第15話 キュビック男爵領
ダイロクに、魔法陣を使い送ってもらった中継地点から、キュビック男爵領まで馬で半日かかる。
宿屋で借りた馬に荷物を取り付けると、飛び乗る様にジュディーアンは馬に乗り爆走し始めた。
「ジュディー!そんなに飛ばさなくても大丈夫だぞ、夕方迄には十分領に着く!」
ヘレナが大声で叫ぶ。その時には、既にジュディーは砂煙を上げて遥か先を走っていた。
ジュディー本人はヒャッホウ、ヒャッホウ言いながら、楽しげだ。オラオラどけどけ〜踏み潰すぞお“ら”あ“ー!!
小さい獣を見つけてテンションアゲアゲである。
「「………」」まあ、通常運転だ。
ジュディーアン・ダントローは、ふわふわのピンクブロンドにヘーゼルの瞳の、一見甘やかな容姿を持って居る。その為、初対面の人物には恥ずかしがり屋で、可愛らしいお嬢さんと勘違いされる。私も最初はそうだった。とんだ勘違いだ。勘違いも甚だしい。
得意な魔宝は治癒系の魔法で、大人しくそれだけやっていれば、見た目だけなら天使だろう。
だが、模擬戦や、騎乗の立ち回りなどになると豹変する。
魔術を使わない剣技においては、第1〜第4の中に混ざっても全く遜色なく戦う彼女は、その中でも上位の強さを誇る。治癒魔法に特化した基礎魔力の循環に関しても一級品の能力を持つ彼女は、派生として身体能力の強化を容易にして見せた。
ヘレナは野生の猿の様だと言っていた。
第5師団の面々が治癒系や、浄化系の魔力を魔道具を使い別の火や水と言った攻撃魔法に変換し、戦えば強い。ただ、燃費が悪い。一日中治癒系の魔法を使える者が火魔法を使えば、半日で魔力切れを起こす。と言った感じだ。
一度戦になれば、自分の身を守りながら治癒や浄化をかけるのだから、そうは言ってられないので常に稽古は怠らない。
そう言う稽古時のジュディーは、猛獣の様だ。彼女が好んで選ぶのは火系の攻撃魔法を出す魔道具で、特に剣が好きだ。私は最初の頃、ヘレナの家が騎士系の家かと思っていたが、ジュディーの家が騎士の家だった。
彼女はかなりの剣の使い手だ。兄姉は皆、騎士だ。強い魔力持ちは彼女だけだったそうだ。
一度箍(たが)が外れると、言葉も男言葉になる。彼女と仲のよかった直ぐ上の兄の影響らしい。普段とのギャップが痛々しいが、私は好きだ。
※ ※ ※
キュビック領の入り口辺りに、領内の兵士と、ヘレナの弟が迎えに出てくれていた。長閑な田園風景が続いている。
「姉上お帰りなさいませ」
「只今、アクオス」
弟のアクオス君だ。ヘレナによく似ている。ヘレナは直毛の金髪に、深い色合いの青い瞳をしている。顔もキリリとしていて、その佇まいと相まって、ある傾向のお嬢様方に大変人気が高い。
「お嬢様、お帰りなさいませ、御二方、良くいらっしゃいました。一同お待ちしておりました」
「堅苦しい挨拶はよい、先ずは館に帰るぞ」
「はっ」
馬から降りて片膝を付き、降頭する兵士にヘレナは声をかけ、馬を走らせた。
私達も後に続く。
キュビック男爵家の領主ご夫妻、長男、次男からは、心尽くしの歓待を受けた。
食事もこの地方ならではの、地鶏料理、野菜や獣の肉の煮込みなど、素朴で素材自体が味わい深い料理が並んだ。
私もそうだが、ジュディーも良く食べる方だ。それをキュビック領の皆はニコニコして見ている。良く体格に見合わない食べっぷりだと言われるのだ。
長男のジルベール様は色合いこそ兄妹似ているが、線の細い妖精の様に繊細で儚げな造りの方だった。
ああ、これは守りたくなるよね。ジュディーなんかは、チラチラ見ては、恥ずかしそうにしている。そうだね、ちょっと周りには居ないお姫様系男子だよね。
ジュディーは、ガチガチの“物理で押す系”の中で育っているので、儚い系だとか、私みたいに小柄で守りたくなる系には弱いらしい。良く、私を捕まえては撫で回し、『愛(う)い奴め』などと言っている。
「明日は、水門まで3人で朝駆けして来ようと思うんですが、父上、宜しいですか?」
「それなら、オウレルと後何名か連れて行きなさい」
オウレルと言うのは、迎えに来てくれていた兵士の人で、ヘレナの乳兄弟らしい。今はアクオス君の従者をしているそうだ。
「姉上、私もお連れ下さい」
アクオス君はお姉ちゃん子らしく、ヘレナと一緒にいたくて堪らないらしい。
「わかった、じゃあ明日の朝、軽く朝食を取ったら、出発する事にしよう」
※ ※ ※
翌朝、軽く目玉焼き、トーストとフルーツ、コーヒー等を頂き、その後厩(うまや)に行く。好きな馬を選んでくださいと言われ、見ていると、目が合った馬が寄って来る。
「その馬は、とても気性の優しい馬ですよ」
と馬番に言われた。艶やかな芦毛の馬だ。よく手入れされている。うん、この子にしよう。昨日の馬は、別の場所で手入れされている様だ。帰りにあの宿屋に返さなといけない。
「よし、お前だ。お前に決めた!」
横では、ジュディーが声をかけた馬が、何だか嫌そうに横目でジュディーをみている。
だが、ジュディーが、黒砂糖を手のひらに乗せ、口元に持っていくと、躊躇いもなく食べて、まだ欲しげにブーブー言っている。そして、あっさり彼女が手綱を引くと素直について行く。
いいのか、お前、それで……意外にチョロい奴だった。
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