第20話 鍵の開いている家

典明の目に飛び込んできたのは、かなり散らかっているリビングの光景だった。


何かの資料だろうか、たくさんの紙がいたるところに散らばっている。


それだけでなく、棚などにある引き出しという引き出しはすべて開いていた。


部屋の中に足を踏み入れる典明に続いて、歌織も部屋に入る。


部屋の中は、片付けができなくて散らかっているというよりも、誰かに荒らされたようだった。


「これは…」


部屋を見渡した歌織が思わず声を漏らす。


「ただ散らかっている…というわけではなさそうだね」


典明はどんどん部屋の中心へと足を進めていく。


それに続いて歌織も足を進めようとするが、いろんなものが散らかっているため、踏まないように細心の注意を払いながらなので、ゆっくりになってしまう。


「どんなお仕事してたらこんな大量の資料が…」


そう言いながら歩いていた歌織だが、足元にあったものを踏んでしまい足を滑らせる。


「うわわっ」


歌織の声がした瞬間ドンと部屋に音が鳴り響く。


思いのほか勢いよく足を滑らせたようで、歌織は盛大に尻餅をついてしまった。


「い、ったた…」


尻餅をついた歌織は痛みに悶えている。


「歌織、大丈夫かい?」


少し離れたところにいた典明が歌織のもとにやってくる。


「だ、大丈夫です…。あ、典明さんそこ…」


気を付けてと続けようとした歌織だが遅かったようだ。


「あ」


典明も歌織と同じように足を滑らせる。


唯一違うところといえば、前に転びそうになっているところだ。


典明は歌織に向かってダイブする状態になっている。


咄嗟に歌織は両手を広げて典明が怪我しないように受け止めようとしたが、勢いにつられて歌織もそのまま後ろに倒れてしまった。


歌織は後頭部を庇うすべもなく、そのまま頭から倒れた。


結果的にゴンと先ほどよりも鈍い音が部屋に響くことになった。




(――い、痛い…。)


歌織はもはや涙目である。


尻餅をついてダメージを受けたかと思えば、今度は典明を受け止めて頭を床にぶつけた。


尻餅以上のダメージだったため、痛いという言葉も出てこないようだ。


典明は怪我をしていないだろうか、そう思い声をかける。


「典明さん、大丈夫です…か?」


歌織は声をかけながらハッとした。


あろうことか歌織は典明の顔を胸で抱きとめていたのだ。


(――え、え、ナニコレ?!こんな漫画的展開いらないンダケド?!)


この状況にテンパる歌織。


その拍子に典明の顔を抱いていた腕に力がはいってしまったようで、胸元からくぐもった声が聞こえる。


歌織が腕を解けばいいのだが、生憎テンパりすぎてそこにも考えが至らない。


典明が顔を上げようと抵抗したことで歌織はようやく腕を緩めた。


顔を上げた典明と目が合う。


「あ、あの…えっと…」


赤い顔で視線を彷徨わせる歌織は未だに涙目だった。


それだけ頭をぶつけたのが痛かったということだろう。


とはいえこの状況、誰がどう見ても勘違いしますよね!


そのため、歌織と同じように典明も動揺しているかと思えば意外とそうでもなかった。


「すまない」


早口で謝罪した後すぐに歌織の上からどいて立ち上がる。


「あ、いえ…。こちらこそすみません…」


意外と冷静な典明に戸惑いつつ、歌織も典明に謝る。


(――あれ…この状況に動揺してるの私だけ…?)


立ち上がって自分から離れていった典明の様子を見る歌織。


その足取りはしっかりしているように見える。


そのまま手掛かりになりそうなものを探し始めるかと思いきや…。


ズルッ


また転んだ。


(――あ、しっかり動揺してる…)


そんな典明の様子を見た歌織は吹き出してしまった。


「ふ…あはははっ」


歌織の笑い声に反応して典明が歌織のほうを振り返る。


その顔は真っ赤だった。


だが反論の言葉は出てこないようだ。


「す、すみません。ふふ…動揺してたのが私だけじゃなくて安心しました」


「だからって何も笑わなくても…」


困ったような表情で典明は精いっぱいの抵抗をした。


そんな典明の顔は赤いままだ。


顔の赤い典明をよそに、歌織は落ち着いてきたようだ。


「すみませんって。典明さんは怪我してないですか?」


ようやく怪我の有無がないかを典明に聞いた歌織。


だいぶ今更な気はするが。


「あぁ、大丈夫だよ。ありがとう。歌織こそ大丈夫かい?頭ぶつけたようだけど」


「あー……大丈夫です、多分」


(――まぁ、本当はまだちょっと痛いけど…。)


そんなことを思いながらも、典明に心配かけまいと歌織はそう答えた。


「本当に?…まぁ何かあったら言ってくれ。結構盛大にぶつけていたようだし、あとから何か違和感が出てきてもいけないからね」


「はい。それよりも、再開しましょうか。これだけいろんな書類があれば何かわかるかもしれません」


そう言って歌織はすぐ近くにあった書類を見てみるも、難しい漢字やら、聞き覚えの無いカタカナ、時には英語もあり、何が書いてあるのかさっぱりわからないようだ。


それでも何か手掛かりになりそうなものがないかさらにほかの書類に目を通してみる。


典明も同じように自分の周りにある書類に目を通し始めた。




お互い黙々と散らばっている書類に目を通してから、少し時間が経過した。


相変わらずよくわからない書類に目を通していた歌織は、あることに気づいた。


「典明さん」


気付いたことを典明に伝えようと声をかける。


「何か見つかったかい?」


そう言って近づいてきた典明に持っていた書類を見せる。


「あんまり詳しくはわからないんですけど…病気のことが書いてあるみたいなんです。ひょっとしたらと思って」


「なるほどね。僕も詳しくは知らないが、このパーキンソン病や脊髄小脳変性症とかは聞き覚えがあるよ。確か完治が難しい難病じゃなかったかな…」


なぜこの書類に病名が書かれているのか。


この家の主は、医療関係の仕事をしていたと考えられる。


「病気について書かれているということは医者、もしくは研究者かな。前者だとうれしいのだけれど…」


そんな時だった。


突如鈍い音がして典明が倒れた。


「え…?」


歌織も気づいたときには意識が遠のき始めていた。

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