第7話 夕凪家①
「あれ…?雅兄…?」
歌織が玄関で靴を脱いでいると、雅明を呼ぶ女の子の声が聞こえた。
「ただいま、明利。起きてて大丈夫なのか?」
2人を出迎えたのは夕凪明利。
夕凪兄弟が旅にでるきっかけ、典明と雅明の妹だ。
「うん…ちょっとしんどいけど…鍵を開ける音が聞こえたから。えっと…そちらの人は?」
少しふらついている明利を見て、のこのこと家までついてきたことを申し訳なく思った歌織だが、お邪魔するのできちんと自己紹介はしておく。
「いきなりお邪魔してすみません。私、五十嵐歌織といいます」
「こちらこそこんな格好ですみません…。雅明の弟の夕凪明利と言います」
そう言う明利の格好はパジャマだ。
雅明が帰ってくるまで寝ていたのだろう。
「悪かったな、わざわざ出迎えさせちまって。部屋に戻って休んでていいぞ」
体調が悪い明利を気遣う雅明。
チャラ男にも不良にも見える彼は、存外妹思いのようだ。
「え…でもお客様…」
そして明利は、雅明の妹とは思えないくらい丁寧でしっかりしている。
「こっちでやるから大丈夫!こいつもちょっと訳ありみてぇだから話も聞きたい。何かあったら呼ぶようにするから」
「わかった。ありがとう雅兄」
どこまでも健気な妹である。
兄妹のやりとりを見て歌織にも笑みが浮かぶ。
「あ、救急箱の場所だけ教えてくれ。こいつ手当てするから」
「それならリビングの棚にあるよ。手伝おうか?」
やっぱり明利は健気だ。可愛い。
可愛くて健気、一家に一人欲しいとくだらないことを考えている歌織だった。
「大丈夫だって。ほら、お前は休んどけって、な?」
「わかったよ。もう、過保護なんだから…。歌織さん、何もおもてなしできないですがゆっくりしていってくださいね」
力なく笑う明利を見た歌織は、胸が締め付けられたような気がした。
「いえ…明利さんもこちらにお構いなくゆっくり休んでください」
歌織の言葉を聞いた明利は、軽く会釈をして部屋に戻っていった。
「とりあえず手当てすっか」
手当てのためにリビングに入り、雅明は明利に言われた場所から救急箱を取り出した。
「…ちゃんとできる…?」
救急箱の位置も把握していない雅明を見て、歌織はちゃんと手当てしてもらえるのか心配になった。
「はぁ?お前俺のことなんだと思ってんだよ。俺だって兄貴や妹が怪我したときくらい手当てしてるからな!」
「でも圧倒的に手当てしてもらってる回数のほうが多そう」
なんせこの見た目である。
その辺でしょっちゅう喧嘩しているといわれても違和感はない。
その言葉を聞いてギクッとする雅明、図星のようだ。
「でもさすがに片手で手当てするのは大変だから、お願い」
雅明の手当てがどうであれ、怪我の場所は腕なのだ。
片手で手当てするのはいささか不便である。
「お前なぁ…。まぁいいや。そこ座ってとりあえず袖まくってくれ」
ローテーブルの近くにあるクッションに座り、言われた通りに袖をまくる歌織。
シャツの破れている部分を見て、捨てるか当て布をしてまだ使うかと歌織は考えていた。
「いっ、た…!」
消毒液が傷口にしみた。
他ごとを考えていた歌織にとってはいきなりの痛みだったため、思わず声をあげてしまった。
「あーこりゃしみるだろうなぁ。もうちょっと我慢してくれ」
他人事のように(実際他人事なのだが)淡々と手当てを続ける雅明に不満を抱きながらも、歌織はおとなしくしていた。
傷の範囲は思いのほか広く、絆創膏には収まらなかったためにガーゼを使うことになった。
心配になったが手当てしてもらっている身なので、歌織はガーゼがぐしゃぐしゃにならないことを願うしかなかった。
「よっし終わり!これなら文句無ぇだろ」
「おぉ…!」
思いのほかきれいに手当てが終わったことに歌織は思わず感動してしまった。
「おぉ…!ってお前なぁ…」
道具を片付けながら、歌織の反応に不満そうな声をあげる雅明である。
「あはは…ごめんごめん。ありがとう。助かった」
しっかり手当てしてもらったので歌織も安心している。
歌織としてはこれ以上関わってもいいものか悩みどころなので、早いとこお暇したいのだがそうはいかない。
雅明に聞きたいことがあると言われているからだ。
おそらく能力のことだろう。
歌織はどうやって話せばいいのか迷っていた。
(――午前中だってのになんかもう…どっと疲れた…。)
思い出せない学校や家のこと、これからどうするのか、能力のことをどうやって雅明に話すか…。
歌織の悩みの種は増えていく一方だった。
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