第14話 唯一が望めば・・・

 エルメンティア王国の王都、エルメンティアは中心に王城を据える厖大な城塞都市だ。それは王城を中心として人々の住む街へと放射状に裾を広げる。


 王城に近い程、貴族の位の高い者が屋敷を構え、間に結界と市壁を挟む。次に貴族御用達の店が連なる貴族街がある、此処は貴族かその家人、又は王城で働く庶民の官吏か使用人以外は入れぬ様になっている。


 貴族街を抜けると中間区域と呼ばれる庶民の富裕層の住む区域が貴族街の周囲を取り巻くような造りで、其処を抜けるとエルメンティアの庶民の街があった。


 まずは商業区と呼ばれる場所で、こちらは宿屋や食堂、多種多様な店がある。娼館もある。生活の為にそれを生業にする者達も居るのだ。その娼館一つにとってもお忍びで貴族が通う様な高級娼館から場末の居酒屋と娼館が一緒になっている安宿までと様々だ。


 そしてエルメンティアは海の近くでもあり、庶民が生活を営む商業区域と居住区の間に大きな運河が挟まり流れていた。


 宿屋や様々な店が立ち並ぶ商業区域の賑やかな地域を抜けると大きな運河に出て、橋を渡ると庶民の居住区があるのだ。


 北部地域は商業区域の入り口付近の税金を支払っている店がある辺りまでは整備されているが、それより少し奥に入ると荒れ放題だった。



 ローブ姿のザクと、同じ様にローブを身に纏った私は、人通りの無い古びた通りをゆっくりと歩いていた。


 王都の路地は美しい石畳が敷かれていて、馬車も走りやすい。だが幽霊街と呼ばれる場所に入ると、路地は狭くなり地面はデコボコとした土や石が露出し、雑草も生えている。同じ王都の中だとは思えない程の落差だ。

 

 今日はザクと二人で北部地域の幽霊街と呼ばれる辺りに来ていた。なるほど、確かに幽霊街と呼ばれるだけの事はある。


 二日前ほどには、王城の役人と騎士団が視察を行ったそうだ。木造の古い街並みは彼方此方が崩れかけていて、とても人が住める様な状態ではない。その視察の報告書を読んだ人達はどう感じるだろうか。


 空気も黴臭く澱んでいて、それ以外に汚物の様な異臭もする。悪いモノが溜まっている。それに引き寄せられる様によくないものが集まるのだ。


 ふと下から覗くとローブの隙間からザクの表情が伺える。直ぐに私の視線に気付いて彼はその表情を緩ませた。


「フィー、本当に此処で良いか?」


 少し気づかわし気な表情になる。


「うん、ここがいいよ」


 私はその瞳を見上げてそう言った。


「そうか・・・全ては、フィーの望むようにしよう」


「ありがとう、ザク」



 今の時間帯は午後三時過ぎだった。これが賑やかな通りのある区域であればお茶の時間だという事もあって人通りも多いのだけど、流石に幽霊街だと言われる様に、誰も居ない。


 でも、人の気配も少し感じる。此方を伺っている様だった。ここはまるで取り残された場所の様だと思った。


 同じ王都の中で、これほどまでに異質な場所があったのだ。それも、まだ運河の手前の市街地なのに。運河を越えれば商業区ではなく一般庶民の居住区となる。そして運河にかかる橋を渡ると、北部地域はもっと荒廃の一途を辿った。


 私は、自分が東の国の復興に繋がる事をするのなら、先ずはエルメンティアの庶民の街にその始まりの場所を構えたいとずっと考えていた。流通はアダラード商会という頼りになる味方もいる。


 そして、エルメンティアの人達の生活の中に自然に他国の物や、今までは貴族しか口にすることが出来なかった様な物を浸透させていけるようにしたいのだ。


 もうひとつは、十字島で暮らす古の生き物と言われる者達の、本土での居場所を作りたいと思った。彼らが元々住んでいた場所はこちらなのだ。実際に人の中に紛れ込みひっそりと生きている『人に非ざる者達』が居るのなら、彼らが安心して住める場所があれば落ち着いた生活が出来る。


 身分や生まれた場所や種族で分けられた垣根を越えた場所、それらが混在して存在しても自然に暮らせる場所が作れないだろうかと思った。夢は何もしなければ夢のままだから。



 私はとても欲張りなそんな相談をザクに沢山したけれど、ザクは私の話を静かに最後まで聞いてくれた。そしてある提案をしてくれたのだ。


 

「王都には下流周辺民と呼ばれる者達が無許可で暮らす密集地域があるのだが・・・過激な思想を持つ貴族院の一部と有力市民の一部からも、その者達を一掃して欲しいと国に要求が上がっているそうだ」


「一掃って、どういう事?」


「文字通り一掃だな。北部地域を結界で閉じて、しらみつぶしに全ての者を確認し、戸籍を持たない者は王都外の魔物の森にでも追放しろと言うものだ」


「・・・そんな無責任な」


「又は、その者達は税金を払わずに無許可で何代にも渡って北部地域に勝手に居住していたのだから、強制労働地で死ぬまで働かせろという者もいるそうだ」


「それじゃまるで奴隷と変わらない・・・。でもエルメンティアには奴隷禁止法があるよね」


「そうだな。時に人は信じられない程残酷だ。『排除すべきモノだと、害にしかならない』のだと、誰かが少し誘導するだけで、まるで全ての不満のはけ口にするかのように一斉に攻撃する。それが正しいか正しくないかは関係ないのだ」


「うん、人間(ひと)ってそういう生き物だって知ってる・・・」


「そんな場所だが・・・ここで、相談だ。私とフィーとでこの地を育ててみないか?このままでは、北部地域の者達は放置されているだけでなく強制的に排除される事になるだろう。王の代官共は雁首揃えて税金を使ってまで北部地域を整備する事は出来ないと言っているそうだ」


 彼の言葉を聞いて、私は胸が苦しくなった。


 そんな面倒事をわざわざザクが買って出ても良いと言うのは、私の我儘を叶えるつもりだからだ。いつも、そうやって彼は私の中を温かい物でいっぱいに満たしていく。


「うん、うん・・・」


 出会った頃と変わらずに、私は子供の様に彼の腰の辺りにしがみつく。未知の事を始めようとする怖さよりも、彼と一緒に出来る事がまた一つ増えた事が嬉しい。こうやって寄り添える事が嬉しかった。


「フィーは、かわいいな」


 頭を撫でられながら、そう言われた。


 ふいにそんな事言われたら、もう瞬間沸騰してしまった顔を彼の身体に押し付けて隠すしか出来なかった。


 笑い声が聞こえて頭を撫でられる。


 遠い過去(むかし)。気が遠くなる程の過去に、幸福の欠片も知らない私に、それを与えてくれた。彼は私の心を温かさで満たしてくれた。『愛しい』という言葉を教えてくれた。


 彼に会いたい。ただ、会いたいというあの時の、私の最後の願いは、時空を越えて叶えられた。あの過去の自分と共振して胸が痛くなる程の愛しさが溢れた。


 




      ※      ※      ※

   




 

  北部地域をヴァルモントル公爵が管理されるという話が発表されてひと月も経たない内に、人知れず北部地域全体の主要な場所に結界柱が埋め込まれた。これは人の出入りの規制に使うのではなく澱んだこの地を浄化する為だ。ただの結界石ではない、『聖女の瞳』を使っている。


 その作業自体は大した事ではなく、だから彼の片手間に彼の采配で行われた。これから北部地域の開発にかかる費用等は全てヴァルモントル公爵が賄うという話はエルメンティアの王都中を駆け巡った。


 だからと言って彼の持つ膨大な資産が揺らぐ訳でもなく、国庫を軽く凌ぐ天文学的な物だという事は、誰も伺い知らない話だ。


 ヴァルモントル公爵が再びエルメンティア王国自体の運営に干渉するのは本意ではない。だが他国との交易が始まってから是非にとせがまれ仕方なく請け負った様な物だった。


 只人であれば既に属絋を迎えて当たり前の年月を経て、再び表舞台へと現れた英雄は、時代を越えてもそのままの姿形だと噂された。


 問題となっている今までの北部地域の未払いの税金の事すら、彼が今から北部地域の復興に使う資金に比べれば微々たる物だろうと言われた。そして、これからその地を彼がどのように導いていくのか皆黙って見ている。


 




 この所、庶民の中でよく噂されるのは、北部地域の居住区域に突然出来たという農場の話だった。


 王都の中でも忌避されるというその場所に、いつの間にか森の中に建っていそうな木で出来た素朴な小屋が出現したそうだ。小屋には蔦が絡みついていて、まるで元から其処に存在していたような佇まいだった。不思議な事に、見たことも無いような巨木がその家の横には生えている。そんな木はなかったはずだった。


 そして、小屋を拠点とする様に、畑や農場が次々と広がって行った。


 その農場には見たことも無いような小振りな豚がたいそう走り回っていた。


 荒廃を極めていた荒れ地に、いつの間にか整備され、緑が青々した広大な農場が広がり、農園や果樹園が出来て行く様は、魔法を持たない庶民にとっては勿論だが、そうでない者にとっても信じられないものを見る様だったろう。


 これにはエルフやドワーフの他にも様々な『人に非ざる者達』の手が借りられたが、それを知る者は居ない。


 


 農場の屋根の上では、赤い色に塗られた金属の風見鶏がカラカラと音をさせて回っている。


 時折、その赤い風見鶏によく似た大人の膝丈位まであるような赤い鳥が数羽、巨木や小屋の周りでぽてぽてと飛び回り遊んでいる。


 その小屋の入り口には見た事も無いような美しい花々が鉢に植えられ、咲き乱れている。玄関先にはランプが掛けられていて、昼間でも明が灯されていた。


 周りの荒れた建物は少しの間にいつの間にかどんどん消えていき、花壇になり、水路が引かれ、いままで、街のゴミ溜めなんて呼ばれていた場所が美しい農場地帯に変わるのにそれ程の時間を要さなかった。


 そして、居住区が整って行くと、次は幽霊街の建物が整備されはじめた。古くて崩れる恐れのあるものは無くなって行く。誰も気付かない内に街並みがどんどん造りかえられて行くのだ。



 それに伴い、王城の役人と神殿の神官が使わされた。ヴァルモントル公爵からの指示で、戸籍を持たない者達の登録業務が行われる事になったのだ。登録を済ませれば、様々な恩恵が受けられた。


 北部地域には、新しく神殿分室の建物が建てられ、そこで戸籍がを登録する業務が行われた。


 まず、戸籍を作ると、清潔な集団住宅の部屋が振り分けられた。そこには三年間無償で住む事が出来る。


 その後、登録者には仕事が欲しい者には農場の仕事があると案内された。仕事をすればその日から日当が貰えると伝え聞くと、多くの登録者が神殿に押し寄せた。戸籍の二重登録は出来ない仕組みがある。


 但し、犯罪者は確認された時点で控えている役人に引き渡された。






      ※      ※      ※

 

 

 




「どう?俺の考えた建物なんかの配置。中々でしょ」


 私の目の前には、金髪に緑の瞳の男性が二人居る。しかも、鏡に映したようにそっくりな容姿だ。


「ジャスティール、お嬢様にそんな口の聞き方は止めなさい」


 いつも穏やかで優しいフィルグレットが厳しい声で注意している。


「フィルグレット、大丈夫、言葉遣いはここでは仕事仲間って感じでやって貰わないと不自然だし」


 と私が言うと、


「ほら、お嬢様だってそう言ってるだろ」


 ジャスティールと呼ばれた方はドヤ顔をフィルグレットに突き出すようにする。


「ですが、弟はちゃんと言っておかないと、色々な事にだらしないのでとても心配です」


「フィルグレットは石頭だから硬いんだよねー。双子なのに、どうしてこんなだか」


「お前に言われたくない」


 フィルグレットとそっくりな容姿の男性は、フィルグレットの双子の弟で、ジャスティールという名だ。


 着ている物を同じにして、黙って立たせて置いたら見分けがつかない。但し、黙っていた場合の話で、口を開いたら、その軽い口調と調子の良さで、直ぐにジャスティールだと分かる。


「農場の配置や、街の感じも文句なしに良いよ。お願いしたよりもずっと素敵な出来上がりでびっくり。さすがフィルグレットの弟だよね」


「えっそこは、『さすがジャスティール』って言って貰いたかったな」


「調子に乗るな」


「アハハ」


 フィルグレットが軽く振り回した手を笑いながらジャスティールは避ける。


「水路や建物はドワーフ達が造ってくれたからバッチリだろ。俺だって仕事には手を抜かないから安心しなよ」


「私はお前が一番心配なんだよ。お嬢様、やっぱりコイツを雑貨屋の手伝いに回すのは止めましょう」


「うーん、まあ、駄目そうだったら別の人にお願いするっていう方向で言いんじゃないかな。他にも手伝いはお願いしているし、心配だったら時々フィルグレットも一緒に手伝ってね」


「お嬢様がいらっしゃる時にはもちろんご一緒しますよ」


 フィルグレットはニッコリと笑ってそう言ってくれた。


 幽霊街と呼ばれていた辺りは、道は広げられ石畳が敷かれ、様変わりしている。そこにちょっとした雑貨屋を造ったのだ。


 


 


 



 

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