第6話 のんびりした一日
今日は仕事がお休みの日で、本当だったらザクと一緒に遠方にある小さな神殿に行く約束をしていたんだけど・・・。
ザクに仕事が入り行けなくなってしまった。
『聖女の瞳』が神殿から盗まれた話はザクから直接聞いている。魔法師団も動かされていたし、私にも関係する事なので、身の周りに少しでもおかしいと思う事があれば言う様に言われている。
大神官様が、以前に「気になる領地リスト」を作られていて。神殿で気になっている貧しい領地のリストをザクに渡されていた。それは、国を通した話ではなくて、ザクと大神官様の間では世間話での事になっている。
その中の殆どが辺境と呼ばれる場所で、それならば二人で視察がてら、地方を見に行って見ようと話をしていたのだ。浄化の仕事であれば、私の出来る事が多いだろうし、少しでも手助けになれば私も遣り甲斐がある。
行くはずだった神殿のある場所は、とても貧しい領地だと聞いていて、神殿からの救済の手もなかなか行き届かない現状だと大神官様が言われていた。馬車を使って行けば大層な日にちがかかるけど、目的地の位置がはっきりと分かっていれば、行った事のない場所でもザクならば前もってその近くに魔法陣を用意出来るとの事だった。彼にとっては私を連れて行く位、どれ程の事もないので心配しないようにと言われた。
ザクと二人で出かけられるのは、なんにせよ私にとっては嬉しい事だった。
前からそういう機会のある時には、前日から素朴なクッキー等の日持ちする焼き菓子を焼いておいて、小分けにして持って行く事にしている。子供達に分けてあげやすいし、神殿に預けておけば神官様が丁度良い時に分けてくれるから置いて帰れよいのだ。だから昨日焼き菓子を沢山焼いておいた。
料理長は朝早くから張り切って二人の昼食用にとバスケットを三つも用意してくれていた。
けれど、城から連絡が入り、ザクは急遽朝から仕事に行かなければならなくなった。そして、離れで私の作った朝食を一緒に食べている時に申し訳なさそうにザクにそう言われた。
「フィー、今日の約束が守れなかった。せっかくの休みなのにすまない。お前が行きたい場所に行って良いと言ってやりたい所なのだが、心配事があるので行く場所は制限させて貰いたいのだ」
彼の薄紫の瞳に白銀の睫毛が伏せられる。そうしているだけでもとても綺麗だ。しばし見つめて私は言った。
「うん。そんなに心配しなくても勝手に危ない場所に行ったりしないから大丈夫」
私は聞き分け良く元気に頷いた。だって、残念そうにしたら仕事のザクに悪いもんね。
「・・・そうか、だが十字島や北部地域ならフィルグレットを連れて行くのであれば構わない。それ以外は何かあったら心配なので例え人通りの多い街中でであろうと、今日は私の居ない場所に居て欲しくないのだ」
「うん。分かった大丈夫」
そう言ってザクの座っている一人掛けの椅子の傍に行き、そっとザクの手を取って握った。
「フィー・・・」
「ね、ザクが心配しなくていいように、私、気を付けるよ。だからそんなに不安そうな顔をしないで。別に出かけなくても、ここで本を読んだり、お菓子を作っていても楽しいんだし」
「私は、フィーを鳥籠に閉じ込めていたい訳ではないのだ・・・」
「うん、分かってる。今日どうするかは考えてから、決まったら行先はフロスティーに伝えるね」
私が竜人国に飛ばされてから、ザクの心配性に輪をかけてしまった気がする。ものすごく悪い事をしてしまった気持ちだ。彼の涙は胸にこたえた。思い出してずーんと来る。なんて悪い事をしてしまったのだろうか。もうあんな悲しそうな顔をさせたくない。ザクが悲しいと私も悲しくなる。
それから、せっかくの美味しそうな昼食は、料理長にザクの分を分けて城に持って行く用意をして貰う様に頼んだ。
「これ、ザクもお城で食べてね。一緒の昼食だから、私も頂く時にはザクと同じ物食べてるなって嬉しいから」
「ああ、そうしよう。良い子にしているのだぞ」
「嫌だなあ、大丈夫。私、小さい子じゃないから、ちゃんとしてる」
頬を膨らませてそう言うと、やっとザクが笑ってくれてほっとした。ひとしきりザクは私の髪を撫でて、頭のてっぺんに口づけしてから出掛けて行った。
「ねえ、シルク、私の頭臭くないよね」
ちょっと恥ずかしくなり、思わずシルクに言ったら、
「お嬢様、毎日綺麗にしておりますからとても清潔です。こんな美しい御髪などそうそうありません。香油は旦那様のご指示で『ドゥリーケルド』でお嬢様のイメージで作らせている爽やかな優しい香りでございます」
シルクは困った子を見る様な表情をしている。でも目はとても優しい。
「そっか、ごめんね変なこと言って、そうだよね」
『ドゥリ-ケルド』っていう香(かおり)に関する商品を扱うお店は、豊かな生活をしている庶民の中で一番人気のお店だって聞いた事がある。香油がいい香りだと思っていたけど、私の為に作らせていたなんて知らなかった。びっくりした。
結局、この日はフィルグレットに馬車で北部地域に連れて行って貰った。フィルグレットも料理長からお昼を持たされていた。
「料理長ありがとうございます」
「しっかり食ってきな。たっぷり詰めてあるからな」
「はい」
彼はにっこりと笑ってそう言った。
ヴァルモントル公爵家に居る皆はこんな感じでとても仲良くて素敵な関係だ。普通の貴族や王族の中では違う事は分かっているけど、私にとってはとても馴染みやすくて嬉しい事だった。
そうそう、馬車にある物入れには魔法が付与されていて、中の物が揺れて壊れたりしない様になっているらしい。見た目よりも何倍もの容量が入るし、生ものが痛まないように状態維持の魔法がかかっている。だから猫とかが間違って入ると、弾き出される様になっているそうだ。
せっかくなので、作った焼き菓子は農場で休憩時間の茶菓子に皆に出して貰う為に持って行く事にした。神殿に持って行く分は、次にザクと行く時にまた作ればいいし。
北部地域の農業地帯の事務所の横にある大きな転移陣のある大木は、アカイノ達がよく止まり木にしている。
お昼は樹の上で、枝に腰かけてアカイノと一緒に食べた。枝と言っても大木の枝なので広くて安定感がある。サンドイッチや揚げ物、お肉料理等、庶民であれば口に出来ないような贅沢品がたっぷり入っていた。果物や手作りスイーツも沢山詰められていて、ザクの分を分けた筈なのに大きいバスケットが二個もあり、アカイノは大喜びだった、プリンとかは魔力で容器を嘴の上辺りに浮かせて、上手に流し込んでいる。
「めっちゃ豪快、アハハ」
「ぎゅぎゅえー」←アカイノも笑っている
十字島での酒盛りしていたアカイノの仲間達を思い出す。お酒もこんな風にして上手に飲んでいた。アカイノの仕草って何をやっても可愛くてたまんない。
フィルグレットは、この樹の根もとで草の上に敷物を敷き、農場に来ていたドワーフのおじさん達と一緒にお昼ご飯を食べた様だ。
「いえ、お酒は職務中ですので、飲めません」
というフィルグレットの声が風に乗って聞こえて来た。その後おじさん達の爆笑も聞こえた。
ドワーフのおじさん達にとってお酒は水の様な物みたいだ。
農場では、今作っている農作物の出来具合を見回り、酪農関係も見て回り、お茶農園も見て回った。農場の荷馬車を一台借りてフィルグレットが手綱を持ちその横に乗ってガタゴト走るのだ。のんびりとした景色は豊かで、少し前の荒れた土地をもう思い出せない程変わっている。荷馬車の縁にアカイノも一緒に取り付いていて、ガタガタ揺れる振動を楽しんでいる。
「ぐえぐえっ、ぎゅぴー」
めっちゃ喜んでいた。
高い場所からは遠くまで景色が一望出来てとても美しい。そんな木の上からアカイノと一緒に夕日が沈むのを見るのも素敵だ。
「アカイノきれいねー」
「ぎゅえー」
「夢みたいな景色だー」
「ぎゅえぎゅえ」
青から薄墨色、橙色から黄色そして茜いろへと美しい色と光と雲の層が刻々と変化して何と美しい事だろう。
「よおし、そろそろ帰ろっか、じゃあねアカイノ」
ぎゅーっと抱きしめて放す。アカイノがもっと上にある転移陣へとパタパタ飛んでいったのを見届けて、私も下へと降りて行く。私の動きと共に、丁度階段の様に枝を下げてくれるのだ。下にはフィルグレットが待って居てくれた。
「フィルグレットお待たせ」
「綺麗な夕焼けでしたね」
「本当に綺麗だった。田園風景と運河の流れも良く見えて、全部が茜色がかって見えたよ」
「良かったですね」
「うん」
こんな一日も穏やかで良いなと思った。さあ、早くお家に帰ろう。
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