第4話 烽火
自らに問う 目的は何だ?
自らで答える そんな高尚なものはない
自らに問う それで、何を得た?
やはり自らで答える 何も得てはいない
結局欲しいものはそこには無かった
それだけが残った
・・・
「うわー!なんかドキドキするね。不良だよ不良!」
うわー!うわー!と隣でランがやかましい。とはいえ表情は満更でもなさそうだ。
昨日先輩との通話後、そのままランに電話を掛け事情を話してみたら一緒に行くと言ってくれた。少し心苦しさもあったが、楽しんでる様子なので良しとしよう。
いや本当にワクワクドキドキって感じですねこの娘。対照的に俺は動悸動悸してるよ...
俺達はもう1限授業を残したままこっそり学校を抜け出し、途中コンビニで新聞紙とライターを購入。店員さんの目が明らかに怪しんでいたが致し方ない。放火魔がする買い物だからな完全に。学校に通報とかされませんように。
「なんかキャンプするみたいだね。山に登って焚き火しに行くって。」
「お前は楽しんでるなぁ...俺はいつ危険が迫ってくるか怯えてるよ。」
正直言って、不安で堪らない。今日は登校中危うく車に轢かれそうになった。いよいよ呪いがその真価を発揮し出しているようで、あまり猶予は無いかもしれない。
「ま、大丈夫でしょ!私がいるし。」
「どっから来るんだよその自信。」
それでも、その底抜けな明るさに救われている部分は大きい。足が竦みながらも前に進めているのは、隣に彼女がいてくれるおかげでもある。
「うちのキャプテンも言ってたよ。『結局、観測された事象の捉え方が問題なんだよ。事実とはつまりそうである、という認識でしかない。あなたが呪いだと思えばそれは呪いだし、ただの偶然だと思えばそれまでだ。重要なのは我々の認識だ』って。」
いや何者だよ女バスのキャプテン。ホントに高校生?
しかし、認識、か。何かが引っかかる。
「結局なにが言いたいのかさっぱりだ。」
「私もよく分かんないけど、呪いなんて無いんだって思えば無くなっちゃうってことでしょ?」
「とはいえ実際今日も事故に遭いそうになってだな...」
「うーん、まあじゃあ呪いは掛かっているとしましょう。そしたらさ、今日の儀式?みたいなの終わったら、呪いは完全に解かれた!って思おうよ。そういう気分の切り替えが大事ってことなんじゃないかな。」
認識。呪いは無くなった、と思い込む。
それだけですっかり不運が消えるとも思えないが、疑心暗鬼でいるよりはずっと良いかもしれない。
「そうだな、そうするよ。と、話してるうちに着いたか。」
あらかじめ距離感が分かっていたので昨日よりすぐに到着した気がする。実際には同じ道を通っているのでそんなことは無いんだけど、これも認識か。
「じゃ、準備しますか〜。点火係は私に任せて!」
「分かった分かった。」
周辺に落ちている枝を拾い集め、焚き木にする。まずはライターで新聞紙に火を点け、枝を重ねたところへそれを挿し込む。次第に火は大きくなり、パチッパチッと木が爆ぜる音が鳴る。
陽はまだ落ちていないが木々に囲まれたこの場所は既に薄暗い。そのなかで煌々と輝く焚き火は、闇を退け穢れを祓う聖なる炎に見えた。
「後は、その十字架を供えないとね。」
「うん。炎によって今零脈と繋がった龍神が、十字架の呪いを解いてくれるはずだ。」
俺はポケットから呪いのアイテムを取り出す。鈍色の、十字。不吉をもたらす呪具。それを昨日と全く同じ場所に置き、手を合わせる。
「どうか、この十字架によって掛けられた呪いを解いてくれ...!」
「お願いします!」
隣でランも祈ってくれる。そのまま二人で暫く念じ、帰ろうかと消火しようとした、その時。地面から低く唸るような音が響いた。
「地鳴り...地震か!?」
ゴゴゴゴ、と重低音が鳴り響いて間もなく来る、横揺れ。震度は恐らく3くらい。揺れ自体は大したことなかったが、なにぶんタイミングがタイミングなので、驚いた。
「ちょっとびっくりしたね...でも、神様にお願いが通じたのかもね。」
「俺は逆に、神の怒りのような気がしてならない...」
「あー!ダメだよ、そういうふうに考えちゃ。さっき言ったでしょ、呪いなんかもう無いんだって思わなきゃ。」
「そうだったな、悪い。もう帰ろうか。」
『待て』
不意に、声がした。
どこからともなく、くぐもった声が。
「誰だ!?」
周囲を見渡しても、声の主は見当たらない。ランも驚いた様子で辺りに視線を巡らせている。
『誰、とは異なことを言う。我を呼び出したのはそなたらであろう、人の子よ。』
「じゃあ、あんたはこの祠に祀られた龍だって言うのか...?」
『無論だ。』
「マジか...」
流石のランも絶句して祠を見つめている。声の出処は、祠の中みたいだ。
...?
祠を改めて見ると、何か違和感がある気がする。その感覚の正体が掴めず、どうにももどかしい。
「えっと、それで、呪いの方はどうにかしてくれるんだよな...?」
『ふん、この程度、呪い等と呼ぶ程でもない。我からすれば児戯に等しいまじないだ。』
それを聞いて思わずホッと胸を撫で下ろした。これで万事解決、めでたしめでたし。
『だが、』
「だが...?」
『この呪いを祓う代償として、供物を捧げよ。』
「供物って...お賽銭でもすりゃいいのか?」
なんだかみみっちいカミサマだ。この呪いが軽いものだって言うなら、ちゃちゃっとやってくれれば良いものを。
そんな考えを見透かされたのか、声の主はこう答える。
『これは、約定である。神が人の子へ奇跡をもたらす時、そなたらは供物を差し出さねばならない。それは何人たりとも違えることのできぬ、この世の理である。』
「ああもう分かったよ、何を供えれば良い?」
金か、食べ物か。はたまた榊のような聖なる捧げ物か。いずれにせよ手持ちには大したものはないから、一度どこかで用立てる必要がある。
『何も。我は何も求めん。』
「は?なんだそれ。」
『唯、我が望むのは信仰である。人の子よ、そなたが我を敬い、畏れ、奉る。その想いを欲する。』
信仰心か...この寂れた祠の守り神は、それを寄越せと言う。
「つまりなんだ、毎日ここに来て、掃除して、手を合わせて。それであんたに感謝でも唱えれば良いのか?」
『否。我が問答に応じれば良い。我が問い、そなたが答える。その返答次第で呪いを解くかどうかが決まる。』
予想外の事態へ進んでいる。一先ず何か物品を要求されなかったのは幸いだが、却ってハードルは上がった気がする。
それでも、俺に取れる選択肢はこれしかない。
「分かったよ。問いとは、何だ。」
ごくり、と無意識に唾を飲み込む。傍らのランは、先程からずっと押し黙ったままだ。
『では問おう』
なんだか面接を受けている気分だ、なんて呑気な考えがちらつく。この質問への答えで、俺の真価が問われるのだ。
『そなたにとっての愛とは何か、示せ』
「...愛?」
なんでここにきて、愛?
えーと?あまりの唐突さに脳が機能停止している。愛、あい、AI、love...いや今いっこおおよそ感情とはかけ離れたものが混ざってたな。
「ていうか信仰関係ないだろこの質問...」
「そんなこと無いよ!愛って、人間の心で最も大事な要素だもん、うん!」
キャーって感じでランのテンションが上昇している。あーもうはしゃぐな小娘。余計に答え辛くなる。
『...そなたにとっての愛と「聞こえてるよ!ちょっと黙ってろ!!」
龍神が全く同じ質問を述べようとしたので、思わず声を荒げてしまった。しかしなんだってこの陳腐な問いに答えなければならないのか。一体何の罰だ。前世の俺はどれほどの悪行を積んだのだろう。
にしても愛、愛か...まともに考えたこともない。質問が抽象的ならば、具体例から抽出して考えていくのが正道だ。
長い長い時間がかかりそうだった答えは、案外、すぐに出た。
その答えは、自分でも意外なものだった。
「俺にとっての愛は、こいつだ。」
「え、えぇぇっ!?」
ぽん、と肩を叩かれてランが驚きの声をあげる。動揺を隠せないふうの態度で、あわあわと何か口走る。
「いや、その、気持ちは嬉しい、というか。でも突然でびっくりだし。あの、その、私もシュンのことは...」
『...その隣の娘がそなたの愛の対象である、と。そういう答えか?』
「いや、お前らどっちも最後まで聞けよ。まだ途中だ。」
別に俺は愛の告白をしたわけじゃない。龍神は愛を示せと言った。それは、恋愛に限定されてない。
友愛、博愛、敬愛
向こうが指定しなかったんだから、どんな愛を主題とするかは答える側の自由だ。
「愛が何かなんて考えたことはない。だから、俺にとって愛と言える人を思い浮かべた。それで浮かんだのが、こいつだ。」
隣にいるランに目を遣る。ここにいたから、なんて安直な発想ではない。それでも、他の誰でもないランが一番初めに思い浮かんだのは、身近だからだろうか。
傍らにある存在、ということがなんだか重要な気がした。
「お互いをよく知っていて、その存在が生活のなかに当たり前に組み込まれていて。」
たまに一緒にご飯を食べに行って。
話題のアーティストの話で盛り上がって。
時にはつまらないことで喧嘩して。
それでもいつの間にかまた笑い合って。
「そういうそばにいる存在、日常っていうのが、俺にとってかけがえないものなんだ。そういうところに、愛がある気がする。これが、俺の答えだよ。」
それで言えばヒデって答えても別に良かったんだけど。愛を問われてあいつの名前を出すのはなんか気色悪い。
『...良かろう。これで、そなたにかけられた呪いは解かれた。さらばだ。』
「お、おう。ありがとうございます...?なんか、あっさりした幕引きだな。」
そう言って神の声は聞こえなくなった。いつの間にか、日が落ちていたことに気が付く。
とにかく、先の答えは神の期待に沿ったものだったらしい。これでようやく、終わったわけだ。
「帰るか。」
「あっ、う、うん!良かったね、呪い解いてもらえて!」
ハッとした顔で、無駄に元気よく話すラン。
「何だよ、さっきのこと気にしてんのか?」
「そうじゃない...っていうか!さっきのは忘れて!」
って言われてもな。さっきの発言は脳内のSSD及びUSBに保存しておきました。後ほどクラウドの方にもアップロードしておきます。
焚き火を処理していると視界の隅に祠の中の木札が映る。唐突に、先程の違和感はこの御札の位置が昨日とズレている気がしたからかと合点した。
風のせいかな、と思い祠を覗き込むと、そこにあるはずの無いものがあった。
ああ、もしかして、と思わなかったでもない。それでも考えないようにしていたことを、目の当たりにしてしまった。これについては今ここで考えたくない。一度落ち着いてから、先の問答と合わせて、向き合おう。
「何はともあれ、解決したのはお前のおかげだよ。ここまで付き合ってくれてありがとう、本当に。」
「どういたしまして。って言っても私、ほとんど何もしてないけどな...」
それは違う。さっきの問答じゃないが、隣に誰かがいてくれたというのはそれだけで意味があった。彼女への感謝は尽きない。
「そんなことないよ。今度なにかお礼をしないとな。」
「え〜。いいのにそんな。...あ、」
そこでひと呼吸置いて、こちらを向き、眩しい笑顔で彼女は告げた。
「来週、1日私に使ってもらおうかな。」
二人の間を風が通り過ぎる。あれだけ体を震わせた冷気が、今はなんだか心地良く感じた。
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