第17話 いざ、出発
男は歌織の優しさに付け込んで2人を殺そうとした。
だが男の作戦も失敗に終わり、歌織が男を手にかけた。
そのままにしておくわけにもいかないので、典明がどこかに連絡して男の亡骸の処理を頼んでいた。
2人はその場を後にして駅へ向かっていく。
「それにしてもすごいじゃないか。実践が初めてにしてはよくできていたと思うよ」
典明は先ほどの歌織の動きに感心していた。
「典明さんに相談したのが良かったのかもしれません」
そう答えるも歌織はどこか浮かない表情だ。
それもそのはず、漫画の世界とはいえ、人を殺めてしまったのだ。
今まで平和に過ごしてきた歌織にとってそれは、たとえ相手が自分の命を狙う者であっても辛いものだった。
「やめるなら今の内だよ」
典明の言葉に顔を上げる歌織。
「辛いのはわかるが、相手は僕たちの命を奪おうとしてきたんだ。だから逆に命を奪われても仕方がないと僕は思う。でもそれを命を奪わず終わらせようとした歌織は優しいほうだと思うよ」
雅明もだが、典明だって何度も命を狙われたことがある。
雅明ほど非常ではないが、典明も自分の手で相手を始末したことだってある。
だから歌織が浮かない顔をしている理由もわかっていた。
「これからひょっとすると、もっとこういうことが増えるかもしれない。今ならまだやめることだってできるよ」
「でも…」
典明たちを助けたいと思っている歌織はもちろんついていくつもりだ。
だが、自分が人を殺めてしまったことを受け入れられなかった。
「僕たちのことは大丈夫。それに、歌織が残ったら明利は喜ぶと思うよ」
歌織は辛そうな明利の姿を思い出した。
(――明利ちゃん…。そうだ、あの子に元気になってほしいんだ…!)
この旅は明利を助けるためのものだ。
歌織はどうしても、死んでしまう典明たちを助けてしまうことばかり考えてしまっていた。
だが、歌織も一週間とはいえ一緒に過ごしたあの可愛い女の子を助けたいと思った。
(――ここでくじけちゃダメだ!)
そう思い、気持ちを切り替える。
そして典明を見据え、ハッキリと言った。
「私も行きます。家に置いてくれた典明さんや雅の役に立ちたいし、明利ちゃんを助けたいので」
明利を助けたいという歌織の言葉に典明は嬉しそうだ。
「ありがとう。頼りにしているよ」
「はい!」
それから歌織と典明は駅までの道中、他愛もない話をしていた。
途中、猫を見つけた歌織が暴走し、追いかけようとしたのを典明が必死に止めるということがあったが。
そんなことから、歌織は猫が好きなこと、過去に猫を追いかけて起きたことを典明に話していた。
そのお返しと言わんばかりに、典明は雅明がやたら動物から嫌われてしまう話をした。
そんな何気ない会話をしていたが、歌織は気づいたことがあった。
それは、自分自身についての記憶はきちんと残っていることだ。
自分の好きなものや、趣味、過去にあった出来事など、しっかり歌織の中にあった。
ただ、歌織がこれまで関わっていた人、場所に関しては、元の世界から切り離すかのように記憶から消えていた。
自分のスマホを見ればメッセージアプリや着信履歴など、思い出すヒントになりそうだが、歌織はそれをすでに確認している。
案の定、すべて消えていたのだ。
それを見たとき、歌織は絶望していたが、今では考えないようにした。
思い出そうとしても何も思い出せないので、時間の無駄だと割り切ることにしたのだ。
そのため、歌織は前を向いてユウナギの世界の今を生きている。
駅にだいぶ近づいてきた時、典明が突然真剣な表情で歌織を見た。
「さっきのことだけど、咄嗟に影を盾にしていたのは、ひょっとして僕のを?」
急に真剣な表情になった典明に疑問を持ちつつも歌織は答える。
「はい。典明さんのエネルギーの盾を参考にさせてもらいました」
「そっか。なら1つ忠告しておかなければいけないね」
何かやらかしただろうかと不安になりながら歌織は典明の言葉を待った。
そんな歌織の様子を見て、典明は続きを話し始める。
「僕のエネルギー操作も、歌織の影も決まった形がないという意味では、使い方が似ているところもあるのかもしれない。だから、これからも僕の動きを参考にしてくれて構わないよ。だが1つだけ、真似しないでほしいことがある」
「え…?」
典明の戦い方に真似してはいけないような危険なことがあっただろうかと、歌織は漫画の記憶をさかのぼる。
「エネルギーを…影を体に纏って戦うことは真似しないでくれ」
典明は気分や場合によって戦い方を変えている。
時に、エネルギーを体に纏い、直接相手と対峙することもあれば、エネルギーだけを使って、典明は一歩も動かず敵を倒すこともある。
先ほどのように、エネルギーを凝縮させて武器のように扱うこともある。
これに関しては、歌織もよく知っていた。
「強そうなのに…。それってそんなに危ないんですか?」
歌織が漫画を読んでいた限りでは、そんな描写はなかった。
「僕は慣れているから何ともないけど、慣れていない歌織がそれをしたら相当体に負担がかかるかもしれないね。まぁ、僕のエネルギーと歌織の影はまた違うかもしれないけど」
その言葉を聞いて歌織は考え始めた。
(――負担がかかる、かぁ…。それでも役に立てるなら試してみたいけれど。)
「無茶したらダメだからね?」
歌織の考えを読んだかのように典明が釘をさす。
「うっ…はい…」
歌織は頷くことしかできなかった。
「わかればよろしい」
頷いた歌織の様子を見た典明は満足そうだ。
「さて、着いたはいいがあの2人はどこだろうか…?」
話をしていたら駅に着くまではあっという間だった。
歌織も周りを見渡すが、雅明と凛の姿は見当たらない。
「雅も凛も見当たりませんね」
時刻は18時を5分過ぎたところだ。
歌織と典明は、余裕を持って駅に到着する予定だったが、襲われたために集合時間に遅れてしまった。
ふと歌織が典明に疑問を投げかける。
「そういえば典明さん、駅で落ち合おうとは言っていましたが、駅のどのあたりかは言っていませんでしたよね?」
「あ…」
典明は歌織に指摘されたことで自分の失態に気が付いた。
18時台と言えば帰宅ラッシュ真っただ中。
そのため当然駅には人が多い。
「雅に連絡してみるか…」
典明はスマホをポケットから取り出す。
「典明さんは凛の連絡先わかりますか?私聞いてなくて…」
「いや、僕も聞いていないな。雅と一緒にいてくれるといいんだが…」
「俺がどうかしたか?」
歌織と典明の背後から突如声がした。
「ひゃあっ!」
「うわっ!」
歌織と典明は同時に声を上げ、2人が振り返った先には凛がいた。
「凛!びっくりさせないでください!」
凛に驚いた歌織はまだ心臓がバクバクとなっている。
「そうだよ。僕に至ってはスマホ落としそうになったからね」
歌織と典明に抗議されている凛だが、ほんの少し口の端を吊り上げるだけで何も言わない。
「おい」
またもや歌織と典明のすぐ後ろで声がした。
典明はびくりと肩を震わせ、歌織は「ひっ」と声を上げた。
驚きのあまり歌織は凛に抱き着いてしまっている。
そこにいたのは雅明だった。
「雅!驚かさないでくれよ…」
「いやいや、典と歌織が遅刻するから。遅刻した罰としてちょっとくらい驚かせたっていいじゃねぇか。なぁ凛?」
なんと、凛と雅明は歌織と典明を驚かすために手を組んでいた!
「…まぁ、遅刻したのは事実だからな」
…とはいえ凛の雅明に対する答えを聞くと、乗り気だったかどうかは謎である。
「さっきまではノリノリだったじゃねぇか」
どうやら凛もノリノリで歌織と典明を驚かせたようだ。
雅明のその言葉を聞いて、歌織は凛から離れる。
「凛までひどい…。本当にびっくりしたんだから…」
遅刻したのは事実なので、典明は何も反論できなかった。
「何?お前らまさかデートでもしてたのか?」
突然の爆弾投下。
固まる歌織と典明。
「そっそんなわけないじゃないか!何を言っているんだ雅!」
必死になって反論する典明。
誰がどう見ても動揺しているのは明らかである。
歌織も動揺していたが、典明の慌てっぷりを見たら冷静になれた。
「典明さん、そこまで必死に否定すると返って怪しまれますよ?」
歌織の言葉でようやく我に返る典明。
そんな典明の姿を見た雅明は腹を抱えて笑っている。
凛は凛で典明から顔を逸らして肩を震わせている。
その姿は笑いをこらえているようにしか見えない。
「勘弁してくれよ…雅…」
散々な慌てっぷりを見られてしまった典明は肩を落とした。
「ま、俺は典と歌織がくっついてもいいと思うけどぉ?」
さらに追い打ちをかける雅明。
完全に典明で遊んでいる。
「なっ…」
典明は反論の言葉が見つからないのか、顔を赤くして口をパクパクさせている。
雅明の言葉に歌織も顔を赤くした。
そんな2人の様子を見て雅明はにやにやしている。
まだまだこの2人をからかって遊ぶのは終わらないようだ。
しかし、そんな3人のやりとりも、凛の冷静な声で幕を閉じた。
「時間は大丈夫なのか?」
「あっあぁ。まだ時間は大丈夫だよ」
凛の冷静な声を聞いたからか、典明も落ち着きを取り戻していた。
雅明はちょっとつまらなさそうだ。
からかいたい気持ちはわかるけどね!
「これからとある町へ行くわけだが、何が起こるかわからない。3人とも、覚悟はできてるかい?」
典明の言葉に頷く歌織と雅明と凛。
「医者も、凛の探している人物も、どちらも見つけ出そう。みんな、よろしく」
「俺の事情にも付き合わせてすまないが、こちらこそよろしく頼む」
そう言ったのは凛だった。
「私もお役に立てるよう頑張ります!」
気合十分な歌織が答える。
「頼りにしてるぜ、兄貴!」
3人の言葉を聞いた典明は笑みを浮かべた。
「それじゃあ、行こうか」
歩き出す4人。
こうして4人の旅は始まった。
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