第5話偶然か、それとも必然か

歌織と男以外誰もいない公園に、第三者の声が響いた。




思わず公園の入り口を見る歌織と男。


その隙に男から距離をとるのも忘れない歌織。


影になってその顔はまだ見えない。


(――ていうか、エセサラリーマン‥‥ひょっとして。)




『エセサラリーマン』という単語に聞き覚えがある歌織。


男の姿をよく見てみる。


制服を着崩したような格好、ボサボサのようでちゃんとセットしてある金に近い茶色の髪。


(――夕凪雅明!)


そう、現れたのは夕凪雅明、ユウナギの主役メンバーの一人である。




「てめぇもしつけぇんだよクソガキ!」


「何言ってんだよ。お前が最初に喧嘩吹っ掛けてきたんだろ?俺が能力持ちってわかっててさぁ」


「黙れ!」


「俺さぁ、自分の命を狙ってきた奴を逃がしてやるほど甘かねぇんだわ。しかも女の子襲っちゃってよぉ」


「黙れ!こっちはお前の代わりに始末できる奴を見つけたってぇのに!」


「代わり…?」


どういう意味か分からずオウム返しする雅明。


「そうだ!たまたまお前から逃げてる最中にコイツを見つけてよぉ!ただの事故かと思ったら無傷なわけ。そうなると能力を持っててもおかしくないって思ったわけよ。俺様頭良いー!」


頭良いとか自分で言っておきながらこのざまである。




「へぇ、だけどその女の子も始末できず、俺にも追いつかれちゃったわけだ。残念だったな」


当然そこに雅明が突っ込まないわけがない。


結論、この男は頭が良くないのだ。いや、単細胞というべきか。


その拍子に雅明に煽られてこの様子である。


「うるせぇ!こうなったらお前から先に始末してやるよクソガキ!!」


「お兄さん危ない!」




標的を歌織から雅明に変える男。


「おーいそこの女子高生ー!危ないからかがんでろよなー!」


慌てることなく放たれたその言葉に驚くも、言われた通りにかがむ歌織。


するとどこからともなく木の幹が歌織の頭上を走っていった。




(――これが夕凪弟の能力…。)


漫画の中でしか見ることができない光景に歌織は目を奪われていた。


「こんな木なんてどうってことねぇ!」


吠える男。


「…バカだなぁ。いや、俺に追われてこんな”植物”が多い公園に逃げ込んでる時点でバカか」


男は自身に向かってくる木の幹を殴ろうとした。


その瞬間男の足元から伸びてくる無数の草が男の視界を覆った。


「なっなんだこれは!?」


無数の草が男の視界を遮ったのは一瞬だった。


だがその隙に、木の幹は抵抗できないようにと男の体に絡みついた。


男の視界がが晴れた頃には身動きがとれない状態になっていたのだ。


「はい終了っと。女子高生、怪我はないか?」


難なく男の動きを封じた雅明は歌織に声をかける。


「ええ、まぁ…一応」


「おう、そうか。なら悪ぃがもうちょっと待っててくれ」




歌織の安否を確認し終わった雅明は男に近づいていく。


「なぁ、エセサラリーマンさんよ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」


「ひっ…!くっ来るな!こっちに近づくな!!」


すっかりおびえた調子の男に雅明は問いかける。


「俺らさぁ、どんな病気も治せる医者ってのを探してるんだけど、何か知らない?ちょっとの情報でもいいんだけど」


「ハァ?んなもん知るかよ!」


怯えてるかと思って雅明が冷静に質問したら、まだまだ男は元気があるようで。


男は声を荒げて雅明に突っかかる。




「本当かぁ?嘘だったらもっと締め上げるぞ」


「調子に乗ってるのも今の内だぞクソガキ!こんな植物ごとき俺の身体強化で…!」


「そ?ならやってみれば?」


どこまでも余裕な表情を崩さない雅明。


むしろちょっとニヤけているようにも見えるから、この状況を楽しんでるのかもしれない。


男の身体強化の恐ろしさを目にした歌織は、警戒しながらも怯えているようだ。


「あ、あの…そんなにその人を煽ったらまずいのでは…?」




メキメキ…と男に絡みついている木が軋む音がする。


「ほらあ!やっぱり…!」


焦る歌織とは対照的に落ち着いている雅明。


「お、すごいじゃんエセサラリーマン。でもまぁそれも無駄な徒労に終わるんだけどねぇ」


「舐めた口ききやがって…!」


雅明はあくまで煽っていくスタイルを崩さない。


そんな雅明を見てさらに怒り狂う男。


身体強化で木から脱出しようとしてさらに膨れ上がる木。


正確には膨れ上がっているのは男なのだが、膨れ上がる様子は彼の怒り具合を表しているようにも見える。




「あー、さすがにちょっとまずいかぁ」


そんなことを雅明がつぶやいたと同時に木のきしむ音がなくなった。


「ぐっ…このガキ…!」


先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、男のうめき声しか聞こえなくなった。


「木の成長速度を速めたからね。幹は太く丈夫になるし、あんたがどれだけ頑張って身体強化しようと無駄。木には勝てないってわけ」


そう言い放つと再度男に問いかける。


「ねぇ、本当に知らない?」


「知らねぇつってんだろ!このクソガキが!!」


身動きがとれないという絶体絶命の状況にも関わらず、吠える男に対して歌織はある意味称賛を贈りたくなった。


「はぁ…あんたと話すんの疲れるわ。じゃあな、エセサラリーマンさんよ」


男に絡みついていた木はどんどん成長していき、男の姿は見えなくなった。




(――実際に聞くと相当嫌な音だ…。)


木の成長とともに聞こえたナニカが折れる音、つぶれる音、苦しさのあまり声にならない声。


一瞬にして男の命が消えた。


そしてそこにあるのは男の姿ではなく、1本の木だった。


そう、一瞬だったため、歌織に耳をふさぐ暇はなく、今まで聞いたことのないグロテスクな音を聞いてしまった。


事が終わったというにも関わらず、歌織はまだ耳の奥でその嫌な音が鳴っている気がした。


いつまでもこの音に苦しめられているわけにもいかないと思い、顔を左右に振ることで無理やりその音を振り払った。




歌織は改めて公園内を見渡す。


(――そうか。ここは夕凪弟が今の男を倒した場所だったのか…。)


今更になって漫画のとあるシーンを思い出した歌織であった。




歌織が能力に気づくきっかけになったあの事故。


そしてその現場から逃げた先が、物語の中で夕凪雅明が敵を倒した場所だった。


これは偶然か必然か。


偶然も3度重ねれば必然、もしくは運命とも考えられる。




歌織の昨晩の夢、事故、そして逃げた先の公園。


そして逃げた先で出会った物語「ユウナギ」のキャラクター。


これで条件は揃った。


あとは歌織自身が今後の運命を決めることになる。

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