15 水素の巨人
「水素ってどういうことカケル君?」
KKCオフィスのきたないカケルのデスクの前にみんながぎゅうぎゅうになって集まっていた。
「その前に聞いておきたいんですけどカツコさん。この記述、間違いないですね?」
カケルが指差したのは超人の噴出物の記述だ。そこにはこう書かれている。
『現場から高濃度の水素を検出。観測の結果超人の手足、胸、頭から噴出している可能性大』
「ええ、たぶん間違いないと思う。超人の腕や手足から出ている炎っぽいのは水素ガスってことね」
「そこでこれを見てください」
カケルがパソコンを操作し、昨日の超人対アモンミムスの映像を映し出した。さらにカケルが動画を進める。
「ここです、ここに注目してください」
カケルが動画を止めたのはアモンミムスが超人に飛びかかった瞬間だった。カケルが注目したのはアモンミムスの爪が食い込んだ超人の腕だ。
「このシーン、よく見ると食い込んだ傷痕から手足と同じようにガスが吹き出ているのがわかります。この事から超人は一定の部位から水素を噴出するのではなく、全身そのものが水素でできている可能性が高いのではないでしょうか?」
「ちょっと待てカケル」
そこまで言ったカケルにタイガが口を挟む。
「水素はすべての元素の中で一番軽い元素だ。全身水素でできているんじゃ今ごろ超人は空の上だぜ?」
タイガがいう通り水素は最も軽い元素、もし仮に超人の体が水素でできているのならば、それはヘリウムを入れた飛行船よりも軽い。地に足を着けるのも叶わないだろう。
「仮説ですが超人の体はただの水素ではない、恐らく金属水素でできているのではないでしょうか?」
「……なにそれ?」
今KKCにいるカケル以外の面々は同じことを思った。全く聞きなれない単語が出てきたからだ。
「えーっとですね。水素という元素は超超高圧に、それこそ星の中心ぐらいまで圧縮すると金属になるんです。それが金属水素」
実際金属水素は実際に存在するものだ。地球上でも科学者が分子単位で生成してるし、もっと豊富にあるのが木星の中心だど言われている。
「超人の体内は何らかの方法で高い圧力が維持されているのでしょう。ですが体の先端などは圧力が足らず水素が気化してるんだと思います。傷痕も同じ、傷ついたぶんだけ圧力が下がり水素が漏れてるんでしょう」
「ていうかよく爆発しなかったね、水素って可燃性でしょ?」
「水素の濃度か高すぎるのか、それとも空中に素早く拡散してるのか、そこはなんとも言えません」
「……じゃあカケル君? あの光線と水素がどう関係してるか教えてくれない?」
「もちろんです!」
そういってカケルは動画をさらに進め、光線が発射されるシーンまで進める。
「先程も言った通り、超人の炎みたいなのは水素です。では、この光線の正体も水素と考えるのが自然でしょう」
「けどさ、水素の燃焼でここまでの威力が出るとは考えにくいんだけど?」
「おっしゃる通りです。となると水素であの威力を出すには一つしかない」
カケルは一呼吸おいてこう言った。
「あの光線の正体は、ほぼ光速まで加速、発射された水素原子です」
今KKCにいるカケル以外の面々は皆同じことを思っている。なにいってんだこいつ? 彼らにはその原理の凄まじさがよくわかっていなかった。
「説明します! 説明しますから!」
だからそんなえたいの知れないものを見る目は止めてくれ! カケルはスケッチブックを取り出した。
「いいですか? 超高速で原子同士がぶつかると合体して別の原子が出来るんです。これはすでに証明されていて、現実でも加速器を使って日々実験が行われています。で、超人の場合も同じ。光速に近い速度で水素を吹き付けることで別の原子に変えてしまう」
「変わった後はどうなるの?」
「原子というものは実はけっこう繊細で、一個陽子が増えただけでその形を保てなくなることが多々あります。つまりあの光線を食らったものは一瞬で原子が崩壊、蒸発する」
その言葉に誰も言葉を発することができなかった。タイガは戦慄し、カツコは何か考え込み、メグルは何言ってるかあんまり分からなかった。
「なるほど理屈は分かった。で、対策は?」
カツコが重い沈黙を破る。あの光線が食らえば即死ということはよく分かった。だがKフォースとして重要なのはその対策のほうだ。
「ほぼ光速で発射されるので射ってから避けるのは不可能です。溜めがあるのでそのときに回避行動をとってください」
「りょーかい、それが聞けただけで気が楽だよ。じゃあ本部に戻るわ!」
カツコが資料をカケルの手から奪い取り、再びビニール袋に放り込む。どうやらまだ働く気らしい、いつもフラフラしているカツコがここまで忙しそうなのは珍しかった。
「じゃあ君たち! あばよ!」
どこぞの刑事みたいな台詞を最後にカツコはKKCを後にした。メグルは小さく手を振りながらそれを見送る。小さな尊敬の念を抱きながら。
「ちょっとだけカッコいいか――」
「あ! 言うの忘れてた!」
「へ!?」
なぜか再び引き戸が開かれる。そこには去ったはずのカツコがいた。
「な、なんですかカツコさん!? もう行ったんじゃ―――!?」
「いっちゃん肝心なこと言うの忘れてた。超人の名前だけど君たち決めていいから」
「……へ?」
今なんて言った? メグルは自分の耳を疑った。メグルには見えないがその後ろで男ども二人も同じようにアホ面になっている。
「だから、超人の名前! 君たち第一発見者でしょ? 決めていいってさ」
「「「マジで!!?」」」
「おう、決めなさい決めなさい。じゃ、今度こそ」
そうして再びカツコは去っていった。凄まじい爆弾の種を残して。もうここには敵しかいない。
「ハイドロティターン!!」
「ギャラクシーマン!!」
勢いよく宣言する二人にメグルも呆れながら言った。
「えぇ…………じゃ、じゃあギンギラで……」
その夜門谷家最大の家族喧嘩が起きたが、それはまた別の話である……
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