第3話とある女子高生の違和感
「ん…朝かぁ」
目を覚ました歌織。
いつもと変わらない日常。
当たり前のように学校へ行く準備をしようとしていた。
だがいつもと違うことがあった。
それは、夢の中で見た黒猫がそばにいるのである。
(可愛い!昨日の子だ!)
夢の中では張り詰めた空気からあまり余裕がなかったが、歌織は大の猫好きである。
街中で猫を見かければとりあえずスマホで写真を撮る。
猫が逃げなければゆっくりと近づく。
だいたいの猫は近づいていくと逃げるのだが、たまに触らせてくれる猫もいる。
その時のテンションといえばまさに天国!
家で猫を飼えない歌織にとっては、街中で見かける猫が癒しなのである。
ちなみに猫カフェはとてもじゃないが高校生にとっては高いので断念している。
一度行ったことがあるが、猫たちと同じ空間で過ごすことができることに幸せを感じ、延長に延長を重ねてお金を使いすぎてしまった過去がある。
つまるところ、彼女は猫が大好きなのだ。
「おはよう。キミ、触ってもいいかい?」
そう猫に問えば、イエスと言わんばかりに歌織の脚にすり寄ってきた。
「ああもう可愛い!毛並みキレイ!もふもふ!朝から幸せやー!」
夢の中に出てきた猫が自分の部屋にいることに警戒もせずのんきである。
ニーハイソックスに猫の毛がついてしまったがまあ仕方がない。
この子が可愛いから仕方がない。
そう考えながらもいつも通りに朝食をとり、親にいってきますと声をかけ、家を出た。
(――何、これ…。)
いつもと同じ景色、何も変わりないのだが、突如歌織を襲う違和感。
振り返ってもちゃんと自分の家がある、何もおかしくはない。
謎の違和感に戸惑っているとはいえ、いつまでも家の前にいるのもどうかと思い、学校に向かって歩き出す。
1年と半年近く通って入れば、自然と足は学校に向かうもので、歌織は昨晩の夢について考えながら足を進めていく。
(――「僕を楽しませて」、「君にあげる」、「わたしにしかできない」、「強い思い」って何だ?)
直接脳内に語り掛けられたような声を思い出す。
(――あとは…。)
自分と一緒に歩いている黒猫。
「やたら影について聞いてきたな…影がなんか関係しているのか?」
黒猫を見るも反応しない。
そんな時―――
「あっ、危ない!!」
どこからか聞こえる悲鳴にも似たような声。
横断歩道を渡っている歌織がふと顔をあげると、すぐそこまで車が近づいていた。
――嘘でしょ!?
とっさに周りを見る。
横断歩道の信号は青だ、自分は信号無視をしていないことは間違いない。
なのに、自分の周りは誰もいない。
車の動きに異変を感じ、皆急いで横断歩道を渡ったか、はたまた車が過ぎるのを待っているかと考えられる。
(――ダメ!間に合わない!)
急いで走り始めるも車はすぐそこ。
前から手を伸ばしてくれている人がいるが間に合わないだろう。
衝突は免れない。
万が一免れたとしても車の勢いで倒されることは確実だ。
歌織も周りの歩行者もこれから起こる飛散な光景に備えて目をそらした。
「……?え、あれ…?」
いつまでもやってこない衝撃に疑問を抱きながら車のほうを見た。
目と鼻の先の距離にある。
急ブレーキでも間に合わないくらい、とんでもないスピードが出ていたのになぜか止まっている。
そして、歌織の視界になんとなく映る黒いモヤ。
「君!大丈夫か!!」
同世代くらいの男性に声をかけられ歩道まで手を引かれる。
「え、あ、あの…」
「もう大丈夫だよ。ぶつかると思っていたのにギリギリで止まれたなんて奇跡だね。君は運がよかったようだ」
男性は歌織が事故に巻き込まれかけてまだ動揺していると思い、落ち着かせようと話しかける。
歩道にたどり着いたら他の数人にも「大丈夫か」とか「怪我はないか」とか温かい言葉をかけられた。
(――違う、違うの。奇跡なんかじゃないの。)
だけど歌織にはそう言いだす勇気なんてなかった。
何しろ自分でもまだ頭の中が整理できていないのだ。
「あの、えっと…学校に遅れてしまうので…ごめんなさい!」
事故に巻き込まれかけたのだ、運転手が明らかにおかしかったのを何人も見ている。
本当ならば、警察を呼んで事故直前の様子を話すべきなのだろうが、歌織にはそんな余裕はなかった。
警察への説明やらなんやらはあの正義感の強そうな男性がしてくれるだろう。
ならば自分は逃げるだけだ、歌織はそう考えた。
「えっ!?ちょっと君、せめて名前か親御さんの連絡先…」
男性が必死に歌織を呼び止めようとしているが、この場から逃げたい一心の歌織はどんどん遠ざかっていく。
(――ごめんなさい。でもそんな余裕はないの。)
心の中で歩道に連れ出してくれた男性に謝罪する。
走り続けた先に公園が見えた。
人もいないし、ベンチもあるので歌織はそこでいったん休むことにした。
ベンチに掛けた歌織の横に飛び乗る黒い物体。
にゃー。
事故に巻き込まれそうになった時から見失っていた黒猫が隣にいた。
事故直後に見えた黒いモヤ、夢の中にも黒いモヤがあった。
夢の中に出てきた黒猫が朝起きたときからそばにいる。
「僕を楽しませて」、「君にあげる」と確かに夢ではそう言われた歌織。
「…ひょっとしてキミがそうなの?」
そう隣にいる黒猫に問いかける。
黒猫は答えない。
(――だよなぁ。猫と会話できるわけないよなぁ。アホか自分は。)
でも可能性はこの黒猫と黒いモヤ。
歌織はそうとしか考えられなかった。
(――影、かぁ。)
自分の思い通りに動いたりして、なんて考えた歌織は自分の足元の影を見た。
「え!?」
思わず立ち上がる歌織。
想像した通りに影が動いていたのだ!
我に返ってベンチに座りなおす歌織。
歌織がようやく答えにたどり着いたことを察した黒猫はなんとも言えない顔で彼女を見ていた。
―――本当にこの子で大丈夫なのだろうか…。ひょっとして人選ミス?
歌織が夢の中で聞いたような声がどこからともなく聞こえた気がした。
「もう一度…」
再度影が自分の思うように動くかチャレンジ。
すぐ横の黒猫のシルエットを想像する歌織。
すると歌織の足元の影の一部が伸び、黒猫のシルエットを映し出した!
(――本当に…?だってこれじゃあまるで…。)
ユウナギの世界に出てくる能力みたいじゃないか、と。
信じられないと思いながら他にも思考を巡らせていく。
(――そういえばさっきの正義感の強そうな男性、なんか見覚えあるような気がしたんだよなぁ。ほとんど顔は見えてないけれど。)
「…っていうか学校!完全に遅刻じゃん!!ていうかここどこだよ!?」
思い出したかのように左手につけている腕時計を確認する。
時刻は8時半。自分のいる場所が学校の近くかもわからない。
どう頑張っても遅刻だ。
学校に遅刻してしまうという焦りから自分の居場所が分からなくなった歌織。
改めて公園とその周りの景色を見た。
「こんな公園あったっけ?見覚えあるような気もするんだけど…」
歌織は必死に記憶をたどって考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます