第16話 いきなり実践?②

キィン!


だが歌織の耳に届いたのは肉が切られる音でも血が噴き出す音でもなかった。


「え…?」


歌織は目を開けてポカンとしている。


ナイフは歌織の目と鼻の先で見えない何かに止められている。


何もないはずなのにナイフが歌織に届かないことに男も動揺している。


「ダメじゃないか歌織。敵から目を逸らしちゃ」


そう言いながら歌織のほうを向く典明。


「てめぇ!何をした!?」


落ち着いた典明の声とは対照的に、男は声を荒げる。


「敵に手の内を明かすようなバカじゃないからね、言うわけがないだろう」


先ほどの一撃は典明のエネルギーで防いだものだった。


だが本人の言う通り、敵に種明かしをする気はないようだ。


「クッソ…!」


男は再び姿を消した。


「歌織、大丈夫だったかい?」


その間に歌織の無事を確認することも典明は忘れない。


「ええ。ありがとうございます」


「さて、相手は姿が見えない。どうしようか」


言葉の割には落ち着いている典明。


いつ攻撃が来るかもわからないのにマイペースだ。


「…マイペース過ぎませんか典明さん」


歌織は呆れて典明にツッコんだ。


「うん、まぁ歌織もいるから大丈夫かなって」


(――えぇぇ…。)




「随分と余裕だなぁ!お坊ちゃんよォ!」


今度は典明の背後に男が現れた。


攻撃を防ぐかと思いきや、典明は歌織の肩を抱き横に飛んだ。


その拍子に2人と男の影が重なったことを典明は見逃さない。


「歌織ッ!」


「はい!」


歌織の声がした途端、男の動きは止まった。


「か、体が…動かねぇ…!」


男が自分の足元を見ると黒くなっていた。


ふくらはぎのところまで黒いものが迫ってきている。


「なっ何だこれはァ!?」


黒いものの正体がわからない男は、自分がそれに飲み込まれるのではないかと悲鳴じみた声を上げた。


「それが何か、なんて言いません。私は優しくないので」


「ひっ」


歌織の声にさらに怯える男。


歌織は男に近づこうとした。


「来るなァ!!」


ギギ…と無理やりナイフを持つ腕だけでも動かそうとする男。


「あぁ…それ、危ないですね」


歌織がそう言うとナイフを持つ腕も歌織の影によって、体に沿うようにして縫い付けられる。


「あ…あ…」


捕まり、攻撃のチャンスもなくなった男はただただ怯えている。


再度男に近づこうとして歌織はふと気づく。




「えっと、典明さん。この人どうしたらいいんでしょう?」


典明も男も一瞬時が止まった。


典明の様子を見て歌織は頭に疑問符を浮かべる。


そりゃそうだろう。


今にも男を始末しようとしていた人間が「この人どうしたらいい?」なんて聞けば、始末されるほうも聞かれたほうも、固まってもおかしくはない。


「典明さん?」


典明を呼ぶ歌織。


その声でようやく我に返った典明は笑ってしまう。


「ふふ…はははっ!そこまでしておいてどうするか考えていなかったのかい?面白いね、歌織は」


「だって!…どうしたらいいのかわからないんですもん…」


典明に笑われて拗ねたような顔をする歌織。


「い、命だけは…!」


男は自分が死なずに済むと思ったのか命乞いを始める。


「ほら、歌織がそんなだから敵が命乞いを始めてしまったじゃないか」


「えー…典明さんはいつもこういう時はどうしてるんですか?雅が容赦ないのは知ってるんですが…」


歌織はこの世界に来て最初に襲ってきた敵を雅明が容赦なく始末したのを思い出していた。


でも自分にはそれができる気がしないため、典明に聞いているのである。


「うーん…あまり気にしたことがないからなあ。今回は歌織の判断に任せるよ」


(――えぇ…困ったなぁ。)


そう思いながら男に近づいていく歌織。


「もっもう命は狙いません!なので助けてくれませんか!?」


男は助かることに必死だ。




歌織も漫画を読んでいるときなら、虫が良すぎると思うのだが、いざその立場になると相手が可哀想に思えてきた。


「…なら、もう二度と私たちの前に現れないでください。もしまた命を狙おうとするなら…次はありません」


「わかりました!!もうあなたたちの命を狙いません!」


「典明さん、これでいいですか?」


不安なため典明に声をかける歌織。


「うん、歌織がそれでいいと思うなら僕は何も言わないよ」


典明はあくまで歌織に任せるスタンスだ。


「わかりました。…私たちはここを離れます。あなたを解放するのは、私たちが離れてからですから」


「はっはい!ありがとうございます!」


なんとも情けない男である。


「じゃあ典明さん、行きましょうか」


そう典明に声をかける歌織。


その声で典明も歩き出す。


いつの間にか消えていたシャノワールは、歌織の横を歩いていた。




ある程度距離を置いたところで歌織と典明は立ち止まる。


「そろそろいいですかね?」


「ああ、いいんじゃないかな」


典明の返事を聞いた歌織は男を捕まえていた影を解除した。


「今回は歌織に助けられたね。ありがとう」


「いや、そんな…私こそ典明さんに助けてもらってましたし…」


ひと段落したので2人の会話も穏やかなものになっている。


「ところで歌織、その黒猫…シャノって言ってたっけ?」


「そうです。ずっと黒猫さんって呼ぶのも微妙かなって思ったので、シャノワールと」


「そうなんだね。で、そのシャノワールが一緒に歩いているのは何か理由があるのかい?」


「ええと、それは…」


歌織が答えようとした時、2人の背後に先ほどの男が現れた。


「まんまと騙されやがって!お前らまとめ、て…」


ザシュッ


男が言い終える前にそんな音がした。


「……こういうことです。」


俯きながら歌織はそう答えた。


それは、シャノワールが一瞬にしてライオンほどの大きさになり、男の胸を抉るように引っ掻いた音だった。

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