ張られ、噴水から出ると、そのまま腕を引っ張られて彼女が出てきた店の裏戸口に連れて行かれた。小柄な子だなと思った。鳥は鳴きながらついて来ているようだ。


「すいません、お店の中入って貰えます?」


 戸口から中に入れられ、ガラス張りの温室の様な場所に連れていかれた。温室の中には見たことも無い大きな葉の植物などで溢れていて、珍しかった。丁度良い陰を作り出している。


「このまま少し待っていて下さいね」


「あ、はい。あの、私がどんくさかっただけなので、気にしないで下さい。拭くものを貸していただければ・・・」


 そこまでいうより早く彼女は部屋から出て行った。そして直ぐに男性を一人連れて入ってきた。


「お待ちください、お嬢様、濡れていらっしゃるではありませんか」


「えっ、だってアカイノがまたイタズラをしたせいで噴水に落ちちゃったんだよね。あの人巻き込んじゃってびしょ濡れなの。フィルグレットに乾かしてもらおうと思って・・・」


 そう言って私の方を二人は見た。


「さっきお嬢様がアカイノを追いかけて出て行かれたのを見た時、直ぐに追いかければ良かったです。丁度女性のお客様に、ジャスティールに間違えられてしまい行く手を塞がれ、申し訳ございませんでした」


「いいの、いいの。今日はジャスティールがお休みの日だから、しょうがないよ。お店に出て欲しいって言ったのは私だし」


「いいえ、私がいけなかったのです。申し訳ございません」


「それより、その人、びしょ濡れだから早く乾かしてあげて、温風で乾かすのフィルグレット得意でしょ。お願い」


「はい、お任せ下さい」


 お嬢様と呼ばれる彼女が連れて来た男性は、それは美しい青年だった。私よりも少し年上そうに見える。貴族ではないのだろうか?だが貴族然とした容姿をしている。


「申し訳ございません。お待たせ致しました。少し失礼いたしますね」


 その青年は、手も翳さずに温かい魔力で私を包むと、シュワンと一瞬で服を乾かしてくれたのだ。その後直ぐに、彼女の服も同じように乾かして見せた。これはとても高度な魔法の使い方だ。


「わー、一瞬だった。ありがとうフィルグレット。助かったよ。火を出すとか、水を出すとかじゃなくてこういう微妙な調整って、ちょっと難しいもん」


 私には、彼女と男性の関係性がいまいち分からず混乱していた。明らかに庶民の出で立ちをした彼女を、貴族にしか見えない男性がお嬢様と言っている。それも店ので中だ。


 もしかすると、裕福な商家の娘と、貴族の三男坊という感じだろうか?それにしては…今の話を聞いていると・・・。


「お嬢様、こちらのお客様にお茶でもお店の方でお出ししてはいかがでしょうか?丁度他のお客様も途切れた所でございます」


「うん、そうする。あの、こっちへどうぞ」


 袖を引かれて店の方に出て行くと、カウンターと椅子があり、そこに招かれる。先程の男性がトレイの上にお茶と焼き菓子を持って来て、勧められた。

 

「あの、こんなにして頂いては、逆にご迷惑になりますので」


「大丈夫、ぜんぜん迷惑じゃないから。さっきはアカイノが物産館で焼いてるお肉を銜えて逃げちゃったの」


「物産館ですか?」


「となりに物産館があってね、試食のお肉を焼いてたらアカイノが、ほら、赤い鳥が銜えて逃げちゃったの」


「物産館とここは同じお店なのですか?」


「こっちは雑貨屋さんで、カフェと一緒になっているんだけど、経営者が同じなの。ゆっくりお茶を飲んで帰って下さい。それと、さっきはほんとごめんなさい、迷惑かけちゃって。他に何かお詫び出来る事はないですか?」


「いえ、こちらこそ。私はあまり運動神経が良く無くて、こんな事になるとは思いませんでした」


 結局、お茶と焼き菓子がおいしくて、ついつい色々な話をしてしまった。田舎から出てきたばかりで、まだ居場所が落ち着いていないのだと適当に話をしてそろそろ暇をしようかと思った頃。


「う・・・?」


 何故かクラクラすると思った。


「どうされました?」


 男性に聞かれ答えようとして、そのまま目の前が暗くなる。


「ああ・・・そ・・・」


 身体が椅子から倒れて行くのが分かったけど、どうにもできなかった。








 


 

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