第22話 雅明が見たもの
入り口を植物で塞いだため、診療所の中はより暗くなった。
とはいえ現在はまだ明るく、窓もあるため、陽の光は入ってくるので真っ暗というわけではない。
「さてと…どこから調べてみるかなぁ」
大きな病院と違い、この診療所の中はそこまで広くはない。
探索するのじそこまで時間はかからないように思える。
本来なら土足からスリッパに履き替えるべきだが、すぐに動けるようにしておくため、雅明は土足のまま足を進めていく。
入ってすぐ近くにあったのは受付だった。
カウンターになっていて、看護師が出入りしやすいようにするためかカウンターと通路を仕切るものはなかった。
雅明はカウンターに入ってみる。
患者の対応、救急患者が来た時の対応、初診患者への対応など、看護師用のマニュアルばかりで手がかりになりそうなものはなかった。
個人情報の問題もあるためか、患者の情報はきちんと片づけてあるようだ。
当然医師に関する情報もここにはない。
「患者や医師の情報もなし、と。まぁ当たり前だよなぁ…」
受付のカウンターから出て、次は待合室を覗く。
待合室に関しても、受付から見える限りは何もなさそうだ。
しかし遠目で見ただけではまだわからないので、雅明は待合室にも足を運ぶ。
結果、待合室にも何もなかった。
時間をつぶすための雑誌や子供用の絵本なども綺麗に片づけられている。
ただそれだけだった。
雑誌や絵本の中に何かが挟まれている、なんてことも雅明は考えたが、不特定多数の患者の手に渡る可能性があるそれらに何か手がかりがあることはないだろう、とその考えを切り捨てた。
1つ1つ調べるのが面倒だから、という理由ではないと思いたい。
雅明は次を調べるために足を進めた。
次に見つけた扉には中待合、診察室と書いてある。
その扉を開けたらわずかな空間、椅子が3つほど並んでいた。
そのすぐ奥の扉に診察室と書いてあるので、この小さな空間が中待合ということがわかる。
中待合にも特に何もなかったので診察室の扉に手をかける。
今まで見てきた受付、待合室、この中待合よりも何か情報がありそうな場所だ。
雅明はゆっくりと待合室の扉を開けた。
「あー…れ…?意外と何にもない?」
雅明の言う通り、診察室にもこれといった手がかりはなさそうだ。
パソコンが置いてあるデスクには、見本なのか塗り薬のようなものがある。
他にもよく見かけるような器具が整頓されてラックに入れられている。
デスクの椅子に並ぶようにもう1つ患者用と思われる椅子がある。
あとは診察時に使う簡易ベッドがあるくらいだ。
診察室の奥には関係者専用の文字がある扉がある。
診察室を後にして早々にそちらへ向かおうと思った雅明だが、ふと足を止める。
目線はパソコンだ。
パソコンの電源はついていない。
ならば電源をつけて調べるのもいいのでは、と雅明は思ったのだ。
だが個人情報を取り扱っているパソコンなのでパスワードが必要だろう。
少し考え、あまり期待せずにパソコンの電源をつけることにした。
ピロンと起動した音がパソコンから聞こえ、画面を見つめる。
案の定ログイン画面が出てきた。
(――まぁ、そうだよな。)
雅明の思った通り、ログイン画面でアカウント名とパスワード入力を求められた。
周辺にメモなどがないか探したが、もちろんそんなものは見当たらない。
大人しくパソコンの電源を切る雅明。
パソコンもダメだったため、診察室には何もないだろうと考えた雅明は、今度こそ奥にある関係者専用の扉へ向かう。
扉に手をかけ、ふと足元を見ると赤とも茶色ともいえるような汚れが床にぽつぽつとあった。
一瞬嫌な考えが出てきてしまったが、そんなことはないだろうと扉を開けた。
「これは…」
そこはひどい有様だった。
デスクの上は荒らされていて、カルテや専門書、医療器具までもが床に散乱していた。
おまけに鼻につく嫌な臭い。
扉の前にあった床の汚れはおそらく血だろうと雅明は考える。
だが部屋を見渡す限り臭いの根源は見当たらない。
探すか、探さないか――。
目的は例の医者の手がかりを探すことだ。
そのため無理に臭いの根源を探す必要はない。
雅明はまず手がかりになるものがないかを探すことにした。
まずは荒らされたデスクを調べる。
デスクの上にあったのは患者の資料ばかりだった。
手がかりになりそうなものではないので、床に散乱したものを調べてみる。
カルテ、薬の取り扱い説明書、専門書…。
専門書をパラパラとめくってみたが、特に何もなかった。
ここもダメかと思ったとき、専門書とは明らかに違う表紙の冊子が雅明の目に映った。
B5サイズの小さなノートだった。
「んだこれ…まさか日記とか言わねぇよな。そんなありきたりな…」
そう呟きながらノートを開いた雅明は言葉を止める。
まさかのありきたりな展開。
雅明が見つけたノートは案の定日記だった。
雅明は、医者に関しての情報がないか中身を見ることにした。
――こんな小さな町にすごい医者が来た!
原理はわからないがどんな難病でも治せるらしい。
娘の病気も治してもらえないだろうか…。
日記はメモ程度の短いものだった。
内心雅明はホッとする。
いくら情報を得るためとはいえ、他人の長ったらしい日記を読みたくないと思っているのだ。
「この医者ってのが俺らが探してる奴っぽいな。他に何か情報は、っと…」
――娘の病気を治してもらえた!
筋ジストロフィーは確実な治療法はなかったのに…。
しかも治療費はいらないと言ってくれた!
こんな素晴らしい先生は他にはいない。
私も医者の端くれ、一生この先生についていく!
「筋ジストロフィー…徐々に筋肉が動かなくなるってやつだったか…」
――先生はご自身のことを何も話してくれない。
何か訳でもあるのだろうか…。
私も力になりたいのだが、何かできることはないだろうか。
日記はまだしばらく続きそうだ。
雅明は小さなため息をつき、途中を飛ばし、少し先のページに目を通した。
――先生が何かに怯えている?
最近どうも様子がおかしい。
先ほどの黒スーツの人間と何か関係があるのか…?
先生の技術を悪用しようとする輩でもいるのだろうか。
「ほぉ…?何やら怪しそうな…」
次に読み進めていく。
――また来た!
何なんだアイツらは!?
これでは仕事にならない!
先生はこの町の医者だ。
本人の意思がない限り勝手に連れて行こうとするなんて自分勝手すぎるじゃないか!
先生は大丈夫なのだろうか…?
――こうなったら私が先生を守るしかない!
先生はこの町の救世主だ。
私の娘を救ってくれた。
ならばその恩を今返すときじゃないか!
この次が最後だった。
最後は急いで書いたのか、字が雑になっている。
よくよく見ると震えながら書いたのか、字の形が歪だ。
――先生が 先生が!
だれか 先生を連れ戻してくれ
場所 は
「クッソ…肝心なところが…」
場所を書こうとした時に何かがあったのか、ぐにゃりと曲がった線が残っているだけだった。
何かほかに手がかりはないか部屋の中を見渡す。
だがもう手がかりになりそうなものはなかった。
雅明はため息をつく。
(――しゃーねぇ。臭いの根源を探すか…。)
あと可能性があるとしたら臭いの根源あたりだろう。
気が重くなりながらも室内をうろつく。
部屋の奥に行くと通路があった。
そこからさらに進んでいく。
その先にあったのは、カーテンで囲われた空間が2つ。
処置室だろうか、雅明はそう考えながらまずは近くのカーテンを開けて中を確認した。
そこにあったのはベッドと移動式のラックだった。
ラックに関しては倒されている。
ベッドには何もない。
もう1つのほうに目をやると、ところどころカーテンにシミができている。
先ほどの床と同じように血がついているようだ。
まるで血濡れの手でカーテンをつかんだような、そんな状態のシミだった。
雅明は息をのみ、もう1つのカーテンに手を伸ばす。
そして一気にカーテンを開けた。
「なっ…」
ベッドには誰もいなかった。
だが乾いた血が大量にこびりついていた。
ペンキの入ったバケツをひっくり返したような状態だ。
これだけの量だ、ここで血を流した人間はまず助からないだろう。
雅明はそのベッドの周辺を調べたが、特に手がかりとなりそうなものはなかった。
「とりあえず戻るか…」
雅明はすぐ近くにあった扉を開ける。
後ろ手に閉めた扉を何気なく見ると、処置室の文字があった。
その流れで辺りを見渡すと、診察室の文字が見えた。
どうやらこの処置室は診察室のさらに奥にあったようだ。
出入口の方向が分かった雅明は、そちらに足を進めていった。
出入口を塞いでいた植物を枯らして雅明は外に出た。
「何かあったか?」
出入口のすぐ横の壁に背を預けていた凛が雅明に声をかける。
「一応、な」
雅明は渋い顔をしてそう答えた。
「なら行くぞ。歌織と典明と合流しよう」
「ちょ、おい!待てって」
その場を足早に去ろうとする凛を雅明は急いで追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます