第6話歌織、主人公宅に行く

事を済ませた雅明が歌織に近づいた。


「あんた、腕に擦り傷あるじゃねぇか」


えっ、と声を発し、歌織は自分の姿を見下ろした。


「あれ、本当ですね。いつ……あ、あの時か」


気付かなかった自分の傷に関して疑問に思うも、すぐに答えは見つかった。


身体強化したあの男のこぶしを、ギリギリのところで躱した時の傷だった。


しっかりと避けたつもりだったが、どうやら腕をかすっていたようだ。


擦り傷なのでそれほどひどくはないが、血がにじんでいるためやはり目立つ。


だが当の本人は、先ほどまでは気が張り詰めていたためか、痛みを感じなかった。


「っ…地味に痛いな」


だが雅明に指摘されたことにより、傷を確認したらじわじわ痛みが広がってきたようだ。


「あー…っと、半ば俺のゴタゴタに巻き込んだようなもんだし、手当てしてやるから家に来いよ」


「お気持ちはありがたいのですが…学校は…」


歌織にとっては、物語のキャラクターと深く関わっていいものか考えモノである。


ここがユウナギの世界であることは確実だが、歌織自身、メインキャラの1人である雅明と出会ってしまったことで、これからどうすべきかを決めかねているのだ。


そのため、遅刻が決定しているがとっさに断る口実を作ろうとした。


「1日くらいサボったって大丈夫だろ。ていうかその制服、この辺じゃ見覚えねぇけどどこなんだ?」


だが彼はそんなこと気にしなかった!




(――そりゃあ、頭良い人は1日くらい学校休んだところで大したことはないだろうけどさ!)


漫画の中で雅明は頭が良い設定だったことを思い出し、心の中で悪態をつきながらも聞かれたことに答えようとした。


「あぁ、学校は………」


自分が通っている学校名を言おうとしたのだが、なぜか言葉が出てこない。


「えっ…なんで覚えてないの…!」


それどころか学校名すら頭の中に出てこない。


歌織のそんな呟きを拾った雅明は疑問を抱いたが、大したことではないと思い、手当てを優先するために家への道を急ごうとする。


「まぁあんたの学校はとりあえずいいや。早く行くぞ。いつまでもその傷放置するわけにもいかねぇだろ?」


「そうですね…ではお言葉に甘えて…」


自分が通っていた学校の名前も思い出せない状況、ほかにも何か弊害があるかもしれないと踏んだ歌織は下手に動くよりも雅明についていくほうが安全だと考えた。


「よし、決定。こっちだ」


歩き出す雅明に歌織はおとなしくついていった。




「ほんとに悪ぃな。アイツ俺に喧嘩吹っ掛けてきたから、ちょっと反撃したら逃げ出しちまって。まさかあんたに狙いを変えて襲い掛かるとはな」


道中の会話に困っていた歌織を助けるかのように雅明は申し訳なさそうに話し出した。


「い、いえ…むしろあの時来ていただかなかったら私…」


雅明があの時来なかったら歌織は確実に殺されていただろう。


もしそうでないとしても心身ボロボロの状態にはなっていたはずだ。


あの男の嫌な笑み、大きくなる体、迫ってくるこぶし、思い出すだけでも歌織の体が震える。


体の震えを誤魔化すように歌織は自分自身をかき抱く。




「でもアイツ、あんたを狙ったっていうことは…そういうことなのか」


言葉にはしないが、雅明が言いたいのは『能力を持っているのか』ということだろう。


探るような視線が歌織を貫く。


目は口程に物を言うとはよく言ったものだ。


戸惑いながらも頷く歌織。


「まっ、それについても手当てしながらでいいから教えてくれよ。これも何かの縁だろーし」


なんか訳ありみてーだしな、とできるだけ暗くならないように軽い口調で話す雅明。


「そう…ですね。とはいえ、私もまだ半信半疑なので…」


歌織も雅明の軽い口調に乗るように少しだけ笑みを浮かべる。


それでもまだ先ほどの恐怖や、学校が思い出せない不安は歌織の中で渦巻いているのだが。


「型っ苦しいなぁ。あんたいくつ?そんな俺と歳変わらないような気がするけど」


「あ、今年17歳になります。」


型っ苦しいと言われてもなんとなく敬語が抜けない歌織。




今更だが歌織は人見知りだった。


慣れるとだんだん砕けてくるタイプで、それまでは相手と仲良くしようにも、どうもよそよそしくなってしまうのだ。


(ちなみに慣れてくると幼馴染のように扱いが雑になることもある)


「へぇ、俺も今年17だよ。同い年なんだからそんな敬語使われても気持ち悪ぃよ」


「いや…でも…」


人見知りの歌織にとっては初対面(一方的には知っているが)の相手に敬語を外すのは至難の業だ。


「俺のこんなナリ見て敬語使うような相手に見えるかぁ?」


「えっ!?い、いやぁ…」


答えづらくて目を反らす歌織だが、その反応で『敬語を使う相手ではない』と言っているようなものだ。


金髪にも見える明るい髪、着崩した制服と、良く言ってチャラ男、悪く言うと不良。


あまり良い印象を与えないのは確かだ。


「そこ否定しろよ!?」


自分で言っておきながら若干ショックを受けている雅明。


でもそのあとすぐにプッと吹き出して笑い出した。


それにつられた歌織も笑いだす。




ひとしきり笑った後、雅明が思い出したかのように話し出す。


「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は夕凪雅明だ。まぁ気軽に呼んでくれ」


知ってますと思いながら、歌織も自己紹介をする。


「私は五十嵐歌織です。私も呼びやすいように呼んでもらって大丈夫…です」


「あんなこと言っておきながら敬語は抜けねぇのな」


「ぐぬぅ…ひ、人見知りなもので…」


「まぁいいけど。お前がいいなら歌織って呼ばせてもらうわ。『いがらし』って呼ぶの長ぇし」


3文字も4文字も大して変わらないのでは…と思いつつ、歌織も雅明の呼び方を考える。


「んー…雅明、くん…雅明…雅くん?」


「くん付けはやめてくれ。なんか慣れねぇ」


「じゃあ雅?でいい…かな?」


「おう。なんか兄妹以外にそう呼ばれるの新鮮だわ」


そういえば夕凪兄や妹からはそう呼ばれていたなと思いつつ、話に乗っかる歌織。


「へぇ…兄妹いるんで…じゃなくて、いるの?」


人見知りの歌織がなんとか敬語を外そうと奮闘したらこのザマである。先は長い。


雅明も歌織が敬語を外そうと頑張っているのを察して、そこに触れないでそのまま話を続ける。


「そうそう。1つ上に兄貴がいて、2つ下に妹がいる、んだけど…」


だんだん言葉が尻すぼみになっていったが、すぐになんでもない、と言って言いかけた言葉をなかったことにする。




(――ああ。もう妹さんが倒れた後なんだっけ。)


そう、雅明があの『エセサラリーマン』と戦う前に妹は病気で倒れているのだ。


歌織は物語の流れを思い出し、深く追求せず自分の話をしようとする。


「いいなぁ、兄妹。私、一人っ子だった、か、ら…?」


(――あれ?私本当に一人っ子だっけ?家族も思い出せなくなってる!)


「え、学校だけじゃなくてまさか家族も思い出せないの?」


「う、うん…そうみたい。なんかごめん」


なんとも言えない空気になってしまい、思わず謝ってしまう歌織だった。




「まぁそのうち思い出すんじゃねーの?あのエセサラリーマン、お前が事故がどうとか言ってたし。そのショックで一時的に記憶が飛んでるとかありそうじゃねぇ?」


雅明の励ましにちょっとだけ心が軽くなった歌織だった。


「はい、とうちゃーく!ここが俺ん家」


そんなこんなで夕凪家に到着したのだった。


2階建ての比較的シンプルな家。


その外観は漫画で見たままだった。


到着したはいいがやはり歌織は家に入るのには抵抗があるようだ。


だから歌織は言ってしまった。言ってはならないことを。


「あ、あの!親御さんとか大丈夫…?」


家の扉を開けようとしていた雅明が固まる。


「…あー…」


雅明の鈍い反応が返ってきたことで、歌織は失言をしてしまったと気づく。


「あの、えと…」


雅明の鈍い反応につられるかのように、歌織も言葉が出てこなかった。


「俺ん家、両親いねぇんだわ。ちょっとわけありでな」


雅明は苦笑いでそう答えた。




そう、夕凪家は両親がいないのである。


母親は病気で亡くなり、父親は殺されているのだ。


両親がいない夕凪家だが、典明、雅明、明利の3兄妹で協力し合いながら生活している。


「あの、ごめんなさい…」


失言をしてしまったと気づいた歌織は謝ることしかできなかった。


「いやいや、こっちこそ悪ぃ。もうだいぶ前のことなんだが、どうしても親の話になると暗くなっちまうんだわ」


2人の間になんとも言えない空気が流れる。


「とりあえず入れよ。手当てしなきゃな」


家の鍵を開け、扉を引いた雅明が歌織を招き入れる。


「そう…だね。手当て、よろしくお願いします」


「おう!任せとけ!」


お互いが無理やり気まずい空気を変えようとしていた。




こうして歌織はユウナギの主人公の家にお邪魔したのであった。

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