第2話 呪い
2週間後にはクリスマス、そして冬休みが控えたこの時期はクラスもどことなく浮ついている。
パーティーの計画で盛り上がる女子、海外旅行の予定を自慢げに話すお坊っちゃんとそれを羨む取り巻き、年2回開かれる有明の祭典冬の陣へ臨む戦士達の不敵な笑み、などなど。
来年のこの時期は追い込みをかけることになると自覚してるからか、去年よりも皆のテンションが気持ち高く思える。例え恋人がいなくたって、何かしらの楽しみがあるのが年末だ。だから、誰もが自然と笑顔になる。
「あれ、なんか表情暗くない?なんかあった?」
そう、俺以外は。
今俺の胸中にあるのは、不安感や恐れ。未だ嘗て感じたこと無い程の恐怖心を抱えている。
「おかしい...こんなことあるハズ...」
「ちょ、ちょっと。ホントにどうしたの!?」
頭を抱えブルブル小刻みに震えていると、驚いた様子でランが声を掛けてくる。
「呪われてるんだ俺は...今日にもあの世に連れて行かれる...もうおしまいだぁ...」
「呪いって...何があったの?話してよ。ほら、これでも飲んで落ち着いて。」
そういってランに手渡された午後茶キャラメル&生チョコテイストfeat.ホイップクリームという悪魔的な飲み物を口にする。ただ砂糖を舐めるよりも圧倒的に甘い。なにこれ、販売していいのこんなもの?下手すりゃ死人がでるぞ。しかしアホすぎる紅茶のようなナニカを飲んだことで、いくぶん落ち着いた。
「ありがとう、ラン。それではあなたに真実を伝えましょう...ゆめ聞き逃すことないように。」
「今度はなんか無駄に荘厳な口調になってるし...」
やや呆れた様子の返答だが、話し始めるとランはこちらの目を見てふんふんと真面目に聞いてくれる。
俺は昨日の下校途中胸ポケットから怪しげな十字架を見つけたこと、そして写真に撮った際の不可思議な現象について説明した。
「ていうか昨日空渕センパイと帰ったんだ...仲いーんだね。」
「ん?まあ、そうだな。」
え?なにこの娘?嫉妬してる?メラメラの炎がジェラってる?可愛いなぁもう!と、話はまだ途中だ。
「で、結局その写真は先輩のスマフォの不具合だろうってことで落ち着いたんだけど。帰宅してから不運の連続でさ。」
まず玄関のドアを閉めるときに右手の親指を挟んで悶絶しただろ?それから母さんが俺のお気に入りのマグカップをパリーンと割った。風呂に入るとGに遭遇したし、申し込んでた来春のライブチケットは外れた。
「極めつけは深夜生まれて初めての金縛りを体験したよ...あれ実際になってみるとすっげぇ怖いのな。」
「うーん、話は分かったケド...別に呪われてるとかは考えすぎじゃない?」
「お前は他人事だからそんなことが言えるんだ...一つ一つは小さな不幸でもここまで連続して起こるのは絶対に呪われてる!きっと俺に恋人がいないのも、身長がギリギリ170足りてないのも、後は戦争がこの世から無くならないのも、全部俺が呪われてるせいなんだぁ!」
「いよいよ重症ね、あんた...」
ていうか彼女いないんだ、とボソッとランが呟くがええい今はそんなことを気にしてる場合ではない。
「絶対あの十字架が呪いのアイテムだ。誰か俺に恨みをもった人物による犯行に違いない。」
「そうかなぁ。あ、その十字架今日は持ってきてないの?」
「うん、持ち歩くのはヤバいと思って家に置いてきた。それが功を奏したのか今日はまだ何も起きてないかな。」
「そっか、まあ私も皆にそれとなく聞いてみるけど。でもシュンを嫌ってるやつなんて思い付かないなぁ。」
む、そう言われると確かに。いや、自分が誰かに嫌われてるかなんて普段考えないからそれはそうなんだけど。クラスの奴とはこれまで仲良くやってきた自負がある。
「ていってもあんまり誰かを疑うとかしたくないから、一先ず呪いを無効化できれば良いかな。それでもまた何かされるようだったら今度こそ犯人を探すしかないけど。」
そう言うと、ランが何故かふふっと笑う。その反応に訝しげな視線を向けると、慌てたように彼女は言う。
「ごめんごめん、何かシュンらしいなって思ってさ。私も出来るだけ協力するよ。」
「サンキュ。」
といったものの、実際どうしたものか。ホラー映画をたまに見るくらいで呪術とか魔術とかには知識を持ち合わせてない。せいぜい化物には化物をぶつければ良いことしか分からない。なんだよその理論、最終的にもっとおぞましい化物Ωに変質しそうだ。
うーん、とりあえず昼休みに図書室にでも行ってみよう。何かヒントになる本があればいいけど。
・・・
というわけで昼休み、ヒデと弁当を食べた後単身図書室へ乗り込んだ。ランも一緒に来ることになっていたが、途中でバスケ部のキャプテンに連れて行かれた。大会近いっていうし多分ミーティングだろう。
協力者がいるに越したことはないが、蔵書数がそれほど多い学校でもないし一人でも問題無いだろう。ヒデ?あいつはダメだ、昼食後はすぐ寝るし使い物にならん。
「やっぱり、授業に関係するものばっかりだな...」
英検対策の本とか、古典の参考書とか、数学の問題集とか。勉強に熱心な我が校の姿勢が伺い知れるラインナップだ。後は新刊の文学書に、古い神話や伝説が書かれたハードカバー。うーん、関連があるのは民間伝承とかなのかな?黒魔術の書、みたいなのは流石に無いだろうし。
本棚の間でキョロキョロ背表紙に目を走らせながらうろうろと歩き、やがて図書室の一番奥まで辿り着く。そこで、意外な人に出会った。
壁にもたれかかり、伏し目がちに手元の書籍に視線を落とすその姿を目にして、思わず息を呑んだ。
「先輩、奇遇ですねこんなところで。」
「やあ、君か。いや、どうやら偶然という訳では無さそうだね。」
はてな?という顔をしていると先輩が読んでいた本の表紙を見せられる。書名は『奇跡ニ関スル覚書』と読める。とても古い物らしく、全体的に日に焼けていて、作者らしき部分は掠れて読めない。
「先輩、これは一体...?」
「なに、昨日の一件が私も気になってね。あの十字架が良からぬ物じゃあないかと思って、少し調べていたの。」
何と、先輩も俺と一緒のことを考えていたのか。確かに先輩が写真を撮ったのが一番初めに起こった怪現象だし、同じ行動に移すのは当然の結果か。
「そうだったんですね。でもなんかちょっと嬉しいです。先輩、俺のこと心配してくれたんですね。」
「いや、全然?」
「え?」
「うん、全く。単に私がこういう宗教的なものに興味があっただけ。この本も前に読んだことがあって、あの十字架と似た絵が載ってた記憶があってね。ほら、ここ。」
「は、はぁ。」
この人リップサービスとか微塵もしないな...少し照れくさくなり、その本に目を落とす。
そこには手書きらしい絵と文字で何ごとか書かれている。
「確かにあの十字架に似てるように見えますね。えっと、何て書いてあるんですか、ここ。」
「ここは奇跡のうち悪い奇跡の欄だね。他者へ災いをもたらす器物、不幸を呼ぶ霊符、死者へ働きかける文言。そういうものを総称して、呪具と言うらしい。」
「つまり、あの十字架が呪具であるってことですね。」
「そうなるだろうね。とりわけ呪具のうち十字架を模したものは効果が強烈らしい。あれから君の身になにか起きたかな?」
そう問われ、昨日の帰宅後の不運の数々を話す。ふむ、というように先輩はなにか考え込んでいるようだった。
「といっても、クラスの奴にも言われたんですけど、勘違いというか、強烈な呪いっていう割にはそこまで驚くようなことは起きてないんですよね。」
それこそ、何か重大な怪我をしてしまうとか、近しい人に不幸が訪れるとか。そういうのが呪いによって引き起こされるもののイメージだ。改めて昨日のことを思い返せば、取り立てて騒ぐ程の事ではなかった気もしてくる。
「うん、どうやらそうもいかないみたい。この本に拠れば、効果が加速度的に増幅していく呪具もあるらしい。」
ということは、ライブに落選したり金縛りに遭ったりなんてのはまだ序章に過ぎず、今後より恐ろしい未来が待っているってことか。先程想像した悲惨な事態が頭をよぎり、薄ら寒い思いがしてくる。
「そ、その本には対策とかなにか書いてないんですか?」
「呪いを解く方法は、2つあるみたい。さらなる強い奇跡で上書きするか、呪いを行為者に返すか。」
「後者は人を呪わば穴二つ、ってやつですか。あんまり好みじゃないんで、俺としては前者の方を採りたいんですけど...」
「ふぅん、君はそういうタイプだったか。それなら、流円祠に行くといいだろう。」
「流円祠って、あれですよね、小高い山だか丘だかみたいな場所にあるやつ。それもその本に書いてあるんですか?」
流円祠。確か江戸時代に作られたものだったとか。相次ぐ飢饉に耐えかねた人々が助けを求め、遠くから高名な宗教者を呼んで建ててもらったという。その祠の創建以降飢饉も止み、地域一帯は豊作に恵まれ、めでたしめでたし。
そんなありがたい祠も時が経ち、今ではほとんど誰も寄り付かず放置されている。
「うん、この本の著者はこの辺りの出身らしい。だからこれがうちの図書室に収められていたのかもね。」
その著者―棚芦秀悦―は宗教関連の学者で、彼の知人が邪教の信者から呪いを受けたのを解決するため流円祠へお参りに行ったという。あの祠には龍が祀られているらしく、その邪教の信仰対象であった蛇に勝るためだとか、祠のある場所が地脈の関係で霊的に重要な場所であるからとかで選定されたとか。
1つ目はともかく、2つ目の理由を鑑みれば俺にかけられた呪いを解くのに有効かもしれない。
「とりあえず採るべき対策が見えてきて安心しましたよ。ありがとうございます先輩。」
「いや、私は別に...」
と先輩にしては珍しくなにやらもごもごしている。意外と照れ屋さんだったりするのかなこの人。
「と、とにかく。この本には流円祠で行った儀式については記述がない。まずは行ってみるしか無いだろうね。そこで何かが見つかるかもしれないし。」
「そうですね...あの十字架を奉納して呪いを肩代わり、みたいな感じになれば良いんですけど...あ、そういえば時間とかって何か書いてます?」
「時間、とは?」
「いや、なんかその、神秘的なパワーが高まる時間とかってあるのかなって。ほら、丑三つ時とか。」
いや、あれは呪いをかける側だったか?とにかく、祠で何すればいいか分からないなら、その他の条件は整えておきたい。
先輩はふむ、というように白く細いその綺麗な指でページをぺらぺらと繰るが、該当する情報は無かったらしい。
「それについても特段記述はないな。といっても、丑三つ時って深夜2時だろう?呪いとか関係なくその時間に出歩くのは危険だと思う。」
「まあ、確かに。」
あの山だか丘だか、獣とか出るのかな?冬だから大丈夫な気もするけど、猪とか出たら危ないか。今の俺は普段より良くないものを引き寄せてしまう可能性が高いし。
「これは私の意見だが、それなら夕方の陽が落ちる頃が良いのでは無いかな。逢魔時、というやつだ。」
逢魔時
或いは、大禍時
昼と夜が混ざりあった刻。人ならざるものに遭遇する、異形が支配する世界。
「なるほど、確かに良さそうですね。じゃあ今日の放課後にでも...と思ったけど、今日はあの十字架家に置いてきたんだっけ。」
呪いの効果が加速していく、という例もあるらしいし、出来るだけ早く対処したい。
「...聞き間違いかな?今、十字架は持ってない、という口ぶりだったが。」
「え、いや、そう言いましたよ。持ち歩くのも気味が悪いんで、家で留守番させてます。」
「...なら私の見間違いだろうか。君のズボンのポケットから、例の十字架が覗いてるようだが」
「え...」
見れば、尻ポケットから黒い先端が顔を出していた。恐る恐る取り出してみると、間違いなくあの十字架だった。背筋に氷を当てられたような、ゾクッとする感覚が走る。
「た、確かに置いてきたはずなんですけど...」
「よく聞く話ではあるね。何度捨ててもいつの間にやら手元に戻ってきてしまう、呪いのアイテム。」
「これはいよいよ、悠長なこと言ってられないですね。」
今日行こう。いや、可能であれば今すぐにでも祠へ向かいたい。じわり、と嫌な汗がこめかみから流れ出す。
「うん、今日にでも行くべきだろう...陽が落ちるのも早くなってきてるし、放課後から行くのでは間に合わないかもしれないが。」
流縁祠までは歩いて行ける距離ではあるが、学校を出てすぐそこという訳でもない。場合によっては早退する必要も出てくるか。
「それで、その...祠には、一人で行くのかな?」
「えっとまぁ...そのつもりでしたけど。」
うーん、誰か一緒に行ってくれるかな?ヒデ...はこういう非科学的なもの信じないタイプだしなぁ。頼んだら来てくれるとは思うけど。後は...と考えて、図書室へ来る途中まで付き添ってくれた彼女の顔が思い浮かんだ。
「一応、クラスに手伝ってくれてるというか、話を聞いてもらってる奴がいるので、そいつに声を掛けるだけ掛けてみようとは思います。」
「...そうか。」
あ、先輩に来てもらうっていう案もあったか。先輩の少しトーンの落ちた返答を聞いて、そう思った。
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