第9話 歌織の運命

「あの時はすまない。もう少し早く手を伸ばしていれば…」


典明は事故のことを気にしているようだった。


「いえ…。あの場で私を助けようとしてくれたのは典明さんだけでした。周りにいた人には目をそらされたり、スマホの画面を向けられて…。大げさですがあの時、世界から見放された気がしてすごく怖かったんです。だから典明さんの伸ばしてくれた手がうれしかった…」


歌織が典明のことを正義感が強いと思ったのは、あの場で唯一助けようとしてくれて、車が止まった後もすぐに声をかけてくれたからなのだ。




当たり前だが、生きている人はみな、自分の命は惜しいと思う。


助からないとわかっている人を、敢えて助けに行く人はほとんどいない。


仮に助かる可能性があったとしても、助けたことで自分の身が危なくなると考えると動ける人間は少ないだろう。


かといって、人が死ぬかもしれない場面でスマホの画面を向けている人間はさすがにどうかと思うのだが。


人見知りの歌織にとっては、死ぬかもしれないという時に、異様な好奇の目にさらされたことで、相当の恐怖があったのだろう。


「だから…ありがとうございました。手を伸ばしていただいて。すぐに声をかけてくださって」


歌織は素直にお礼の言葉を典明に告げた。


「君がそう思ってくれているなら僕も救われるよ。…まぁ、逃げないでくれれば尚良かったのだが…」


言っている本人は苦笑いだが、典明の言うことは最もである。


助けようとして手を伸ばし、車が止まった後、身を案じて声をかけた挙句、逃げられたのだから。


「えっと…、それはその…ごめんなさい…」


もちろん歌織に反論の余地はないため、おとなしく謝罪する。




ちなみに雅明は現在空気と化して、2人のやりとりを眺めている。


チャラ男のような不良のような見た目だが、雅明は頭の良い人間でちゃんと空気も読める良い奴である。


そんな雅明の様子に気づいた典明は話題を変える。


「悪いね、雅。仲間外れにしてしまって。訳ありって言っていたけど、歌織さんとはどんな話をしていたんだい?」


「仲間外れってガキじゃねぇんだから…。歌織の能力のことを聞いてたところだ。今日気づいたばかりで、まだあやふやなんだと」


典明の仲間外れ発言に呆れながらも雅明は答えた。




「そうは言うけど雅そういうの嫌うじゃないか。歌織さん、雅にも話したとは思うけど、僕にもどんな能力なのか教えてくれないか?」


呆れた様子の雅明にしっかり反論しつつも、歌織に話を振る典明。


「えっ!えっと…」


夕凪兄弟のやりとりを眺めていた歌織は、急に典明に話を振られて咄嗟に反応できなかった。


歌織の様子を見た雅明が簡潔に説明する。


「こいつの能力は影。今はいないけど黒猫が関係してるとか。んで、他にもいろいろ聞こうと思ってたら典が帰ってきたってわけ」


「黒猫?」


やはり典明も黒猫と聞いてぽかんとしている。


今度はちゃんと話を聞いていた歌織。


典明に見せるために頭の中で黒猫を呼ぶ。


「あ、この子です。」


先ほどと同様、床から生えてくるような形で黒猫が姿を現した。


黒猫は歌織にすり寄っている。




「雅にも話したんですけど、今朝からずっと一緒にいるんです。唐突に姿を消すんですけどね」


「なるほどね…。それで、その力でどんなことができるかは試したかい?能力を持っていると、いつ命を狙われるかはわからないから、自衛できる使い方を覚えておくといいよ」


典明の言うことにハッとする歌織。


この世界では能力を持っている者は狙われるということを、改めて突き付けられたのだ。


「いえ、まだ影と影をつなげることくらいしか…あとは自分の意志で動かせるとは思うんですけど…」


いつ命が狙われるかもわからないという事実に歌織は恐怖を抱いた。




(――これくらいで怖がってたらハッピーエンドどころか自分が早々に死ぬ気がする…。)


歌織が考えている間に典明と雅明は話を進めていた。


「雅、歌織さんの学校は聞いた?この辺では見ない制服だけど」


「いや、わからねぇらしい。ついでに自分の家族も思い出せないみたいだ」


「雅の言ってた訳ありっていうのはそういうことだったんだね。そう考えると、家の場所も覚えていない可能性は高いかな。学校へ行かないなら家へ送っていこうと思ったんだけど…」




典明と雅明は歌織の話をしているが、当の本人は蚊帳の外だ。


歌織は自分のことでいっぱいで、もちろんこの会話はすべて耳に入っていない。


正確に言えば耳には入ってはいるが、理解しないまま入ってきた耳とは反対の耳から出て行っている。


ちなみに2人は歌織も話を聞いていると思って進めている。


「まぁ無理だろうな。というかこの様子じゃ1人にしておくのも危ねぇ」


「じゃあここに居てもらおうか。僕たちもそのほうが安心だし。部屋も余ってるからさ」


年頃の娘を親がいない家に置いておくのはどうなんだと半ば呆れながらも、雅明は賛成するしかなかった。


「はぁ…。それしかないか。歌織、そういうことだからよろしくなー」


「…‥‥」


歌織は無反応だ。


俺無視されるようなことした!?と思いながらも雅明はもう一度歌織に声をかける。


「歌織ー。おーい。」


声をかけながら歌織の方に雅明が手を置いたことでようやく歌織が反応した。


「…。っえ、えっと…?」


「歌織さん、しばらくの間ここに居なよ。1人だと危ないからさ」


雅明に代わって典明が歌織に声をかけた。


雅明がそれに続ける。


「お前、自分の記憶が曖昧なんだろ?学校とか、家族のこととか。そんなんじゃこっちも学校や家に送っていけねぇし。このままお前追い出したらまた変なのに襲われるかもしれねぇだろ?」


歌織は2人のやり取りを聞いていなかったため話について行けないようだった。


(――どうしてこうなった!?)


訳がわからないなりにも歌織は断ろうとする。


「さすがにそれはまずいのでは…?」


「お前を1人にしておくほうがまずいだろ。…別にお前をどうこうしようとかこっちは思ってねぇし、体調崩してるとはいえ、妹がいるから女1人ってわけじゃねぇから安心しろ」


雅明はそう言う。


歌織に反論の余地はなかった。


この兄弟の中では歌織を家に置くことは決定事項なのだ。




ユウナギの世界に来て、主人公の弟に出会って、主人公宅にお邪魔した挙句、家に置いてもらえるなんてそんな都合のいいことがあるのだろうか。


歌織はそんなことを考えていた。


仮に置いてもらえるとして、何もしないで置いてもらうのには抵抗があった。


せめて何か役に立てることが何かないか頭の中で必死に考える。


…何も思い浮かばなかった。


家事でも手伝おうと思ったが、歌織は親元で17年間暮らしている。


親の手伝いはするが、自分がメインで動くことはまずない。


対して夕凪兄弟は、親を亡くしてからは自分たちで全部をこなして生活しているのだ。


手伝おうものなら返って邪魔になると考え、結果何も思い浮かばなかった。


大人しく自分の考えたことを2人に伝える。




「せめて何かお手伝いできることはありませんか?その…何もしないで置いてもらうのはさすがに申し訳ないというか…」


歌織はまだ知らない。


この言葉が歌織の運命を決めるものとなることを。




歌織のそんな申し出に典明と雅明は一瞬顔を見合わせた後、それぞれ考える。


何かを思いついたのか、2人が再び顔を合わせるのは同じタイミングだった。


真剣な目をして頷きあう2人。


そして典明はこう言った。


「じゃあ、人探しを手伝ってくれないかい?」


(――それって…!)




続けて典明はこう言った。


「妹のことは雅から聞いたかい?」


歌織は漫画を読んでいるので明利のことは知っているが、雅明からは何も聞いていない。


あの辛そうな姿を見ただけだ。


「いえ…体調が悪そうな姿を見ただけです」


「そうか…。妹の病気が原因不明でね、治療法が見つからないんだ。治療法がないか情報を集めていたらどんな病気も治せる医者がいるらしくてね。おそらく能力を持っている人だと思うんだけど‥‥僕たち、その医者を探しているんだ。それを手伝ってくれるとうれしいな」




ユウナギは、主人公の夕凪典明と弟の雅明が、謎の病気にかかった妹の明利を助けるために冒険に出る話である。


「どんな病気も治せる医者」というのは、明利の病気を治せる唯一の希望である。


その医者探しを手伝うことは、彼らの冒険に歌織もついて行くことになるだろう。


歌織は決めた。


「…わかりました。精いっぱい頑張ります」


(――本当は怖い。でも典明さんを助けることができるかもしれないんだ!)


ならば覚悟を決めてその道を進もうじゃないか、そう歌織は決心した。




「よろしくね」


「よろしくな」


歌織の言葉を聞いた典明と雅明は同時に言葉を発した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


歌織もしっかりと2人を見つめてそれに応えた。




こうして歌織の運命は決まった。


歌織が仲間になることで物語はどう変わっていくのだろうか。


歌織は典明を救えるのだろうか。


―――楽しませてね。歌織チャン♪




その答えはまだ誰にもわからない―――

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