第8話 夕凪家②

救急箱を元の場所に置きに行った雅明が戻ってきた。


手当てよりもこっちが本題なのだろう、歌織はそう考え少し緊張し始めた。


「あの公園でのことだけど、お前もなんか能力持ってるわけ?」


そう聞かれても、今日初めて起こったことなので歌織自身もよくわかっていないが、ありのままに答えることに決めた。




「そう…なんだけど。気づいたのは今日なの…」


正確には昨晩の夢で能力を与えられたのだが。


だがそれを雅明に言うのは抵抗があったため、今日気づいたということにした。


「今日!?じゃあ事故云々の話は?あのエセサラリーマンの言い方だと事故りかけて能力を使ったとかどうとか…」


雅明は事故の状況を知らないが、今日能力に気づいた人間がうまいこと能力を使って事故を防いだのが想像できなかったのだろう。


歌織の話を聞いた雅明は驚いていた。


「あれは正直なところ私もよく分かってなくて…。気づいたら車が止まっていて、周りに黒いモヤが見えたの。その時はまだ影っていうのはわからなかったけれど」


あの事故に関しては、迫りくる衝撃から逃げたくて目をそらしたため、どうやって車とぶつかるのを防いだのか歌織もよく分かっていなかったのだ。


「そうか、身の危険を感じたから無意識的に能力が発動したっぽいな。」


「そうみたい…」


「てか、未遂とはいえ事故があったのに何でお前公園にいたわけ?警察呼んでーとか、状況を説明してーとか必要だったんじゃねぇの?それとも全部終わってあそこにいたとか?」


雅明の質問に歌織は気まずそうに目を逸らす。


「あー………逃げた」


そう、歌織はパニックのあまりその場から逃げていたのである。


「逃げたぁ!?お前何やってんだよ!」


驚きのあまり声を荒げる雅明。


「だって!…事故もそうだし、朝からなんかおかしくて怖くなって…」


歌織は俯いて自分の胸の内を明かした。




「それに…人もいっぱいいたし、その中にいた正義感の強そうなお兄さんがいろいろしてくれそうだから大丈夫かなって…」


事故があった場所はそこそこに人通りもあったわけで。


歌織がいなくとも事故の状況が説明できそうな人はたくさんいたのだ。


正確に言えば、人が多かったことも歌織が逃げ出したかった理由の一つなのだが。


「まぁいいや。んで、逃げた先があの公園ってか」


これ以上事故のことに突っ込んでも意味がないと思ったのか、雅明はそのまま話を続ける。


「そう…。それで、事故のこととか考えてたら影が関係してるのかなって思って、ちょこっと試してた」


あの公園での時間がなければ未だに歌織は能力のことがわからないままだったかもしれない。


そこで歌織は思い出す。


「あれ、そういえば黒猫さんは?」


「猫?」


突然の話に雅明はぽかんとしている。


「そう、今朝からずっとそばにいるの。たまにいなくなるけど」


そう話しながら、歌織は例の黒猫がどこにいるのか考える。


すると突然猫は歌織の横に現れた。


「ねっ、猫が生えたぁ!?」


そう、床から生えてくるかのように現れた。


歌織は黒猫が影と関係しているとうすうす気づき始めたのでそれほど驚かなかった。


「あ、黒猫さん」


黒猫を呼び、抱き寄せる歌織。黒猫はおとなしい。


「え、生えてきた猫を抱っこしてる…。まぁいいや。じゃあその猫が影の能力と関係してると考えていいんだな」


動揺しつつも雅明が話の腰を折らないのは、頭が良い故に切り替えが早いからなのか、はたまた考えることを放棄したのか。


その真相は本人にしかわからない。




「そうだと思う。まだはっきりわかんないけど…」


そう歌織が話していたら、ガチャッと玄関のカギを開ける音がした。


「悪ぃ、ちょっと待っててくれ」


その音を聞いた雅明は腰を上げて玄関へと向かって行った。




玄関のほうから話し声が聞こえるが、自分には関係ないと思い、歌織はこれからどうするかを黒猫を抱いたまま考える。


(――あの男と対峙して本気で死ぬかと思った…。これがユウナギの世界、能力を持つものは狙われる、かぁ…。)


今まで平和に過ごしてきた歌織にとっては、あの男との出会いは衝撃だった。


今朝の一件を除けば、今まで事件にも事故にも巻き込まれたことはない。


そんな歌織にとっては死が身近に迫るのがこれほど怖いものだったとは思わなかったのだ。


「待たせたなー。兄貴が帰ってきたみたいだから連れてきた」


普通の学生であれば学校にいる時間帯。


雅明の、兄貴が帰ってきたという言葉に歌織は驚いていた。


リビングの入り口に顔を向けると、雅明に続いて優しそうな青年が入ってきた。


この優しそうな青年こそが、ユウナギの主人公であり、雅明と明利の兄である典明なのだ。


もちろん歌織は典明もよく知っていた。


だが、典明を見て歌織は目を見開く。


典明もまた、歌織を見て目を見開いた。




「あっ!あの時のお兄さん!?」


「あっ!あの時の女の子!」


ハモった。初対面のはずの歌織と典明が。


「え、なにお前ら知り合い?」


雅明は兄と歌織が同時に声をあげたことに驚きつつも、初対面ではなさそうな雰囲気の2人に問う。


だがそんな典明は雅明の問いかけをスルーして歌織に話しかける。


「あの時すぐどこかへ行ってしまったけど大丈夫だったかい?本当に怪我はしていないのか?何かモヤみたいなものが見えたけど君も能力を持っているのか?」


「え、あ、あの…」


勢いよく迫ってきた典明に肩をつかまれ前後に揺さぶられた。


歌織に抱っこされていた猫も驚いたようで、歌織の腕から逃げ出してそのまま姿を消した。


そのうえ質問攻め。


歌織はその勢いに押されて戸惑うことしかできない。


このままでは酔ってしまうと思い、雅明に視線で助けを求める。


「おーい典、ストップ。落ち着け。歌織が危ねぇ」


呆れつつも雅明は典明の肩に手を置いて暴走している典明を止めに入る。


雅明に止められたことでハッと我に返る典明。


典明が止まったのはいいが、まだ揺さぶられているような感覚が残っている歌織は少しぐったりしている。


「ああっ、すまない!大丈夫か?」


「い、いえ。大丈夫です。えっと……」


あなたのせいだけどねと歌織は思いつつも、一応大丈夫なことは伝える。




「僕は雅明の兄の夕凪典明と言います。君は?」


「私は五十嵐歌織と言います。いろいろあってお邪魔してます…」


お互い落ち着いたので自己紹介を済ませる。


「で?お前ら知り合いなの?」


その流れで先ほど典明にスルーされた質問をもう一度する雅明。


「あぁ、今朝事故があったんだけど、この子が車に引かれそうになったんだ」


典明の言葉に同意するようコクコクと頷く歌織。




「あぁ…そういうこと。歌織の言ってた正義感の強そうな男って典のことだったのか」


典明の言葉で納得した雅明。




典明がいた事故現場から逃げた歌織。


だが逃げた先では最終的に雅明に出会った。


事故現場に残ろうと、逃げて公園に行こうとも夕凪兄弟のどちらかと接触することは必然だったようだ。


これを運命と言わずしてなんというのか。




歌織自身は迷っているが、実はもう運命は決まっているのかもしれない…。

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