26 決戦前夜

 決戦前夜の6月5日、明日の天気は雨。メグルはてるてる坊主を作っていた。イージス撃退作戦には爆弾が使われる、雨だと作戦がうまくいかないのではと考えたからだ。途中からエイタも参加し、窓際には六つのてるてる坊主がぶら下げられた。


「今どきの爆弾は雨でも普通に爆発するぞ」


 それを見てタイガが笑ってた。


「心配すんな、あいつらはどんな天気でもうまくやるよ。俺が保障する」


「いいの、ぶら下げてたら縁起がいいでしょ? 雨だと電波も通りにくいし」


 メグル達が作ったてるてる坊主は特別製、メガネをかけてたりマッシブだったり、一つ一つがそれぞれを模していたのだ。


「ほら、みんな一緒」


「……そうだな」


 今日のKKCは大忙しだった。何故なら発注していた衛星通信用の機材が今日になってようやく届いたのだ。明日の決戦に間に合わせるために業者にも手伝ってもらって、急ピッチで取り付けたのがさっきの事。今はカケルが下でテスト放送をしている。


「ねぇねぇメグルお姉ちゃん、これ誰なの?」


 てるてる坊主を眺めていたエイタが真ん中にぶら下げられたそれに指をさす。赤いメガネをかけたてるてる坊主、カケルはそれに該当する人間が思い浮かばなかった。カケルのメガネは黒い瓶底メガネだからだ。


「ああそれ? 私たちの母さん。もう死んじゃったんだけどね」


 その言葉にエイタは気まずそうに視線を逸らした。


「え……? そ、その……ごめんなさい」


「もう、なんでエイタが謝るのよ」


 メグルはまるで他人事のようにほほ笑んだ。


「……どんな人だったの?」


「ん~なんで?」


「いや……全然悲しい顔しないから」


「人間そんなもんだよ。二年も経てばどれだけ大切でも勝手に風化していっちゃう」


 エイタは無性に悲しくなった。


「父さ~ん、お母さんどんな人でしたか~?」


「めっちゃ可愛かった」


 相も変わらないその言葉に、メグルはいつもの通り失笑する。


「昔からいっつもこれなの。母さんの事聞いたらまず可愛い、次に可愛い」


「お姉ちゃんから見たら?」


「超が付く変人」


 それを聞いたエイタは冗談だと思った。それはさすがに言いすぎでしょ。そう突っ込もうと口を開くがそこに映ったメグルの真顔から、それが冗談でもなんでもないということを否が応でも察せさせられた。


「へ……変人?」


「そう、超変人。天才生物学者かなんかか知らないけど、とにかく行動力の塊だったな~」


 ただでさえ行動力がすごいメグルにそこまで言わせる人なんて、エイタには想像もつかない。


「……けど、優しかった」


 メグルが最後にポツリと呟いた言葉を聞き、エイタは少しほっとする。


「お母さん……家族……僕にもいたのかな?」


 そしてエイタは切りだした、ずっと胸に秘めていたことを。


「ねぇ……明日、僕変身しなくていいの?」


「しないほうがいいでしょうね」


 その言葉は入り口の方から飛んできた。配信を終えたカケルがいつの間にかそこに立っている。


「明日の作戦、一番重要なのはイージスの誘導です。そこに何らかのイレギュラーが起こったら、もうイージスを倒せる環境は整わないかもしれない」


 カケルは両手を強く握りしめる。


「ここはぐっと我慢です」


「けど……!」


「また攻撃されますよ」


 その言葉に、エイタは何も言い返せない。


「――けど、また誰か死んじゃうかも……!」


 それでもエイタは食い下がる。この三日間さんざん見たテレビで流れるKフォースの遺族の表情、それを見るたびエイタは胸を締め付けられる思いだった。


「エイタみたいな子供が戦う必要ないよ!」


 メグルも黙っていはいられなかった。エイタは子供かは分からない、けど間違いなく子供の心を持っている。メグルは女として、そんな子を送り届けることはできない。


「もう見たくないよ、エイタのあんな姿……」


 目が潤んでいるメグルを見て、タイガがどうしようもないため息を吐いた。


「まあまあ、お前ら落ち着け」


 そこは親の経験量、これぐらいの小喧嘩は慣れたものだ。


「……俺はこう思う。たとえ子供でも、いざという時には人の命を救うために気張らなきゃなんねえって」


「父さん!?」


「けどなエイタ……」


 タイガはいつものように白い歯を見せた。


「強いぞ、Kフォースあいつらは」


「――!」


 その言葉は溜まっていたすべてを吹き飛ばす。恐怖や不安、それらをぶち壊す力がKフォースにはあった。これまでも彼らはそうやって希望を作ってきた。月は隠れ星もない。だがそこに確かな光があった。


 作戦決行まで、あと12時間――


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