第16話 人を呪わば穴二つ

 馬で、1時間位走って着いたのが、2領の水源となっているレナン湖だ、2000年以上前にこの地に住んでいた部族長の娘を人柱(ひとばしら)にして造った人工の湖だという話が残っていて、その娘の名がレナンだった事から付いた湖の名だ。


 その話が真実であるとして、当時この広い湖を人の手で作ったとすれば、大変な作業だったろう。この手の話は各地に残る話だが、正直、その当時の関わった人や人柱になった者の気持ちを考えてしまい、辛くなる。


 ただ、そう言った話しを聞いた後でも、確かに湖は、聖気を纏い静かに沈黙していた。


「水位がかなり低いな、オウレル、水の配分はどうなっている?」

 湖を一目みてヘレナはそう言った。


「埒があかないので、国に仲介者を立ててもらうように申請した事をメレド領に書面で伝えた所、途端に大人しくなりました。」

 仲介者を国に派遣して貰うと、かなりの仲介料金を取られることになるが、背に腹は変えられない。


「サムスンの牛を盗んで殺した者の手掛かりは?」


「夜に隣領から複数の者が、山の境界を抜けてラノ村に入った様で、境界の『印』が踏み荒らされていました」


「神官に見聞記録は取らせているのだな?」

「はい、間違いなく」

 各、領地に神殿の分室は必ずある。神官は神の使い子として、神に誓う契約をしており。神官として嘘偽りの行為を行うと、神の炎で焼かれるのだ。つまり、嘘はつけない。



「国の仲介者はいつ此方へ?」

「1週間以内には来てくださるとの事でした」


「成る程、ではそれまでに、メレドが仕掛けて来るかも知れん。馬鹿は何をするか分からないからな」

「…そうでございますね、困った事ですが…」


「ラノ村の溜池、水門からそこまでの警備を強くしろ」

「はっ」


 私は、ふと、視線を浮かせて一方向を凝視した。


「ヘレナ、ラノ村の溜池って、牛が投げ込まれていたって場所だよね」

「ああ、そうだが」


「それって、あっちの方向?」

 私が、西の方向を指差すと、ヘレナと他の者達が不思議そうに私を見る。


「そうだが、何故分かる?」

「……瘴気が上がっている」


「「「「「「「 !!! 」」」」」」」」

 私の瞳には、黒々とした禍々しい瘴気が、蜷局(とぐろ)を巻いて立ち上って行くのが見える。


 ヘレナを先頭にラノ村の溜池へと馬を走らせる、溜池へと近づくと、同じ浄化師のヘレナも尋常でない瘴気に気付き、大声で馬を止めた。

「止まれ!!」


「お前たちは、村の者に連絡しろ、水を摂らせるな!」

「ジュディー、アクオス達を任せるぞ!」

「任された!行って来い!」


 ジュディー達は馬の方向を村に変え、駆け下って行く。

 私は、ヘレナと溜池に向かい絶句した。

「これは、古い呪いの類いだねかなり強いよ、ヘレナ、私の側から離れてはいけない」

 私の言葉にヘレナは無言でうなづく。


 黒い瘴気が渦巻き、水の流れと共に村に流れて行く。

 奴らが投げ込んだ牛の死骸は目くらましだ。牛に気を取らせて別に呪いを仕込み、疫病の噂を立て、時を待ち、キュビック男爵領ごと潰すつもりだったのだろう。


「はい、もう有罪ね」

 思わず呟き、口の端を釣り上げる。恐らく、今の私は凶悪な人相だろう。


 私が乗馬服のベストのポケットから取り出したのは、セレッソがくれた浄化の魔道具だ。実に都合の良い物を貰ったものだ。


 広範囲で村まで降(くだ)った、タチの悪い呪いを解くのに、私と共鳴するコレは有難い。


 魔道具は緑柱魔宝石で出来た浄化のペンダント。それを黒く濁った溜池に放り込む。すると、小さな音と共に底に沈んで行ったかと思うと、私の魔力を受け取り、湖の水面はざわざわと小さく波打ちはじめた。


 私の強力な浄化魔法とそれは共鳴し響き力が拡大して行く。そして、ついには白緑に光る光の柱が溜池から、天に向かい、ドオン!!! と言う音とともに立ち上がり、輝く光と共に領内に広がり、消えた。


 使った私でさえ、驚く程の威力を持つ魔道具だ。


 「これは、凄いな……」

  ヘレナが一言呟いた。


 その後、池から這い出た黒い物が、臭気と共にメレド領に向かい地を這いずりながら動いて行くのが見えた。

 人を呪わば穴二つって言うし。呪いをかけた呪術師、依頼した者にはお返しが行くのは当たり前の事だ。

 可哀想とは一ミリも思わない。因果応報。


 溜池の凪いだ水面は、何事もなかったかのように澄み渡っていた。

「じゃ、領内の人達の様子見てこようか」

「そうだな、ジュディーと3人で周ろうか。体調悪い者がいたら治して行こう」


 念のため、溜池に放り込んだペンダントはそのままの方が良いだろう。こういう場所が穢れに合うと、また何かを引き寄せる場合がある。セレッソに感謝、貴方は誠にスバラシイ天才です!



 その日、メレド男爵家に地面を這いずりながら舞い戻った黒い穢れは、メレド男爵と、金で雇われた呪術師に襲いかかった。メレドの領主の館に断末魔の様な恐ろしい叫び声があがる。

『ギィ亞“あ”亞“あ”l亞“a aa”a“a!!!!!!』『グギィ亞ヤ啞”aあ“a a”啞嗚呼“a a”aa!!!』


 生きたまま身体が溶け崩れる苦しみが如何程の苦しみなのか解りたくも無いが、三日三晩苦しみぬいて、メレド男爵と、呪術師は亡くなったそうである。




   ※  ※  ※





 その後、メレド男爵領主館は穢れに合った為、浄化師数名により浄化されたが、後継が居ない事で、国から仮領主の役人が送られ、急場を凌ぐ事になった。その後の事はまた誰か別の領主が選定されるのだろう。


 メレド前男爵殺害については、男爵の遺体から毒物が検出され、その毒の出所から殺害に関わった者が全て捕られられた。キュビック領民殺害未遂などに関わった者も全て処分されたという事だ。


 それにしても、噂話だが、“ティーザーの緑の瞳の聖女様”が、光の柱を出してキュビック領を救ったどうのと言うおかしな話が巷で流れているのは解せない。




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