09 爆熱怪獣アモンミムス

 5月16日東京。本日の天気、曇りのち晴れ。ときどき火球。


「いやぁぁぁぁぁ!!」


「うるせぇぞメグル! 黙って実況しろ!」


 誰もいない大通りを一台の車、KKC7が走り抜けていく。いつもならタイガが磨いて白く輝いているKKC7だが、今日はなぜか真っ黒に汚れている。


「はぁ……はぁ……現在東京に出現したアモンミムヘブッ――!!」


 メグルがカメラに向かって実況するが、途中まで言いかけたところでカメラが大きくぶれた。公道を猛スピード走るKKC7が、その速度を維持したまま交差点を垂直に曲がったのだ。当然車内の遠心力はすさまじく、メグルは思い切り車窓に頭を打った。


「東京に出現したアモンミムスは――!」


メグルがふたたびカメラを構え直した瞬間だった。空からピュ~っという花火が上がるような音が近づいた直後、先程までメグル達がいた交差点が大爆発を起こした。


 さっきまで交差点だったところに大量の黒煙が立ち上ぼる。その奥から地面を踏み潰す足音が聞こえ、黒煙を咆哮で吹き飛ばしながら燃え盛る恐竜のような怪獣が姿を見せた。


「現在、東京に出現したアモンミムスは私達を狙い一直線に向かってきますぅぅー!」


「あーもううるさいですよ姉さん。はい、カメラこっち向けて。爆熱怪獣アモンミムス、全長60メートル、体重15万トン、といっても横長ですのでそれほど大きくはないですね見ての通り。多分恐竜と共通の遺伝子を持つインバースです」


 メグルがふたたびカメラを背後に向ける。アモンミムスは燃え盛る顔面の間から確かにこちらを睨んでいた。


「見ての通り姿は燃える肉食恐竜といった感じでしょうか。なんで燃えているかというと、体内に可燃性の体液を持っていて、それを交戦時に体表外に出して発火させるんですね。ちなみにどうやって火をつけるかというと足の爪を火打石のように打ち合わせて発火させるんですよ。けっこう賢いんですこの子」


「のんきに言ってる場合!? ていうかなんで燃えてるのよ! 普通死ぬでしょ!?」


「どうも体細胞が極端に熱に強いらしいんですよね。見てください、体表なんて冷えたマグマ見たいでしょう?」


 メグルがカメラをふたたび後ろに向ける。確かに炎の隙間から見える体表は冷え固まりかけた溶岩のように鈍く赤熱していた。が、それよりも気になることがある。なんかさっきより顔が大きい気がしてやまない……


「ねえ……なんかさっきより近づいてない……?」


「そりゃそうでしょ。アモンミムスの最高速度は時速60㎞ですから」


「父さん! もっもスピード上げてぇ!」


「うるせえこれが限界だよ! あぁくそっいろいろ積みすぎだ!」


 その時、運転席に取り付けてある無線機が空気を読まずアラームを鳴らした。タイガが舌打ちをし、荒々しく通話ボタンを叩き押す。


「はいこちらKKC! 現在修羅場だ、また後でかけてくれ!」


「せんぱーい、ほんと勘弁してくださいよー。仮にも一般人なんだから、無茶は控えてくれませんか?」


「カツコか! ちょうどいい助けてくれ!」


「無茶言いますね……とりあえず今飛行部隊が冷凍弾積んでそっち行ってます、もうちょっと――」


「父さん! 後ろ!」


 刹那バックミラーが赤く染まるのにタイガは気がついた。無線を大音量で流していたせいでその特徴的な音に気がつかなかったのだ、ハンドルを勢いよく切るがもう遅い。アモンミムスが吐いた火球はKKC7のすぐ脇に着弾した。


「きゃぁぁぁぁぁ!!」


 爆炎が彼らを襲う。KKC7はその爆風で勢いよく宙に吹き飛び、荒々しく地面を転がった。


「先輩!? メグルちゃん!? カケル君!?」


 逆さまになった車内にノイズだらけのカツコの無線が響く。運転席に膨らんだエアバッグをタイガが片手で押し退けた。


「………………ぐ……みんな、無事か……?」


「…………何とか……」


「…………私も」


 それを聞くやいなやタイガが片足でフロントドアを蹴り飛ばした。


「すぐ脱出するぞ! 立てるか!?」


 タイガが歪んだ車の扉を強引に外していく。その中から逆さまになっていたカケルがぐったりと転がり出てきた。メグルもそれに続こうとするがなかなか出てこない。


「メグル! 早く出ろ!」


「シートベルトが外れない! 壊れてる!」


「何ぃ!?」


 メグルがシートベルトのスイッチを何回も押すがうんともすんともいう気配がない。タイガがポケットからサバイバルナイフを取り出し、シートベルトを切ろうとする。


「父さんまずいですよ!」


 カケルが指を指した。その先からアモンミムスがゆっくりと歩んでくる。


「二人とも先に逃げて!」


「ばか野郎! これ以上家族を失うわけにはいかねえんだ!」


 タイガが慣れた手つきでシートベルトを切り落とし、メグルの体を引っ張り出した。そこでメグルが見たのは口に溢れんばかりの炎を蓄えるアモンミムスだった。


「もうだめ……! 母さん、今そっちに――」


 メグルはすべてをあきらめ、目をつむる。二年前に失った母のことを思い浮かべながら。


「っ――――――…………?」


 痛みはなかった。というか熱さもなかった。まるでなにごともなかったかのように痛みも熱さも感じない。感じるのは大地を踏み砕くかのような重い振動。


 そしてメグルは目を明けた。あちらの世界の第一見を目に納めるために。だがそこで見えたのはあの世でも、しかしこちらの世界とも言いがたかった。あまりにも現実味がない、しかし確かに実体を持って起きている現実。


 メグル達が見たもの、それはアモンミムスを投げ飛ばす巨大な人型の怪獣だった。

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