第21話 町の診療所

ところ変わって雅明はずんずんと町の中を進んでいた。


「しっかし本当に人っ子一人いねぇな」


典明たちと別れてから雅明は町の奥へと足を進めているが、雅明も人を見かけることはなかった。


どこか不気味さのある町の中をひたすら歩いていた雅明は、人がいない理由は何かトラブルがあったのではと考え始める。


自分で言ってはいたが、工事などで住人が退去したとしたら、どこかにそれを知らせる看板や張り紙があってもおかしくはない。


だが雅明が歩いてきた中で、そのようなものは見当たらなかった。


さらに歩みを進めると、とある看板が雅明の目に入った。


『矢崎診療所 この先』と書かれている。


「診療所…ねぇ…」


看板を見た雅明はつぶやく。


そして少し考えた後、看板の案内に従って診療所に足を運んでみることにした。


「何かあればいいんだけどなぁ」


典明が手に入れた、ここに医者が住んでいたという情報を雅明は本気にしていなかった。


なぜなら今までにもそういった情報はあったがハズレばかりだったからだ。


そのため、調べるとは言ってみたが、手掛かりが見つかるとは思っていないのだ。


だから『絶対手掛かりを見つける』ではなく、『何かあればラッキー』くらいに考えている。


それでも可愛い自分の妹を助けたい思いはもちろんある。


また、典明ばかりに大変な思いをさせてはいけないと、兄思いな一面もある。


そのため、期待はしないものの、しっかりやることはやろうとしている雅明だった。


診療所に続く道には特別これといったものはない。


住宅街からは外れているので、緑とたまに見かける自販機くらいだろうか。


診療所までの道をしばらく進んでいくと、ようやく目的地が見えてきた。


そしてそこには人が一人いた。


「ようやく診療所か。…お、あれは…」


診療所の前にいたのは雅明の見知った顔だった。


「おーい、凛ー」


凛も同じことを考えていたのかと思いながら、凛に声をかける。


診療所に入ってから声をかけようとすれば、下手したら凛の糸に捕まるかもしれないと思ったからだ。


雅明の声に振り向く凛。


雅明は凛のもとに小走りで近づいて行った。


「雅明か」


「おう。お前もここ入ろうとしてたのか?」


自分の名前を呼んだ凛に返事をしながら、一番に聞きたいことを訪ねた。


「まぁ、そうだな。ただ念のために周囲を調べてから入るつもりだが」


診療所の周りは木々が生い茂っている。


そのため、人が隠れている可能性があると凛は考えていたのだ。


警戒心の強い凛ならではの考えだった。


「なるほどな。だったらここの周囲は任せていいか?俺が先にこの診療所に入るわ」


雅明は凛にそう提案した。


「それは構わないが…俺が周囲を調べてる間に誰かが入ってくる可能性もあるぞ」


凛は雅明の提案に異論はないようだった。


だが凛の言う通り、雅明以外の人が入ってきて襲ってくる可能性もあるのだ。


「あー大丈夫だって。なんなら植物で入り口塞いでおくし」




少々荒っぽい気がするが、鍵を閉めただけでは能力者なら簡単に壊せる可能性があるため、それくらいするのが妥当だろう。


「そうか。なら俺は周囲の探索に専念する」


「助かる。やろうと思えばこの周辺の植物を使って探知みたいなこともできるけど、いつ何が起こるかわからねぇからな。極力体力は温存しておきたい」


雅明は植物を操るだけでなく、植物を通じて周囲の音、振動、空気なども調べることができる。


だが、その範囲が広ければ広いほど、体に負担がかかってしまう。


敵と戦っているならそうも言っていられないが、今はそういった状況でもない。


凛も雅明の考えはわかるので、あえてそれをしろとは言わなかった。


「じゃあ診療所の中は任せた。―ところで…」


「ん?」


凛の言葉に耳を傾ける雅明。


「診療所には入れるのか?」


‥‥‥。


まさかの展開!


雅明も凛の言葉にポカンとしている。


だがすぐに我に返る。


「え!?お前もう鍵が開いてるか調べたんじゃねぇの!?」


「誰もそんなことは言ってないだろ。それに、先に周囲を探索するつもりだったからそこは確認していない」


確かに凛の言う通りだ。


鍵が開いているとは一言も言っていない。


「じゃあ何だったんだよ今までの会話!?」


それもそうだ。


今までの会話は診療所に入れること前提で話を進めていたのだから。


今日も雅明のツッコミはキレッキレである。


「どっちみち入るなら今から確かめればいいだろ」


雅明のツッコミに冷静に返していく凛。


「お前なぁ…。まぁそれもそうか」


雅明は若干疲れている様子だ。


お勤めご苦労様です!




2人で診療所の入り口に近づく。


特に壊れたり錆びていたりもないので、鍵が開いていれば問題なく扉は開きそうだ。


ガラス扉のドアノブに手を伸ばした雅明は、ドアノブの下の『引く』の文字に従ってゆっくり扉を開けようとした。


扉は問題なく開いた。


どうやら鍵は開いていたようだ。


「開いたな」


「ああ、それじゃあ周囲は頼んだ。中を調べてくる」


そう言って雅明は診療所の中へ足を運ぶ。


「了解。調べ終わったらここで見張りをしておく」


凛の言葉を聞いた雅明は凛に背を向け、片手を上げながら足を進めていった。


そしてすぐに診療所の中は無数の植物で何も見えなくなった。


鍵を閉めなくていいのだろうかと思った凛だったが、すぐにガチャッと鍵を閉める音がした。


その音を聞いた凛は、入り口は問題ないと考え、周囲の探索に足を進めていった。

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