第4話違和感の正体
公園を見渡す歌織の正面から近づく一つの影。
「やっと見つけた。さっきは大丈夫だったかい?」
決して品が良いとは言えない笑みを浮かべながら、一人の男が声をかけてきた。
「だ、誰…?」
警戒し立ち上がる歌織。
「そんなに構えないでくれよ。さっき君が事故に巻き込まれそうになったのを見たんだ。思わず心配になって走って追いかけてきたんだ」
(――心配だからってそこまでしなくても…。ていうか怪しすぎる。)
そう考え歌織はじっと男を見る。
ぱっと見は好青年に見えなくもない。
スーツも着ていて、ヘアスタイルもきっちり整えていたようだ。
よほど全力疾走したのか整えていたと思われるヘアスタイルは乱れているが。
まだ完全に息も整っておらず、汗をかいている男性。
その男性に違和感を覚える歌織。
(――待って。私足は速いほうだけど、それも女子の中でってだけ。成人男性が全力疾走しなければ追いつけないほど速くない…。)
となると、歌織以外の何かを追いかけていたところか、もしくは何かから逃げていたか…。
歌織はふと幼馴染の樹とした会話を思い出した。
――「誰にも迷惑をかけないで旅をしてるのに何で主人公たちは襲われてんの?」
――「あー。能力者ってことが特別だから全然知らない奴にも狙われるんだと」
――「そんなん使ってる姿見られなかったらわかんないじゃん」
――「裏の社会ではそのあたりの情報が集まってんだよ。だから大体命を狙うのは裏の人間」
(――まさか。)
嫌な汗が頬を伝う。
この影の力をもらった意味、自分の強い思い、もしこれがその世界なら‥‥。
歌織は胸の前で両こぶしを握り、よく漫画などで見かけるようなファイティングポーズをとる。
「君の存在は知らないけど…あの時君の周りに黒いモヤがあったよねぇ。ってことはそう言うことだ!」
(――やっぱり!)
この状況から必死に抜け出す方法を考える歌織。
あいにく公園の出口は男の後ろ、素直に通してくれるわけがない。
「サクッと終わらせて報告に行きたいところだが…女子高生か、どうせ死ぬんだ。味見くらい許されるよなァァ!!」
歌織に向かって走り出す男。
先ほどよりもなんとなく体が大きくなっているように見える。
すぐ後ろのベンチの背もたれ手をかけ飛び越える歌織。
居場所はバレバレだが一瞬の隙をつけるのではないかと考えての行動だ。
「隠れたところでお前がそこにいるのはわかってるんだ。かくれんぼのつもりか?」
(――居場所がバレてるのにかくれんぼなんかしないわ!)
心の中で男へのツッコミを入れる。
だがこの行動のおかげで男は余裕を見せている。
歌織がベンチ裏に隠れてからはゆっくり歩いてベンチに近づいている。
「今出てくるなら痛い思いはしないで済むぜ。お嬢ちゃんよォ」
(――右か、左…どちらから出るか。…いや、その必要はない、か…?)
歌織のすぐ近くに黒猫はいる。ならばやるしかない。
(――力を貸して黒猫さん。)
そう願いながら立ち上がる歌織。
「へぇ、意外と聞き分けのいい子じゃないか」
「何を言っているの?痛いのが嫌だからってあなたの好きにさせるわけないじゃない」
あくまで冷静を装う歌織。
ベンチの影が少しずつ男へ伸びている。
「じゃあ何か?俺とやりあうっていうのか?仮に武術を嗜んでいたとしても、その体じゃあ大したことないだろうなァ」
(――ムカつく。人が気にしてることを。)
確かに歌織は武道もできた。
とはいっても柔道部や剣道部の助っ人程度だが。
「さあ?どうだろうね」
あくまで冷静に歌織は答える。
男に気づかれないようにベンチの影を見る。
歌織が立ち上がってからは男は迫ってこない。
警戒しているのだろうか。
警戒していようがいまいが歌織には関係ない。
あと少しでベンチの影が男の影に重なるのだから。
そうなったら男の動きを封じて逃げるチャンスが作れる。
(――あと10センチ…5センチ…1センチ…つながった!)
ベンチの影が男の影につながった瞬間、左に走って男と距離をとる歌織。
それにすぐさま反応した男は歌織に近づくために動いた。
いや、動こうとしたのだが動けなかったのだ。
男はようやく気付く。
歌織が影を操り、ベンチの影と自分の影が結びつけていたことに。
「て、めぇ…!」
「よかった。あなたが私とのおしゃべりを楽しんでくれたおかげで成功した」
「このガキ…」
「この場合はあなたにお礼を言うべきかな?『鈍感でありがとう』なんてね」
もちろんそばにいる黒猫にお礼を言うのも忘れない。
男の動きを止めることに成功した歌織は少し余裕が出てきた。
対して動きを止められた男は怒りに震えている。
「許さん…ガキのくせに…!」
「そういわれても‥‥もともと吹っ掛けてきたのはそっちでしょうに」
「黙れ!せっかく優しくしてやったのに!こうなったらグチャグチャのメチャメチャにしてやるわ!」
「…もうちょっと表現方法ないのかしら…グチャグチャのメチャメチャって…」
急に語彙力に乏しくなった男の発言に思わず呆れる歌織であった。
「うるせぇ!こちとらガキに追い回されてムシャクシャしてんだ!お前で発散させろ!!」
「私はあなたの発散道具じゃないのだけど……!?」
先ほどよりも体が大きくなる男に歌織は驚く。
だがそれだけではない。
体が大きくなったとはいえ、動けないはずの男が力任せに動こうとしているのだ。
「嘘でしょ!?ベンチの影に縫い付けているのに…」
「残念だったなぁ、ガキ。俺の能力が身体強化じゃなけりゃお前は逃げきれただろうなぁ」
ブチッとどこからそんな音が聞こえた。
男の足元の影はもうベンチとはつながっていなかった。
先ほどの音は影が千切れた音だろうか、もしくは影をちぎろうとして男の身体が悲鳴を上げた音、あるいはその両方か。
当事者である歌織と男もわかっていない。
歌織のそばにいる黒猫もさすがに驚いたようだった。
(――さすがにこれはやばいなぁ。)
相手が一気に優勢になったことで歌織は冷や汗をかいていた。
「さあ…どうするメスガキ。戦うか?逃げるか?」
「おとなしく逃がしてほしいんだけどなぁ…」
思わずつぶやく歌織。
「まぁ、どっちみちお前はここで俺に負けるんだがなぁぁ!!」
こぶしを掲げて向かってくる男。
身体強化の能力の元、強化された体で殴られたら歌織の体は簡単に吹っ飛ぶだろう。
そうなったらもう終わりだ。
男の言った通りグチャグチャのメチャメチャにされてしまう。
(――戦えなくてもなんとか避けなくちゃ!)
歌織は相手の隙を見て、逃げる方法を考えることにした。
(――怖がるな。相手を見ろ。攻撃を避ける瞬間を見逃すな…。)
歌織の胴体を狙う男の右手、動かない歌織。
「もらったぁぁぁ!!」
男の右手のこぶしが歌織に当たりそうになった瞬間、歌織は左後方へ飛んだ。
「あ、っぶな…」
(――次に備えて距離をとらないと。)
後方に飛んだとはいえ、女子高生の脚力はたかが知れている。
男のが歌織のほうを振り向いた。
ギロリ、と獲物を狩るかのような目が歌織を捕らえた。
「よーやく見つけたぜ。このエセサラリーマンが!」
偶然か否か、第三者の声が突如公園に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます