第12話 十字島での休日
ここは十字島。マンドラゴラ農園の管理人をしているマンドレイクの所に、セルバドさんに連れられて私はやって来た。シュバリー伯爵領の魔法師団での仕事が終わり、数日の休暇をこの十字島で過ごしている。
こちらにはザクと休みを合わせて一緒に来る事が出来た。魔法師団の仕事が終わり紫苑城に帰ってから、ザクに「ただいま」という時はいつも子供の様に飛びついてしまうので、今回は、もっと淑女らしくしようと思っていたのにやはり飛びついてしまった。もっと、こう、成長した感を出したいのに、やっぱり無理だった。
今日、ザクは十字島の紫苑城でしなければならない事があるそうなので、私とは別行動をしている。ここに来る前に色々と相談事があったので、魔法師団の仕事が終わり、二人の時間が取れる時に色々話をした。
十字島でザクに、済ませておかなくてはいけない仕事が出来たのはそのせいかも知れない。ごめんね、せっかくのお休みの日なのに・・・。
「ナンデスカ?なんなんですかっ?えっ、頭を持たないで下さいましヨ!ああっお嬢様、お嬢様っ、お助け下さいましっ!」
むんずとセルバドさんに頭の葉っぱを掴まれて持ち上げられたマンドレイクは手足をバタバタしていた。
一緒に居た私は、彼がマンドレイクに何をしようとしているのか分からないので、マンドレイクには悪いけど口を出さずに状況を黙って見ていた。あまりに必死に私に助けを求めて来るので、つい目をそらしてしまう。
マンドレイクって、なんかこう弄りたくなる可愛さがあるよね。
だけど、仕方ないのだ。ある一件についてセルバドさんに頼み事をしていたら、その一件の事で分かった事があると言われて、アカイノに乗って彼に会いに行くとマンドレイクの所に連れて来られたのだ。それは多分マンドレイクが関係しているのだろう。
私はアカイノに運んで貰い、セルバドさんは黒竜なので竜体になって飛んで来た。彼は強い魔力を持っている竜人で、人の姿にも、黒く美しい巨大な竜の姿にもなれるのだ。もう何度もその竜体も見ているので大分慣れたけど、初めて見た時はその大きさや煌めく見事な黒鱗に言葉も無く見つめるだけだった。
火喰い竜は竜体になると赤い鳥のぽってりとした可愛さとは全く違う、見事な赤鱗の雄々しく美しい巨大な姿になる。黒竜はそれよりもっと巨大で、その姿にはどこか荒々しさと畏怖にも似た美しさを感じた。
彼が人から竜になる時、又は竜から人になる時にはどういう魔法なのか分からないけど、着ている服は自動で収納で自動で装着になっていた。摩訶不思議だ。そりゃ竜になる度に服がダメになったり、人に戻った時にすっぽんぽんだと困るもんね。
それに、セルバドさんはこの世界の者では無いのだそうだ。『異界渡り』をしたのだと聞いた事がある。
「んーと、嬢ちゃんが調べて欲しいって言うから、調べたんだが。そうしたら、お前の世話したナツメヤシだけがどうしてなのか、その実を食べた人間の魔力が暫く増幅されるみたいなんだよなー。何かしたんだろう?何かした憶えはないか?」
持ち上げたマンドレイクにずずずいっとセルバドさんは顔を近づけてガン見中だ。
「ああっお止め下さいっ!セルバド様、大切な葉っぱが痛むじゃないですか!いけませんっ、いけませんよっ!」
「だーかーらーっ。何をした?何か皆と違う事したんじゃないのかー?」
「別になにもしておりませんっ!しておりませんったら、しておりませんっ!マンドラゴラ農園と同じように、栄養をたっぷりあげただけですっ!」
「栄養???」
「栄養ですっ、別に変わったことはしておりませんよーっ!」
私が、この間の魔法師団の仕事の時、デーツを持って行ったのだけど、食べた五人(私も含めて)はそれを食べた後に魔力が増幅したのだ。
その魔力が増幅するという話を確かめる為に、翌日、もう一度五人でデーツを食べてシュバリー伯爵領地のあの更地になった場所で、魔法の試し打ちをしたのだが、やはり魔力が大きくなっていると結論付けたのだ。
食べれば、使う魔力が大きくなる食べ物なんて、魔力ありきのエルメンティアでは夢の様な話だ。今まで聞いた事も無い。
更地はまだ結界を張ったままにしてあったので、誰にも見られる心配は無かった。
デーツの事については、他の四人は皆、黙ってくれている。ヴァルモントル公爵が私の婚約者だという話は皆知っていて、その領地である十字島で造られた物である為、とりあえず私が彼に相談して調べる事を優先させてくれたのだ。
本来ならば大騒ぎになる一件だ。けれどヴァルモントル公爵=魔法師団の総師団長なのだから、とりあえずはそうした方が良いだろうとヴィルトさんが言ってくれた。
もし自分達が内容を漏らす心配があるというならば、魔法契約しても構わないとまで言わせてしまったので、また後日連絡させて下さいとお願いした。だって、私にも何が何だか分からないのだ。
それで、どうしてそのデーツでそうなったのか、いったい何故そうなったのかをセルバドさんに調べて貰っていたのだ。セルバドさんに頼んだのは、ザクが彼に頼む様に薦めてくれたからで、口添えもしてくれた。
因みに、人で非ざる者達がこのデーツを食べても関係ない様子だったそうだ。もともと魔力を持つ人間が食べるとその様な事が起るらしい。
魔力を持たない人が食べるとどうなるのか、そこはまだ分からない。でも、もし魔力を一定時間でも使えるという事にでもなれば、大騒ぎになるだろう。それに、食べて魔力の増幅した者に副作用が出ないとも限らない。その辺りも心配だった。
私がその遠征に持って行ったデーツは十字島から新しく届いた分のお試しデーツだったので、すぐにどの畑で育てられたデーツなのかが判明したようだ。それはマンドレイクが担当している畑のデーツだったのだ。
マンドレイクは頭の葉っぱを掴まれたせいでパニックを起こし、とにかく逃げようと暴れまくっていた。でも、セルバドさんにとっては虫がブンブンしている程度の、何てことない様子だった。
そのうちに、だんだんセルバドさんの周りにアカイノの仲間が集まって来た。皆興味深々の様子だ。
「ああ、お前達はいいから、何処かで遊んでいてくれ。今から尋問?しなきゃならないからな」
それを聞いた赤い鳥姿の竜達は、いそいそと、どこかから古い木の椅子と、ロープをひきずって持って来た。なんだか楽しそうだ。
「「「「「ぎゅぴーっ、ぎゅぎゅぴーっ」」」」」
「何?ふむ、使えって?気が利いてるなあ」
クスリと笑ったセルバドさんはとりあえずノリノリでマンドレイクを椅子に括った。
「おやめください、乱暴はいけませんっ、いけませんよっ」
「うーん、猫じゃらし草が欲しいなあ」
するアカイノが赤い猫じゃらし草を1本位取って来た。この島にある猫じゃらし草は、普通のねこじゃらしによく似ているけど、大きさは育ちによって2倍から5倍位ある、赤いモフモフだ。
この島の『人で非ざる者達』は、その赤いモフモフを尻尾に見立ててお尻にくっ付けたり、千切って小さくして耳みたいに頭に付けたりして遊ぶみたいなので、私も付けて遊んだことがある。
大きな猫じゃらし草を選んで、尻尾の様にスカートの後ろのベルト芯の所にぶら下げ、頭には垂れた兎耳の様に茎で作った輪っかに上手く刺し込んで被ったのだ。
調子に乗ってそれをザクに見せたら、無表情で「うん・・・そうか、動物のようだな」と言ってくれたけど、何か耳が赤くなっていた様な気がする。あまりにも変だったので、もしかしたら笑いをこらえていたのかも知れない・・・反省。
『猫じゃらし』ってエルメンティアではエノコロン草っていう稲科の雑草だ。そこはやっぱり前世とよく似ている。このなんとも微妙に似たネーミングがいつもツボだったりする。
猫じゃらし草を嘴に加えて、セルバドさんに渡すアカイノの姿がまた可愛い。
「おーありがとな、では、早速!」
セルバドさんがこしょこしょとマンドレイクの頭の葉に猫じゃらし草を這わせると、
何時の間にか、赤い鳥達がそれぞれが咥えた猫じゃらし草で、一斉にマンドレイクをくすぐりはじめた。あまりに楽しそうなので、私もやりたくなった。
「くきゃー、けけけけえっ、けえっ、けぇっ」
すると、マンドレイクはピルプルしながら変な声を出し始めた。
「何だ、笑ってんのか???変な笑い声・・・」
セルバドさんが首を傾げておかしな様子のマンドレイクを覗き込んだ。
でも、その声は火喰い竜達には不快な声だったらしく、赤い鳥達は一斉に飛び立った。
突然、私の服を嘴で咥えたアカイノも、私をぶら下げたまま、そこから離れた木に止まってセルバドさんとマンドレイクを注意深く見ている。皆、ギュイギュイ口々に何か叫んでいる。どうやら文句を言っている様子だ。
そう言えば、伝説では、マンドラゴラが引き抜かれる時にあげる悲鳴を聞いた者は死んでしまうと言うけど、でもあれって嘘ですとか何かに書いてあったと思うんだけど、やっぱり本当なのかも知れないと私は思った。
あの変なマンドレイクの声は、私には何ともなかった。でも指の赤い指輪の石が何故か点滅したのだ。
「ピカピカしてるし・・・」
この指輪って毒に反応するんじゃなかったっけ?なんて呑気に考えていた。アカイノの魔力のおかげか、首の襟を咥えられて、ぶらーんと木の上でぶら下げられていても、浮いているような感じで苦しくはなかった。高い所は嫌いではない。
それから直ぐに、青い魔法陣が突然、私の直ぐ近くの地面に浮かび上がり、慌てた様子のザクが出現したのだ。
「フィー!どうした、何かあったのか?」
いきなり現れたザクは、木の上に居る私を見上げて手を広げる。するとその手の中に丁度納まる様にアカイノは上手に私をぽとりと落とした。私をそのまま受け取ったザクは、心配そうな表情をして私を抱き締めた。私の身体に彼の魔力が通り抜けたのが分かる。ザクの服に顔が押し付けられ、もごもごしてしまう。
「あのね、マンドレイクが多分・・・悲鳴を上げたんだと思う」
彼の顔を見上げてそう言うと、ザクは優しく私を見つめた後、今初めて気づいた様に少し離れた場所のセルバドさんとマンドレイクを見た。
「そなた達、何をしている?」
「何ってー・・・尋問かな?ってか、お前さんの目に俺とマンドレイクが全然っ入って無かったのが酷い」
セルバドは少し考えておかしそうにそう言った。
「閣下!セルバド様が酷いんです。わたしをコショコショされるのです!」
今度はマンドレイクがとても悲しそうに訴える。
「だって、こいつが作ったデーツがおかしいからさ、話を聞いてたんだよ」
「マンドレイクの悲鳴は禁ずる。フィーは、か弱い人間なのだ、身体には良くない。火喰い竜も嫌っている」
「ええっ、閣下、そんな御無体なっ!」
マンドレイクは椅子に括られたまま、手足をバタつかせ抗議した。
「別に舌を引き抜くわけではない。魔法で縛りを作っておくだけだ。お前には不都合は無い。今回はフィーに守護の魔道具等を身に着けさせているので大事は無かったがな」
「そうか良かったなマンドレイク、もしも嬢ちゃんに何かあったら八つ裂きの刑だったな。それはそうと、お前がさっき言ってた“栄養”って何だよ?」
「えっ?」
セルバドさんにそう聞かれたマンドレイクは、急にモジモジし始める。
「早く答えろ、答えなきゃコショコショするぞ」
「いやです、コショコショはいやですっ。えっと、あの、それは、火喰い竜の・・・フン!、です」
「「フン・・・」」
セルバドさんも、ザクも目を丸くして黙ってしまった。
「・・・お前なあ、そりゃ、駄目に決まってるだろ・・・」
火喰い竜のフンには、魔力が多く含まれる。マンドラゴラを育てるのにはとても良い肥料だ。マンドラゴラは錬金術や魔道具を作る時の良い材料になるが、あくまでも材料のマンドラゴラの品質が上がる事が分かっているので肥料として使っている。それを人の食べる物に使うとなると未知の分野だ。
「もうマンドレイクは、マンドラゴラだけ育てていれば良い。ナツメヤシ農園には出禁だ」
「えええええーっ、いやです、いやですう~」
ザクにそう言われて、マンドレイクはさめざめと泣き始めた。
「閣下~、ナツメヤシの肥料には火喰い竜のフンはもう使いませんから、お願いですから出禁は取り消して下さい。私も皆と一緒に作業をしたいのです」
マンドレイクは賑やかな場所が好きらしい。
「・・・仕方ない、ならばお前が悪さをしないように、火喰い竜達に監視して貰おう。悪さをすれば猫じゃらし草の刑だからな」
「はい、もう致しません。閣下ありがとうございます!」
現金としか言いようがない程の変わり様で、急に元気になったマンドレイクは、縄を解かれると、嬉しそうに踊りながら畑に戻って行った。確かに、マンドレイクには悪気なんてものはないのだ。
「セルバドさん、ナツメヤシの事、原因を探して下さってありがとうございました。理由が分かってホッとしました」
「いんや、別に大したことしてないから大丈夫だ。だけど、それって、人にとったらすごい発見かもな」
「そうですよね。私もそう思います。ね、ザクもそう思う?」
「ああ、考え物だな。この事はよく考えて答えを出した方が良かろう」
「うん。それに、またザクには心配させちゃったね。ごめんね」
「何を言う。フィーの事を心配するのは当たり前の事だ・・・」
私の前髪を優しく後ろに梳いてくれながらそう言った。
「何だよお前ら、見てられんわ。いやだよなあっ番持ちに当てられるのは、ほんっと!俺、もう帰ろう。アカイノ、家で茶でもしようぜ」
「ぎゅるる―」
でもアカイノは私の横に来てプルプル頭を振ってから、ぺいっ、と脇の辺りから黒バナナを取り出し、セルバドさんの足元に置いた。
「アカイノがお茶の時にどうぞって・・・」
「ああもうっ、分かったよっ」
私がそう言うと、セルバドさんは頭を掻きむしった後、黒バナナを懐に入れると、すこし離れて黒竜に変化して飛び立った。風が巻き起こったけどザクが当たらない様にしてくれていた。黒バナナはとても美味しくアカイノの秘密の場所にあるらしい。
「何だ、おかしな奴だな。そうだ、まだフィーを連れて行った事がない島の美しい場所があるのだが、行ってみるか?」
「うん、行って見たい!」
「お前も来て良いぞ、北の尖りの中ほどにある滝だ」
ザクはアカイノにそう言った。
アカイノは身体を前後して、「ぎゅいぎゅい」返事すると、少し離れてポーンと飛び上がり、くるっと回って火喰い竜となって先に飛び立った。場所は直ぐに理解したらしい。
「おいで」
そう言われて、ザクに寄り添って目を閉じると、浮遊感の後、水しぶきの散る虹のかかった滝の見える場所に立っていた。
遥かにけぶる高い場所から順々に三つの段差となって落ちる水と、そのしぶきが作る虹が夢のようで、煌めく光の粒が降り注いて落ちて来る・・・。
その絶景が良く見える岩の上にザクと二人で立っていた。
「うわあっ、すごいっ!」
嬉しそうに滑空するアカイノも、太陽の光を浴びて輝いていた。
それから随分と長い事、ザクと二人でそこに佇んでいたと思う。
※ ※ ※
「あのね、今日はザクにすっごく綺麗な滝に連れて行って貰ったの」
十字島の紫苑城に戻ってから、着替えを済ませ、部屋でお茶の用意をしてくれているシルクに、滝に行った事を話した。
「それは『輝きの滝』ですね。あそこには昔から言い伝えがあります。『好きあっている者同士で一緒にそこに立って虹のかかる滝を見れば、その二人は必ず一緒になり、ずっと仲睦まじく居られる』、と。そう言われる程に、なかなか虹が見られる事が無いそうです」
「えと、あの・・・うん。そうなんだ。えへへ」
挙動不審の私をゆるい視線でシルクが見つめていた。
「よろしゅうございましたね。お嬢様」
「・・・うん」
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