30 守りたいもの
どうして怪獣は現れるのだろう? 幼い頃から怪獣のニュースを見るたびに、メグルはその疑問を答えの帰らない虚空に向かって投げ掛けていた。分かっていたら苦労しないということも察していた。それでも子供ながらに答えを求め、母に一度聞いたことがあった。
「きっと、怪獣にも守りたいものはあるのよ」
母いわく、人間の前に表れるということは相当なリスクを伴うらしい。人間はこの地球で最強の生物だからだ。実際ほとんどの怪獣は人類の生息圏に侵入し、命を落としている。
「子供の命や仲間の命。もしかしたら地球の命? 怪獣にお姫さまが生まれたのかも?」
だから怪獣は人類の前に表れる。大切なものを守るために。それは生物に刻まれた本能なのだと母は言った。
当時の私はそれに納得がいっていなかった。いや、10年以上経っても結局その疑問の答えは今も得られていない。けど今ならちょっとだけわかる気がする。今この瞬間目の前に、私たちを守るため、一人の怪獣が命をかけていたから――
「世界中の皆様! こちらKKCは障壁超怪獣イージス対超人ギンギラ、世紀の戦いを特等席からお送りしております!」
まるでゴーストタウンのような空っぽの街、そこを駆け回る重装の車がたったひとつ。それは怪獣バカの、怪獣バカによる、怪獣バカのための動画チャンネル、KKCの愛すべき相棒KKC7だ。
「イージスの障壁はいまだ破れる気配がありません! ギンギラ、Kフォース、共に手が出せない状況です!」
「だーかーらーさ!」
その時、助手席に座っていたスペシャルゲストが声をあげた。いや、正確に言えばゲストというのは間違いだ。そもそも呼んだ覚えはないし、勝手に上がり込んできてタクシー代わりにここでふんぞり返っているのだから。
「はい! ここでKフォースのやっかいおばさんが何か言いたげです。どうぞ!」
「誰がやっかいおばさんだ!」
カメラが映したのはKフォースのハゲ鷹隊長、黄土勝子の姿だった。
なぜここに勝子がいるのか? 端的に言えば乗って帰るはずの輸送車に乗れなかったからだ。隊長なのに。というのも、確かに救助用の輸送車は人数分用意されていたらしい。誤算があるとすれば事前に聞いていた情報の中に車イスの子供の数が含まれていなかったことだ。結果輸送車はパンパンになり、じゃあこれで帰るわ、と勝子はなにも言わずKKC7の助手席に上がり込むのだった。さすがにこの人でも戦場の真ん中に放っておくと死ぬかもしれない、KKCはしぶしぶ車を発車させたのだ。
「さっきから何度も言っているけど、今最重要なのはイージスを殺すことよ。そのためには唯一損傷を与えられる地中爆弾を使うしかない」
話を戻して現在。ギンギラとKフォースはイージスの障壁を破れず一方的に攻撃を受けている。戦いにおいて守りほど不利なものはない、自らが力尽きるまで攻撃は続くからだ。なんとかギンギラも攻撃を避けているが、いずれ力尽きるのは明白だ。
「そのためにはまず超人を殺して、本来の形に戻――」
「はい! ジェットJさんからのギフティングを頂きました! ジェットJさん、応援ありがとうございます!」
「って聞けや!」
もちろんカツコのコメントなんかより視聴者の投げ銭の方がよっぽど有難いものだった。
「……どのみちあと十分で地中貫通爆弾『ボルグ』が落とされる。今度こそ超人は終わりだ」
超人に対する死刑宣告、その言葉をタイガはハンドルを回しながら笑い飛ばした。
「まあ見てなカツコ! きっと面白いことが起きるぞ!」
「……期待せずに待っときますよ」
その時だ。ちょこまかと動き回るギンギラに業を煮やしたイージスがレーザーメスを横一文字に凪ぎ払った。まるで剣豪が竹林で刀を振るように、飛び出たビルたちが一刀両断されていく。ギンギラは例えるならレーザーの縄跳びを、飛び込むように横へ越えた。だがそこにイージスの追撃だ。今度は下から上へとギンギラを狙い、レーザーメスを振り上げた。だがギンギラの反応も早い。まさに超人的な反射神経でさらに横へと華麗な側転、普通の人間ではこれを避けることはできないだろう。そう、普通の人間ならば。
イージスのレーザーメスの向かう先に、一機の戦闘機がまるで吸い込まれるように飛んでいった。恐らく偶然だろう。わざわざレーザーメスに当たりに行くパイロットはいないし、イージスからしても、ちっぽけな虫けらを狙う理由はないからだ。結果としてアンラッキーな彼の機体は申し訳程度の幸いなことに翼を吹き飛ばされるだけで終わり、まっ逆さまに地面に落ちていく――はずだった。
「見てますか……世界中の皆様……」
メグルは思わず声を漏らした。カケルは眼鏡をかけ直し、タイガも車のブレーキを踏んだ。一番搾りひどいのはカツコで、見たことのない間抜け面をしていた。
恐らく世界中、この動画の視聴者の中には、持ったひどい顔をしている人はごまんといるだろう。それはメグル達が求めていた光景。
あのパイロットは歴史の証人になるだろう。落ちるはずだった戦闘機、それをギンギラがやさしく受け止めていた。
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