第25話 コモーナ侯爵領の幽霊屋敷5

 コモーナ侯爵の話によると、領主館の周りにある共同墓地は3ケ所程で、まず共同墓地と言ってもだれかれ構わず勝手に死人を埋めるわけではない。コモーナ侯爵領はその点管理がきちんとしていて管理人が居る。

 亡くなった年代ごとに区画が決められていて、何処の誰なのか記録が取ってあるのだ。


 こう言う場所での不浄と言うものを嫌うので、必ず埋葬時は神官に祈りをしてもらうのである。


 領主館の有る主要部なので特に管理はきちんとされているし、もし身元不明の人間の埋葬と言う事であれば、必ず記録が残る。そして嘘の申告をして、適当な村の名前で偽名埋葬されていれば確認する方法があるのだ。神官が必ず付けている死亡や生誕の記録から照らし合わせて見れば良いのだ。


 各、領地に神殿の分室は必ずある。大きい領地だと何ヶ所にもなる。

 神官は神の使い子として、神に誓う魔法契約をしており。神官として嘘偽りの行為を行うと、神の炎で焼かれるのだ。まあ、それは比喩だろうが、つまり、嘘はつけない。


 今回の場合、その年月日がほぼ分かっているので、そこに絞って調べれば良いので、早い段階でその中の一つの共同墓地の名前が上がった。


 その年のその月の3つの共同墓地に葬られた者は其々数名いたが、その内のその一つの墓地の一人だけ、身元不明者の埋葬がされていたのだ。


 泥棒で、領主館の私兵に撲殺されたと言う記録になっており、前領主からの証明も出されていた。うむ、怪しい。


 一応、その共同墓地へは、昨日のメンバーで記録と共同墓地の確認ををする為に赴いた。


 コモーナ侯爵領は、こういった領地の公共の施設の整備にはかなり力を入れていた様で、整然と並んだ手のひらサイズの石の墓標プレートが地面に埋め込まれ、亡くなった日と名前が彫り込まれていた。


 エルメンティアでは、基本、庶民は火葬だ。疫病を嫌うので土葬はしない。

 火葬後、骨は焼き物の箱に入れ、土中に埋葬される。


 そう言った経費は村や、町、領と言った具合に、細かく出所は決められている。

 この遺体は領主預かりの物件で、領主から経費は払われていた。


 埋葬の仕方は庶民と貴族では違う。貴族は魔法処理を施し、柩に入れられて代々の墓所に埋葬されるが、庶民は火葬だ。ただエルメンティアで画一化されるまでは土葬だったので、たまにその様な昔墓地だった場所に何らかの支障が出て、その浄化依頼が城に舞い込む事もある。


 さて、この身元不明者の墓は、不明者として神官に不浄を祓われ埋葬されているので、フィアラがその場所に立っても特別何かを感じる事は無かった。それは、ヘレナも一緒だ。


 共同墓地の身元不明者の遺骨は埋葬してある容器ごと取り出して、夏の別荘(ヴィラ)迄運ぶ事になった。其方の手続きにコモーナ侯爵とその護衛の二人に行って貰った。


 残った魔法師団の5人は、先に屋敷に帰りもう一度ヴィラハ村に行く用意をし、先に馬車で逗留先の屋敷で待っておく事になった。


「あ、ちょっと待って…」


 5人で共同墓地の出入り口に向かい歩いていると、フィアラは地面に何か光る物を発見した。


 芝生の間に鈍い銀色の小さな輪っかが落ちている。右手の人差し指と親指で摘んで太陽に向けて見てみる。銀が腐食して汚れているが指輪だ。こんなに鈍い色になって居るのに、良くあんなに光を反射したものだ。


 ふしぎに思って浄化をかけると真新しい指輪の様に綺麗になり、庶民の間でやり取りされる銀の結婚指輪だと分かった。貴族で有れば、金かプラチナだが庶民は価格の安い銀で指輪をつくるのだ。


「結婚指輪だねえ、どうしてこんな所に…」

 ヴィルトさんが不思議そうに首を傾げる。結婚指輪は貴族も庶民も、神官の前で結婚の誓いをし、お互いの指に嵌め、特別な事が無い限り火葬される時も付けたままだ。外す事はない。


 内側に贈られる人の名前が彫り込まれている。『愛するジュリアーナへ贈る。ゼオより』


「「「「「ゼオ!?」」」」」

 皆んながハモる。


「う―ん、これは…、彼女に贈るはずの指輪だったんだろうね…、侯爵令嬢の名前は確か、ジュリアーナ・アマンサス・コモーナ…、これを、彼は彼女に渡したかったのか?」


 少しの沈黙の後、皆、一度墓地を振り返り、おもむろに出口に向かった。


 その日は、ヴィラハ村の隣町の別邸で夜を過ごし、翌朝早くに、馬を飛ばして前と同じ八人で夏の別荘(ヴィラ)に急いだ。


 まだ朝靄の残る中、屋敷にに着くと馬を繋ぎ、周りに何かないか皆で見て回ったが、何もこれと言ってない様子だった。


 皆屋敷の前に戻り、お互いの首尾にについて話しをしていた所、ヘミングスさんが、湖を指差した。


 一艘の小舟が屋敷前の桟橋から出て行く。おかしいなあ、確か確認した時は桟橋はぼろぼろで…使えるような状態ではなかったのに、真新しいような桟橋になっている。


 桟橋を出て行く小舟には、赤金髪の女性が乗っていた、とても思い詰めた瞳をして…


 コモーナ侯爵は信じられないと言った表情で、目の前で起こっている出来事を眺めている。おそらく、彼の子供の頃の記憶の中の姉が目の前に居るのだろう。


 朝靄の合間から見えるボートは湖の中程まで進むと、船の上で立ち上がった彼女はボートから湖にそこから飛び込んだ。


『ああっ……』

 誰の声なのか、自分の声なのか、皆思わずその時、どうにかして止められないのかと思っただろう。


 それは、間違いなく二十二年前の過去の映像だ。止める事など出来ようも無かった…ああ、彼女はこの湖の底で彼を待っているのだろうか…



 ふと、私はポケットに入れたまま持ってきた指輪を手に握った。これを彼女に、渡してあげなくてはならない。


 小舟の消えた方向に大きく振りかぶり、自分の魔力(ちから)を指輪に纏わせ、彼女に届く様にと願い放った。


 指輪は放物線を描き、煌めきを放ちながら遠い場所に…確かに、届けられたのだろう。


 まるでそこから霞を一気に払う様に、湖面を覆う朝靄は消え失せ、朝日が輝いていた。そして、先程迄そこにあった桟橋は、やはり朽ちた残骸しか残っていなかった。


 その過去の映像を一緒に見た者達は、いきなりの出来事に、狐につままれた様な顔をしていたが、何かが終わった事だけは感じた様だった。


 その日、念のため湖の浄化をヘレナと行い、逗留先の屋敷に戻ると、ジュリアーナ嬢の侍女をしていた女性の実家から領主館に一冊の日記帳が届いていたらしく、此方の屋敷に届けられた。


 侍女を辞めて実家に帰り、心を病んで自殺をして亡くなったと言う話を聞いた、現在のコモーナ侯爵が、その後見舞金を多く送ったそうだ。そのお礼の手紙と一緒に、彼女の実家に帰ってから亡くなるまでつけていた日記帳を送ってくれたらしい。


 ただ、その日記帳の鍵は失われていて、読むのならば鍵を壊すか、専門の職人に開けて貰わないといけない様だ。


 そんな話しをしている時に何かがチャリーンと音を立てて私のポケットから落ちてきた。


「……」


 うーむ、これは何だかな、すっかり存在を忘れてた金の鍵だ。

 指でつまんでしげしげ見ているとジュディが声をかけてきた。


「何だソレ、鍵?」


「ん、ああ、そうなんだけど、魔道具なんだよねこれ」


「なんだ、フィサリスにでも渡されたの?」


「いや、彼じゃ無いんだけどね…」

 ここで使えってことなのかな?出番を待ってたの?


「じゃあ、アレ開けられるかやってみてよ」

 唐突に、さっきの日記帳にジュディが視線を送る。


「ウーン、どうかな良くわからないんだけど、じゃあ、あててみるだけでも…」


「ああ、ちょっと待って、一応浄化かけておこう」


 コモーナ侯爵から渡された日記帳に浄化をかけて、ヘレナが渡してくれた。


 金の鍵をゆっくりと日記帳の鍵穴に近づけると、当たり前の様に鍵穴にピタリと入り、右に回すとカチャリと鍵のあく音がした。


「おお〜!すごいなその魔道具」


「多分、これは使う人を選ぶので、他の人は使えない仕様です」


「えっ、そうなのか、ちょっと見せて」


 ヘミングスさんが私の方に手を出した途端に、鍵が消えた。


「えっ、そんな仕様?」


「みたいですね、私もこれについては良くわからないので…」


「そうなのか、魔道具は興味あるが、これじゃあ見ることも出来ないな」


 意外に残念そうなヘミングスさんである。


「日記帳の中身の確認は、コモーナ侯爵にお願い致します。とりあえず浄化自体は済んだと思われますので、後は侯爵のお姉様の亡くなられた経緯ですが、日記帳に何か書かれているかも知れませんね」


 ヴィルトさんが、ちゃんと纏めてくれた。此方は撤収の用意だ。

 その日のうちに、ヴィラハ村の湖から一体の遺体があがった連絡が入った。


 白骨化した遺体は村人の魚採りの網にかかり、赤金髪の頭髪と指にはなぜか腐食していない輝く銀の指輪があったそうだ。






 その後残された侍女の日記から分かった事だが、侍女はいつもコモーナ侯爵令嬢と庭師のゼオとの逢い引きに協力し、屋敷からの逃亡にも付いて行く予定であった様だ。


 後日、夏の別荘( ヴィラ)で三人が落ち合う約束をして居たが、早い段階でゼオは行動を監視していた領主の私兵に捕らえられ、侍女は屋敷から出る事も出来なかったようだ。しかも令嬢は居場所をつきとめられ連れ戻される過程で、逗留先にある湖に身投げしたのだ。


 未来を悲観した令嬢がこっそり朝方小舟で湖に出て身を投げた。もしかすると、令嬢はゼオが殺された事を知ったのかも知れないが、今となっては知りようがない。


 令嬢の遺体は、当時公爵家で雇われた者が長期間湖を探索したが、いくら探しても見つからず打ち切られた。


 侍女はゼオが殺された事は知らなかった様だが、うすうす感づいて居たのかもしれない。後悔と恐怖で心を病んだ。


 前コモーナ侯爵は、この事が娘のジュリアーナ嬢の婚約している伯爵家に知られれば、大変な違約金を払わねばならなくなる事を恐れ、箝口令を敷き、タチの悪い流行り病で亡くなった事にした。これが、今回の事の起こりの概要だった様だ。


 その後、コモーナ侯爵は夏の別荘(ヴィラ)を解体した。

 そして共同墓地に二人の墓を作り並べて埋葬したそうだ。


 あの湖での浄化以降、怪異現象が起こった報告はないと言う。


 もし、生まれ変わる事が出来るならば、今度は二人で幸せになって欲しいと、そう願った。






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