第14話 つかの間のひと時
明利の入院手続きなどを済ませた典明と歌織は病院を後にしたところだった。
「明利ちゃん、大丈夫でしょうか…」
典明と歌織がそばにいる間、明利は起きているのがやっとという状態だった。
「信じるしかないさ。明利だって頑張ると言っていたし…。それに、あの子は小さい頃から体は丈夫なほうだったからね、僕たちが戻るまで待っていてくれるさ」
意外にも典明はしっかり前を向いていた。
典明ももちろん明利のことは心配しているが、明利のことを信じているのだ。
――「お兄ちゃんや歌織さんたちが帰ってくるのを待ってるよ」
そう言った明利は、辛そうではあったが、芯の通った目をしていた。
あの目は決して病人の目なんかではなかった。
自分たちに心配かけまいと気丈に振舞っているのか、それとも信じてくれているからなのか…。
だからこそ典明は前を向いているのか、歌織はそう思った。
「そうですね。明利ちゃんが頑張っているのに、私がうじうじしてたらダメですよね!」
「うん、その意気だよ」
「典明さん、私、明利ちゃんのために頑張ります!」
あの健気で可愛い存在が花のように笑う姿がまた見たい、そう思い、歌織も前を向くことに決めた。
「これは僕も負けていられないな」
歌織の勢いに笑みをこぼす典明。
そんな典明を見て、歌織も笑った。
(――絶対明利ちゃんもみんなも助けるんだ!)
明利だけではなく、原作では死んでしまう3人を助けるために、歌織は心の中で気合を入れた。
「ところで、もう僕は一通りやることは終わったけど、集合までは時間がある。歌織は何かしたいことでもあるかい?」
「えっと、んー…特にない、です」
思いのほか集合時間まで余裕ができてしまった2人、さらにお互いやりたいこともないため、どう時間をつぶすか考えていた。
「じゃあ……そうだなぁ」
「何かあります?」
典明が何か提案してくれるかと思い、歌織が聞いたら予想外の答えが返ってきた。
「デートでもするかい?」
ファンならキュン死者続出するような笑顔付きで。
「へっ…?」
歌織は一瞬何を言われたかわからなかった。
(――でーと、デート…デートぉぉ!?)
ようやく典明に言われたことを理解した歌織は、今度はあたふたし始めた。
「いや、でも、えっと…こんな状況でそんな…」
しどろもどろになりながらも、何とか言葉を紡ごうとする歌織。
そんな歌織を見て典明は吹き出した。
「あはははっ!そんなに慌てなくてもいいじゃないか」
「こんな大変な時なのに典明さんが変なこと言うからです!」
笑われて顔を赤くしながらも、歌織はしっかりと反論した。
「ごめんごめん。でも、こんな時だからこそ、お茶して一息ついてもいいと思うのだけど…」
笑い終わった典明はそう歌織に告げた。
(――こんな時だからこそ…ねぇ。じゃあ…)
「典明さん」
「何だい?」
「デート、しましょう」
「えっ?」
今度は典明が驚く番だった。
典明の驚く顔を見た歌織は、いたずらが成功したときのような笑顔を向けてもう一度言った。
「典明さん、私とデートしましょう」
今まで見たことのない歌織の笑顔に典明はドキッとした。
「あ、ああ…。」
典明は歌織から顔を逸らしながら相槌を打つのが精いっぱいだ。
そんな典明の様子を見て、一本取ったぜ!なんて思いながら、歌織はさらに続ける。
「能力のこと、相談したくて…」
歌織の言葉で落ち着きを取り戻した典明。
「それって、外でするとまずいと思うけど…」
能力を持っている者はいつ狙われるかわからない、それは歌織も知っている。
「わかっています。ちょっとした連想ゲームみたいな感じなら大丈夫じゃないかと思うんですけど…」
歌織はわかっているからこそ、敢えて「能力」という言葉を出さずに相談しようと考えていた。
「そうか。もし何かあっても僕と歌織の2人でいるから何とかなるかな。…あ、見えてきた」
見えてきた、という典明の言葉に疑問を抱いた歌織。
「そうですね。…って、ひょっとして典明さん、私が断っても無理やり連れてくるつもりでしたか…?」
「うん、そうだよ」
「えぇ…」
悪びれることなく答えた典明に歌織は呆気にとられた。
それと同時に、今までのやりとりは何だったのかと考えると苦笑いを浮かべるしかなかった。
典明が選んだカフェはおしゃれだった。
ほんのりレトロな雰囲気で、落ち着きもあるため歌織も気に入った。
「それで、僕はどうしたらいいんだい?」
ドリンクの注文を終え、早速典明が本題に入ろうとする。
「ええっと、影といえばどんなことが思いつきますか…?自分でも考えたんですけど
全然出てこなくて…」
影といえばどんなものが思いつくか、確かにこれなら歌織の事情を知らない人間が話を聞いても連想ゲームのようなただの雑談に思うだろう。
能力の話といいながらも、うまく誤魔化せるような話の内容に納得し、典明は考える。
「影…かぁ。そういえば、一緒にいる黒猫が影の中から出てきてたよね?あれって猫だけじゃなくて歌織もできないのかな?それができたら影から影へ瞬間移動みたいにできるんじゃないか?」
「なるほど…。確かに今まで読んだ漫画にもそういった使い方をしていたキャラはいた気がします。盲点でした」
歌織は自分で影を操ることができるということから、それだけに着目していたため気づかなかった。
「そうだね。歌織は漫画を読むのが好きなのかい?ならそういうところから想像してもいいと思うよ」
典明の言うことに納得した歌織も考え始める。
「そういえば影を扱うキャラの服装がやたらひらひらしてたけど、あれは手数を増やしてたってことなのかな。んー…影で何かの形を作ってそれを攻撃手段にするとか…?」
「影を操ることができるなら、無理に形を作らなくても影自身で攻撃することもできそうだね」
歌織が1人で考えているよりもたくさんの案が出てきた。
傍から見れば、漫画か何かのキャラクターの設定を考えているようにしか聞こえないだろう。
2人もそれがわかっているためどんどん話を進めていく。
ふと気づけば歌織の前に注文したカフェオレがあったため、それを一口飲み再び考える。
ふと顔をあげると、典明はブラックコーヒーを飲んでいる。
ただブラックコーヒーを飲んでいるだけなのに、典明の姿は様になっていた。
(――このイケメンめ…!)
考えながらも、しっかりと典明に対して悪態をついておく。心の中で。
「あとは影で武器を模して使ってもいいかもね。ナイフとか、銃とか」
ジト目で典明を見ていた歌織は、さらなる典明の提案でハッとする。
「それもいいですね!でも銃はきっと構造がわからないと使えないんだろうなぁ。あとは…んー、影分身…?」
「確かにそれも定番だね。はははっ、参考になったかい?」
急に笑い始める典明に歌織は不思議そうな顔をする。
「笑ってしまってすまない。真剣な話なのに、まるで漫画の話をするかのようで楽しくなってきちゃってね」
「確かにそうですね。典明さんに話してよかったです」
歌織も楽しかったのは事実なので、笑顔で答える。
「ああ、それはよかったよ。挑戦することも大事だけど、くれぐれも無理はしないようにね」
「き、気を付けます。…ふぅ、飲み終わったことですし、そろそろ行きます?」
「そうしようか。少し早いけど、ゆっくり駅に向かうとしよう」
2人は話を切り上げて席を立った。
会計を終え、先に外に出る歌織を見ながら典明は思う。
(――雅も歌織も凛も、僕が守らないと)
それぞれ能力を持っていて、決して弱くはないが、典明は最年長故に、共に行く仲間を守っていこうと決意した。
正確には凛の年齢は知らないが、おそらく同じくらいの年齢だろうと典明は思っている。
典明は正義感の強い男だ。
その強い正義感故に、自ら危ない橋を渡っていくのかもしれない。
「さ、行こう。雅も凛もだけど、歌織のことも頼りにしているからね」
歌織に追いついた典明はポンと歌織の肩を叩いて歩き始めた。
そんな2人を見つめる影が1つ…。
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