03 怪獣出現!

『――ただいまこの地域には――避難指示が――発令されています――直ちに指定の避難所へ――避難してください――』


 不協和音のサイレンと防災無線のアナウンスが街に響き渡る。それでも大きな混乱が無いのは日頃からの訓練と、警察、消防、そして対怪獣防衛隊〈Kフォース〉の尽力のおかげだろう。人々は皆助け合いながら避難所に移動していた。


 そんな人々と逆方向に走り去る車が一台あった。巨大なアンテナを付けた白い車で、車体にはKKCとプリントされている。


「現在、世田谷区に避難指示。渋谷区、目黒区に避難準備が発令されています。皆さま落ち着いて避難してください」


 その車の中で黒髪の女がカメラで自撮りしながら避難状況を実況していた。


「えー、ただいま世田谷区に入ろうとしているところです。KKC怪獣生放送は門谷恵琉、翔琉、大河の三人でお送りしています。ではここで怪獣担当カケルに今回の熱源を考察してもらいと思います。じゃあカケル、よろしく」


 そう言ってメグルは、横でタブレットをいじっているメガネの青年、カケルを映した。


「怪獣担当のカケルです、よろしくお願いします」


 カケルは一瞬カメラのレンズを流し見るが、すぐにタブレットの方に視線を落とす。


「今回の熱源、突然センサーに反応したということなので海からではなく地中、またはマントルに生息する怪獣だと考えられます」


 カケルは相変わらずカメラを見ることなく、早口でまくし立てた。


「それだけだとまだ種別は判別できませんが、この熱源、上昇速度がかなり速いという特徴があり――」


 カケルがそこまで言ったところで地面が大きく揺れ動く。突き上げるような縦揺れで車が一瞬宙に浮いたと思えた。車が騒がしくアラームを鳴らす。


「この揺れ! 今、怪獣が僕らの下を通ったのかもしれませんよ! 話に戻りますが、地面の下は海と同じで下に行けば下に行くほど大きな圧力が掛かかります」


カケルがずれたメガネを元に戻しながら興奮気味にしゃべった。その目はまるでカブトムシを見つけた子供の様に輝いている。


「生物は通常、圧力が高いところから低いところへ一気に移動することは困難、しかしこの熱源はすさまじい速度で地上に出ようとしている、これは立派な特徴なのです!」


 ここでカケルが初めてカメラをまともに見た。表情はこの非常時にも関わらず、楽しそうに笑っている。


「つまりこの熱源の正体は――」


「あ、ちょっと待って!」


 カメラを構えていたメグルが手のひらを口元に伸ばし、無理やり話を止めた。カケルが、何ですか、と言おうとしたが、それすら待ずにカメラがメグルの顔を映す。


「たった今警戒レベルが3に引き上げられました! これにより、間もなくKフォースの威力偵察が始まります!」


 メグルが車の窓を開け、身を乗り出し撮影する。外は小刻みな地震の揺れと、地盤がこすれ砕ける地響きの音が響いていた。その音に混じって、背後からパララララという機械的な音が聞こえてくる。カメラで車の後方を映すと上空の青空と雲に混じり小さな点が四つほど浮いているのが映った。


「対怪獣戦闘ヘリ、ロダン――!」


 運転席で男が呟いた。ロダンはローターの音をばらまきながらすさまじい速度でKKC7の上空を通過する。メグルは体を車内に引っ込め、再びカメラで自分を映す。


「避難区域の皆様は直ちに頑丈な建物、もしくは地下施設に避難してください!」


「いえ、熱源は地下を移動しています、蒸し焼きになるかもしれませんよ!」


 メグルの叫びを、カケルが二秒で訂正する。メグルが何か言い返そうとしたところでKKC7が急停止した。


「こっからは車じゃ危険だ! 徒歩で行くぞ、ヘルメット被れ!」


 運転席の男が叫ぶ。見ると、前方の道路が蛇腹に歪んでひび割れていた。後部座席の二人がシートベルトを急いで外す。


「今から外に出て撮影を続けます! 皆様くれぐれもマネしないようにしてください!」


 メグルが車から降りながらコメントする。反対側から降りたカケルはバックドアを開け、機材の奥に置いてあった三つの黄色いヘルメットをつかみ取り一つを男に渡した。


「熱源上昇中! 間もなく地上に出ます!」


 スマホを片手にメグルが叫ぶ。カメラとスマホで両腕が塞がっているので、カケルがヘルメットをメグルの頭に被せ、顎ひもを締める。


「よし、行くぞ!」


 男がそれを確認し蛇腹な道へ走り出す。二人もそれに続いた。


「――この道、液状化してますね。怪獣の熱によるものではありません」


 カケルが走りながらも付近の様子を実況する。蛇腹の道は所々、水道管が破損したのか水に沈んでいた。二人はその水たまりを気にすることなく踏みつけていく。そうやって走っていくと、先に行っていた男に追いついた。


「もう出てくる! さっさとスタンバれ!」


 男が双眼鏡をのぞきながら指をさす。その先の空、300メートルに先ほど上空を通過した四機のヘリ、ロダンが一つの方向に停止飛行していた。


 そしてその方向。そこは大きな道路の交差点。大きくひび割れ、徐々に盛り上がっていく。その様子を、メグル達はスマートフォンのテレビ中継で確認していた。


「お父さん! 解説!」


 メグルはカメラを男に向ける。


「どうも、軍事担当のタイガだ。今回――ってうおっ!」


 防災服の男、タイガが双眼鏡を下ろしカメラを見て言った。続けて言葉を並べようとするが再び大きく地面が揺れる。今度も大きな横揺れだが、揺れ止む気配がない。三人は地面に伏せた。


「――来るぞ!」


 先ほどの交差点の地面がついに弾け、大きく空に吹き飛んだ。そしてその下の土砂が100メートル程立ち昇りはっきりとその様子がはっきりとカメラに収まる。続いてその下から、巨大な何かが金属がきしむような低い音を鳴らし、周りのビルを押しのけて現れた。

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