序 ラポール 三
私が落ち着いたところで、シュレルが話題を変えた。
「ところで、この『シュレル』という世界には、魔法が実在する」
彼女の配慮に気がついた私は、出来る限り最初のテンションでそれに応じる。
「それってご都合主義過ぎませんか。物理法則から考えておかしいじゃありませんか」
女神はまた自慢げに鼻から強く息を吐いた。
「むふうん。お前ならそう言うと思って、ちゃんと確認しておいた。この世界の人間達の脳神経はコイル形状に配列されているのだよ。しかも、特定の思考を行うことでその脳神経内に生体電流を流すことが出来る。するとどうなるか――君には分かるかね?」
「ええと、コイル状の物質に電流を流すってことになりますね……えっ? それってまさか『右ねじの法則』じゃないでしょうね!?」
「そのまさかだよ」
シュレルが「当たり前」という表情をしたので、私は呆れた。
「いや、さすがにそれは無茶ですよ」
「どうしてかね」
「だって考えてみてくださいよ。脳内にあるコイルに電流が流れることで、右ねじの法則によって仮に磁力を発生させることが出来たとしてですよ。どう考えても微弱な出力にしかなりませんよね」
「ふむ。それも想定内の質問だな――」
シュレルはまた胸の下で腕を組んだ。お気に入りのポーズらしい。
「――この世界には、失われた超古代文明の遺産である
「はあ、まあ、いろいろと無理のある設定ではありますが、一応は科学的な根拠のある話にはなるかと」
「ふむ、ではそういうことだ」
ここで、女神は「どうだ」と言わんばかりの表情で黙る。
しばしの沈黙の後、私は訊ねた。
「で、その魔法がどうかしたのですか?」
シュレルは大きく息を吐く。
「はああ――お前はとことん鈍い男だな。魔法があるのだから、使えるようにしてやろうかと言っておるのだよ。異世界に何のとりえもない状態で急に放り出されても困るだろう? なんなら『当代随一の魔法遣い』にしてやってもいいんだぞ」
「……」
「どうした? ここも普通は大喜びするところじゃないのか?」
「いえ、美味しい話には必ず裏があるはずですから、それが何なのかを考えていました」
私がそう言うと、女神は苦笑する。
「そんな裏なんかないよ」
「本当かなあ」
「ないよ。それに、魔法ぐらい使えないと魔王討伐とかできないじゃないか」
シュレルがそう言ったので、私は内心、
――あるじゃん、裏が。
と思ったが、表には出さずにこう答えた。
「あ、それならば魔法は簡単なやつだけでお願いします。日常生活で役に立つ程度の」
「どうしてだよ。魔王討伐なんて男の夢だろう?」
女神がとても意外そうな顔をしたので、私は眉を潜めた。
「私にとっては違いますよ。というか、私が喜んで魔王討伐する人間に見えますか?」
「いや……そう言われると全くそうは見えん」
「それなのに変に魔法特性が高かったりしたら、逆に引っ張り出されたりしますよね」
「まあ、そうなるな」
「そういうのは苦手なんですよ。むしろ静かに暮らしたいんですよ、私は」
私が迷惑そうにそう言うと、女神はすっかり当てが外れたという顔をする。
「本当に面白くない奴だなあ――」
そして、また急にほくそ笑むと話を続けた。
「――しかし、初期装備が何もなしというのも困る、というのは事実だろう?」
「それはそうですね――」
私は腕組みをして考える。
そして十五秒後に言った。
「――それでは現金を下さい。現地通貨で家一件分と一年間の生活費相当でいいです」
それを聞いた女神は、意外そうな顔をした。
「なんだ、その思いっきりリアルな要求は。しかも要求金額までリアルだ。もっと欲しくはないのか?」
「急に現れた正体不明の人物が大金持って歩いていたら、普通は命を狙われるじゃありませんか」
「まあ、そう、だな。しかし、それではしょぼすぎる。魔法が日常程度というのは了解したが、護身用に魔法属性が付帯した剣とかいらないのか?」
「いりませんよ。だから、私が魔王討伐とか危険なイベントを好んでコンプリートする人間に見えますか?」
「いや……全く見えん」
女神様は腕組みをしながら、しかめっ面でそう言った。
「しかし、これではいかにもけち臭い。他にもおまけで何か能力をつけようじゃないか」
「おまけ、ですか……でしたら――」
「なんだ? 希望があるのか? 言ってみよ」
女神が前のめりになる。
私はそれを見つめながら、ゆっくりとこう言った。
「――声を思いっきり格好良くしてもらえませんか?」
こうして私――
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