第2話真っ白な世界で

―――ふと目を開けたら真っ白な世界だった。


あたりを見渡しても何もない。


目の前に1匹の黒猫がいるだけだった。


「キミ、こんなところでどうしたの?」


当然黒猫は答えない。


ただじっと歌織を見定めるかのように見つめている。


そしてしばらく歌織を見つめたのち、身を翻して歩き始めた。


それだけ。


たったそれだけだった。




別に猫がついてこいなどと態度で示しているわけでもない。


でもなぜか歌織はこの黒猫についていかねばならないという使命感に襲われた。


猫は歌織のほうを振り向くことなく淡々と歩いていく。


なんとなく緊張感を抱えながら、歌織も後をついていく。




黒猫が立ち止まった。


目的地についたかのように凛とした佇まいでおとなしくしている。


その視線の先にあるのはただの黒いモヤだった。




―――君、影は好きかい?


どこからともなく聞こえる声。


黒いモヤがしゃべったようにも思えるが、直接脳内に語り掛けてくるようにも思えてくる。


「…えっと、普通かな。ただ、大事なものだとは思うよ」


―――へえ、どうしてそう思うんだい?


「だって、影はモノの存在を表している。正確には光があってこそだけど…。人間だって、この猫ちゃんだって、木や建物だってみんな影がある。それってそのモノがそこに存在している証拠じゃない?」


―――なかなか素敵な考えをするじゃないか。




そんなに変わった考えなのか、と歌織は思う。


―――なら…影が怖いと思ったことはないかい?


「んー、ないかと言われればある、かな。でも小さい頃の話だし、今は怖いと思うことないかも」


―――暗闇だって影だ。それに飲み込まれると考えてみてよ。どうだい?怖いだろう?


「そうかな?そりゃあ何かが襲ってくるっていうなら怖いけど、只々暗闇にいるだけならそんなに怖くないよ。むしろこのまま自分が飲み込まれたらどうなるのかとかちょっと気になるかも」


―――……。


「というより、あなたは私を怖がらせたいがためにこんな話をしてるんじゃない…よね?何かあるの?」


―――それは、言えないな。


「そう…無神経に聞いてしまってごめんなさい。」


―――でも決めた!


「え?」


―――君、歌織…だっけ?ちょっと僕に付き合ってよ!


「え、付き合うって?それに名前…」


―――細かいことは気にしないで!君は僕を楽しませてくれるだけでいいんだ。君にはその才能がある!


「さ、才能って…私特別得意なことなんてないし…。」


いいや気にするねッ!とは言えず、そのまま話を聞いているだけだった歌織。


ただ「才能」という言葉を聞いて俯いてしまう。




―――大丈夫。君がそのことを気にしているのも僕は知っている。だからこれを君にあげるんだ。


「これって…?何もないようだけど…?」


―――それは目が覚めてからのお楽しみ!


「えぇ…なにそれ…」


―――歌織。これは君にしかできないんだ。君が強い思いを持っているからこそできることなんだよ。誰にでもない、歌織だけができること。自信を持っていい。


「わたしにしか…でき、ない。わたしだけ、ができる」


自分だけができる、その言葉が歌織にとってはうれしかった。


うれしさのあまり、思わず言われたことを復唱してしまった。




―――安心してもらえたようで何よりだよ、歌織。


―――じゃあ今日はこの辺で。あんまり君の意識の中に居続けてしまうと睡眠時間を奪ってしまうことになるからね。じゃあ…また―――


「…っ!ちょっと待って!私まだ!」


不安だ、という言葉が出てこなかった。


確かに自分はそう発音したはずなのに


(――ああもう、整理する暇がないじゃないか!)


言葉が出てこないどころか、ふと自分を見下ろしたらなんとなく透けている。


自分ももうここから出るのか、と直感で思った。


だからこそ本当はここでの会話の意味をしっかり理解してから出たかった。


そう考えているうちに暗転、歌織が最後に見たのはじっとこちらを見つめる猫だった。

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