第25話 起き上がる兵士

普段は冷静な凛も、これにはさすがに驚いていた。


雅明の声で窓から飛び出した凛は、まず糸で窓を塞いだ。


凛を囲うようにしている兵士たちは、10人にも満たないくらいだった。


すぐさま糸で1人ずつ拘束し、周りにいた兵士たちをすべて身動きできない状態にしたのだ。


兵士たちは簀巻きのような状態で全員倒れている。


あっという間に終わった。


終わったはずだった、なのに。


凛が倒したはずの兵士たちは再び動き出し、無理やり糸をちぎろうとしていた。


(——動けないくらいきつく締めたはずだが…。)


今にも拘束する糸を引き千切らんとする兵士たち。


雅明たちのほうに目をやるも、向こうも同じような状況が見て取れる。


どうしたものかと考えていたら、兵士の1人がいつの間にか糸を引き千切り、凛に襲い掛かろうとしていた。


目の前に振り下ろされる剣を難なく避ける凛。


「…壊してみるか」


そうつぶやいたと同時に、襲い掛かってきた兵士の腕を、脚を、上半身と下半身を、頭を糸で切り離した。


崩れていく兵士。


それを着ているのが人間ならば、流れるだろう赤が1ミリたりとも出てこない。


甲冑の中は空洞だった。


バラバラになった甲冑が動き出すのか凛は確認しようとした。


だがバラバラにしたそれが再び動くかを確認する暇が凛にはなかった。


すぐ後ろに2体の兵士が凛に迫ってきたからだ。


凛はその2体から距離をとる。


両の手のグローブの指先から出る糸を器用に操り、2体の兵士はあっという間に輪切りの状態でバラバラになった。




「‥‥‥とりあえず足だけでも切り離しておくか」


早々に糸を引き千切ってきた3体以外はまだもがいている。


拘束している糸を解放すると一斉に襲い掛かってくるのでもちろんそれはしない。


糸がぐるぐる巻きになっている状態で切れるのは足くらいだ。


足を切っておけばそう簡単に動けないだろうと考えた凛はすぐ行動に移した。


ちなみに、ぐるぐる巻きになっているのは胴体なので頭も切れるのだが、頭がなくなったところで難なく動くだろうと考え、切り落とす候補から外していた。


1体、2体、3体…と順番にもがいている兵士の足を切っていく。


もちろんどの兵士からも赤が飛び散ることはない。


5体目の足を切った凛はふと気づく。


倒れている兵士たちの足はすべて切った。


だがなんとなく違和感を覚えた。


(——8体…だったか?足りない気が…。)


兵士の数に疑問を抱いている凛に影がかかる。


次の瞬間凛の頭には衝撃が走っていた。


「——っ!」


突然の衝撃によろめく凛。


振り返れば兵士がハンマーのようなものを振り下ろした格好をしている。


どうやらあの鈍器で殴られたようだ。


凛の思考はぼやけ、思うように糸が動かせず、攻撃してきた兵士を切ることもできない。


辛うじて単調な動きはできるため、家の屋根に糸を突き刺す。


そのまま糸の長さを短くし、自身の体を屋根の上に持ち上げた。


「まずいな…」


殴られた箇所に手を当ててみるが、血は出ていないようだ。


だがかなりの衝撃があった。こぶができていてもおかしくはないだろう。


ふらついた足取りで、屋根の上を移動し、雅明とロイがいる方向に進む凛。


それでも少しずつではあるが、思考はクリアになりつつあった。


雅明たちを見れば、まだ戦っているようだ。


雅明は木の枝を腕に巻き付け、剣のようにして兵士たちと対峙している。


ロイは大きい斧を両手で持ち、振り回して兵士たちを薙ぎ払っている。


凛のように兵士たちを壊すことはしていないようだ。


ならばそれを伝えるべきだろう、凛はそう考え雅明たちのもとに向かうことにした。




そこまで距離があるわけではないので、そこそこの声を上げれば雅明たちには聞こえるだろう。


だが、頭に響く可能性があるため、足元はふらつくが近づいて伝えたほうがいいと凛は考えたのだ。


そうと決まれば凛は行動に移すのが早い。


少し離れてはいるが、向かいにある木に向かって糸を伸ばす。


糸を短くしていき、あとは雅明とロイの間にたどり着くよう調整すればあっという間だ。


忍者よろしくスタっと地面に着地する。


「おわっ!?そっちは終わったのか?」


凛に気付いた雅明は驚いていたが、すぐに凛の状況を聞く。


「…っ、まだだ。とりあえずそいつら全部壊せ…」


立ち上がろうとした凛は、頭に受けたダメージが残っているためふらついている。


「壊せばいいんだな!?」


ロイの大きな声が響いたと思えば、ロイの周りには投擲用の小ぶりな斧がたくさん浮いていた。


かつてヨーロッパの民族、フランク族が使っていた伝統的な武器、フランキスカ。


またの名をフランシスカともいう。


「行けえ!!」


ロイの声とともに飛んでいくフランキスカ。


兵士の腕を、脚を、時には頭を、あっという間に切り飛ばしていく。


雅明は使っていた木の剣先を三又にし、兵士を切り裂くように倒していく。


その様子を目にした凛は安心し、家のほうを見ると、奥のほうに家へ向かって行く影が1つ。


「待っ…」


急に動き出したせいか、凛はその場に倒れてしまった。


「おい!?」


雅明より先に一通り倒したロイが凛にかけていった。

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