28 普通の人間は……

「避難区域が拡大されています!! 該当地域のみなさまは慌てず落ち着いて、直に避難してくださ――!」


 この瞬間、視聴者の誰もが思うだろう。『まずお前らが避難しろ』 メグル達の頭を掠めるようになぎ払われるレーザーメスが、その場の危険さを物語っている。


 事態は混沌を極めていた。突如出現したドゲラがイージスと交戦開始、Kフォースが計画していたルートをから大幅に脱線したのだ。不幸なのは相手がドゲラだということ、配備されていたゼッターの砲撃ではドゲラを倒すのは困難だ。互いに頑強な怪獣。恐らくドゲラが負けるだろうが、それにかかる時間は相当だとカケルは言う。


 その壮絶な戦いをメグル達は愛車、KKC7に乗って撮影していた。出来るだけ安全な距離というが、イージスの流れ弾が直撃しかねない距離。とにかくタイガの運転を信じるしかない。


 そんな中、一本の無線通信がKKCに届いた。いつもの通りカツコからだ。


「なんだカツコ! 今死地だ、切るぞ!」


「待って先輩切らないで! こっちも非常事態!」


 珍しくカツコの声に余裕がない。カツコの背後から聞こえる怒鳴り声が状況の切迫さを嫌でも伝えてくる。


「今、そっちの近くの小児病院で避難が遅れているって連絡が!」


 はあ!? 三人の声が重なり合った。さらに続けて送られてきた情報が三人を絶望に叩き落とす。


「都立こども病院……って予報円のど真ん中じゃない!?」


 怪獣の移動は台風のように予報円でしめされる。今の位置と向かっている方向、そして移動速度だ。そこから予測される位置を中心に、誤差を含めた巨大な円がKフォースによって発表されるのだ。現在出現している怪獣は二体なので、予報円は二つ。さらにお互い交戦しているので、予報円は大きく取られている。そしてその中央付近に問題の小児病院はあった。


「くそっ、なんでもっと早く助けに行かなかったんだよ!」


「電話回線がパンクしてるんですよ今!」


 だから無線でいつでも連絡がつくKKCに助けを求めたのだとカツコは言う。


「全員避難させろとは言いませんから、何人取り残されているか数えてください。うちの隊が迎えに行きます」


 もはやそこに拒否権はなかった。まあ、もともと断る理由なんて全くないのだが。


「仕方ねえ、お前ら行くぞ!」


「……うん!」


 KKC7はタイヤをフル回転させ、大きく道を逸れるのだった。




 そこはもうひどい有り様だった。車の扉を開けて聞こえてきたのは子供達の叫ぶような泣き声。そりゃそうだろう。暴れている怪獣達の姿や咆哮を感じて、その恐怖を子供がコントロールするのは不可能に近い。タイガが無線でカツコに報告した後、メグルが与えられたミッションは最も難しいものだった。


「カケル、俺たちは病気の子供を運び出すぞ! メグル、お前は子供たちを落ち着かせろ!」


「え」


 確かにメグルは子供好きだ。だがどうやってこの状況でどうしろというのだ。だがこの状況は見てられない、メグルはがむしゃらに向かい合う。


「大丈夫、助かるから! 絶対助かるから!」


 そんな言葉、この状況ではなんの意味もなかった。ただの人間の言葉には子供をなだめる力すらないのだ。気がつくと、メグルはこんなことを喋っていた。


「ねぇ聞いて! 私たちにはとっても強いヒーローがいるの! 怪獣なんて吹っ飛ばす最強のヒーローが!」


 戦うな。昨日の自分と矛盾する言葉が、するりするりと喉から出てくる。自分が情けな自分に嫌気が差すが、それでも口は止まらない。


「きっとその人が来てくれる! だから助かるから! 大丈夫だから!」


 エイタ、普通の人間ってなんでこんなに無力なんだろう?


 タイガが動けない子供を抱き抱えて、カケルは車椅子に乗せて外に運び出した。タイガがこれで全員かと聞くと、看護師はすぐさまうなずく。


 直後、たった今誰もいなくなった病院に巨大な何かが降ってきた。まるで空爆が起きたかのように粉々になる病院。土煙が晴れ見えたのはドゲラの杭だった。ドゲラが放った必殺の一撃は、イージスの障壁に跳ね返され自壊、反動で吹っ飛んだ腕が、ここに落ちてきたのだ。


「みんな無事!?」


 子供達の叫びを遥かに凌駕する声が、そこにいる全員を黙らせた。見ると、拡張気を持ったカツコが大量の輸送車を引き連れてそこに立っている。


「早く乗って!」


「遅いぞカツコ!」


 Kフォースの隊員が、素早い手つきで子供達を誘導していくが、その時すさまじい轟音がそこにいた者の鼓膜を震わした。


 ドゲラの甲殻はすさまじく頑強だ、たとえイージスのレーザーメスでもその甲殻を溶断するのは一筋縄ではいかないだろう。だがイージスはこの短時間でドゲラの弱点を見抜いていた。イージスが狙ったのはドゲラの関節。固すぎて逆にもろいそこを、イージスはピンポイントに撃ち抜いた。メグル達が聞いたのはドゲラの腕が落ちる音だ。


 その時、ドゲラがなぜかメグル達の方を見た。イージスは右にそれた方向にいる。メグルは一瞬考えて、すぐに答えにたどり着いた。


『ドゲラの目って複眼ですからあまりよく見えないんです』


 いつかカケルがそんなこと言っていた気がする。それに芋づる式で、メグルは余計なことまで思い出した。


『ドゲラには遠距離技で水を圧縮して吐き出すこともできますよ!』


 両腕をもがれたドゲラができることは一つしかない。


「嘘でしょ……!?」


 今、ドゲラのジェット水線がメグルに向かって発射された。

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