第13話 そして、物語は動き出す

「雅、明利ちゃんのこと言わないと…」


それぞれが名乗り終わった後、歌織が雅明に話しかけた。


「そうだったな。典、明利が…」


雅明の深刻そうな表情に典明の顔も曇る。


「容態は?」


「ああなってから今までで一番熱が上がってる。叔父さんに連絡したら、このまま熱が下がらないと…命の危険もあるそうだ」


「のんびりしている暇はない…ってことか」


容態を話す雅明も、それを聞いている典明も落ち込んでいるのは明らかだ。


「本当は情報が確かなものかを調べてから行きたかったけど、そうも言っていられないな。出発する準備をしよう」


「どこに?それに明利はどうするんだよ?」


「以前医者がいたという町にね。明利は叔父さんの病院に入院させてもらえないかかけあってみるよ」


「そういうわけだから、雅、歌織さん、凛さん、よろしく頼む」


典明の言葉に3人とも力強く頷いた。


「叔父さんには俺から連絡しておく。その間に俺たちが医者を探してる理由を凛に説明してやってくれ」


凛には先ほどの話でも「医者を探している」ことしか話していない。


雅明は行動を共にするなら自分たちの事情も話しておいたほうがいいと考えたのだ。


「ああ、そうだね。凛さん、今の会話で状況を察したかもしれないが、僕たちが医者を探しているのは、妹が理由だ。数週間前から体調を崩しているんだが、原因がわからなくてね…。治す方法がないか探していたら、どんな病気も治せる医者がいるという話を聞いてね、それで探しているんだ」


「そうか。お前たちの事情は分かった。だがその呼び方はどうにかならないのか?」


凛は典明たちの事情に納得はしたようだが、典明の凛の呼び方は気に入らないようだった。


「呼び捨てでかまわない。歌織、お前もな」


典明だけでなく、まだ凛の名前を呼んでいない歌織も言われてしまった。


「わかりました、凛」


なんとなく敬語が抜けない歌織。


「そんなに嫌なのかい?そこまで言うなら凛、と呼ばせてもらうけれど…」


男性が女性をいきなり名前で呼び捨てにされて嫌がるというのは聞くが、凛のようにさん付けを嫌がるなんて珍しいと典明は思った。


「ああ、嫌だな。俺は女扱いされたくないんだ」


凛の威圧するような言い方に典明も歌織も驚いた。


「何か理由があるのかい?」


「‥‥‥」


典明の問いかけに凛は答えない。


重くなりつつある空気。


それを追い払うかのように歌織が2人の間に入る。


「ま、まぁ2人とも…。典明さん、人のプライバシーに踏み込みすぎるのは良くないですよ。えっと…凛、話しても良いと思う日が来たら、その時は教えてくださいね」


「ああ。来たら、の話だがな」


協力してくれることになったが、凛にはまだまだ謎が多いようだ。


物語を読んでいるため、もちろん歌織は凛が嫌がる理由を知っている。


だがそれを歌織から典明に言うのは違うと思い、それ以上は何も言わなかった。




「明利の部屋、用意してもらえるってさ」


叔父との電話を終えた雅明がリビングに戻ってきた。


「ありがとう。明利には言ったのかい?」


雅明の言葉にお礼を言いつつ問いかける典明。


「いや、まだだ」


「じゃあ明利に話しに行かないと。歌織さん、凛、少し待っててくれ」


典明はそう言うと、雅明を連れて明利の部屋へ向かっていった。


リビングに残された歌織と凛は特別会話をするわけでもなく自由にしていた。




(――私は本当に役に立てるのかな…。)


これから物語が本格的に進んでいく。


そんな中で、歌織は自分がやっていけるかが心配だった。


行く手を阻むかのように次々と現れる能力者、危険な道中、歌織も能力を持っているとはいえ、いつ死んでもおかしくないような旅に出る。


今まで平凡に暮らしていた歌織にとっては、死は遠い世界のような話で、身近に体験することなどなかった。


そのため、死が急激に身近なものになった歌織の中では、死への恐怖心は高まっていく一方であった。


それによって歌織の思考はどんどんマイナス方向に進んでいった。


(――私が死んでしまったら?凛やロイ、典明さんを助けられなかったら?)


ネガティブな考えばかりが頭に浮かんできて抜け出せない。


そんなことばかり考えていたからか、いつの間にか歌織は蹲っていた。


一度こういう思考になると止まらなくなる。


歌織はまるで底なし沼にはまったかのようにその思考から抜け出せなくなってしまった。




「お前はどうしてここに?」


歌織が蹲って考え込んでからどれくらい経っただろうか。


突然の凛の声によって、歌織は顔を上げて凛を見た。


「あ…えっと‥‥、私、記憶がなくて。自分が通っていた学校も、自分の家の場所も、家族のことも思い出せないんです」


「…」


「たまたま雅と出会って、ちょっといろいろあったんですが…、記憶のない私を2人は家に置いてくれるって言ったんです。何もしないで家に置いてもらうのが申し訳なくて、何か手伝えることがないか聞いたら、医者探しを手伝ってほしいって。それでここにいるんです」


何も役に立てていないんですけどね、と苦笑いで話す歌織。


「悪いことを聞いたな…。すまない」


「いえ、気にしないでください。これも何かの縁だと思って前向きに考えているんです…け、ど…」


「…?」


前向きに考えていると言いながらも暗い様子の歌織を見て首をかしげる凛。


「私…能力があるってわかったのがほんの1週間前なんです。影を操れるんですが、どこまでできるのかまだわかってなくて…」


「なるほど…。できることは少ないにしても、自分が何をできるかはわかっているように見えたが」


「え、嘘…」


落ち込んでいた歌織は凛の言葉に驚いた。


「歌織が能力に気づいてからどれだけ何をしたかは、俺にはわからない。だがあの時、自分ができることがわかっていたから俺の動きを止められたんじゃないか?」


「そう…なのかな?でも…」


「少なくとも、俺にはお前が能力に気づいたばかりのひよっこには思えなかったぞ」


その言葉に歌織は心が救われたようだった。


「ありがとう…うれしい」


「お礼を言われるようなことを言ったつもりはない。喜ぶのも良いが、まず自分の能力を把握して使いこなせるようにする必要があるんだからな」


「うん、頑張ります」


凛の言葉をしっかり胸に刻み、自分の限界を、自分の能力で何ができるかをしっかり見極めていこうと歌織は思った。




2人の話が終わって少ししたら、典明と雅明がリビングに戻ってきた。


「お待たせ。それじゃあすぐに出発…といきたいところだけど、各自準備があると思う。僕が行先までの切符を手配しておくから、18時に凪野駅で落ち合おう。それでいいかい?」


典明はこれからの予定について3人に提案した。


「そうだな。バイト先にも話付けておかないといけねぇし。明利のことは典に任せていいか?」


意外にも雅明はバイトをしていた。


漫画を読んでいた歌織も、これには驚いた。


ちなみに典明もバイトをしている。


「ああ。雅はいろいろやることがあると思うから明利のことは任せてくれ。歌織さんは僕と一緒に行こう」


「はい、わかりました」


「凛はどうする?家に戻るかい?」


歌織の返事を確認した典明は凛に話しかける。


「そうだな。駅で合流させてもらう」


「それじゃあ18時に凪野駅で!」


典明の言葉に雅明は部屋に、凛は夕凪家を後にした。


歌織は特にすることがなかったため、典明に合わせて動けるようにその場に留まった。


そんな歌織を典明が見つめる。


「…?」


典明の様子に首をかしげる歌織。


「歌織さん、大丈夫だよ。君がいてくれたことで僕と雅は情報収集に専念できたんだ。それに、僕が帰ってきたとき凛の動きを止めていたのは歌織さんだろう?ちゃんと助けてくれてるじゃないか」


「え…?」


典明の言葉に歌織は固まった。


凛との会話が聞かれていたようだ。


恥ずかしさやら何やらでみるみる顔が赤くなっていく歌織。


「歌織さん、これからもよろしくね」


顔が赤くなっていく歌織にとどめを刺すかのように、典明は優しく微笑んだ。


そんな典明の微笑みを見た歌織はボフンッと音を立てて顔を真っ赤にした。


もはやゆでだこ状態だ。


漫画の女性ファンからもかなり人気がある、甘いマスクの典明に笑顔を向けられて照れないわけがなかった。


真っ赤になった歌織は、典明の言葉に答えようとするも恥ずかしさのあまり、言葉が出なかった。


「…名前」


歌織から辛うじて出た言葉はこれだけ。


しかも典明から顔を逸らしている。


「え…?」


その言葉を聞いた典明もキョトンとしている。


「だから、名前…。さん、いらない…です」


真っ赤になりながら目線だけを典明に向けてそう言う歌織。


そんな歌織の様子を見てさらに笑みをこぼした典明だった。

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