第9話 試験






 時間はスタンピードの存在が懐かしく思えるほど過ぎ去ったある日。僕もかなりの経験を積んだ事で、脱初心者級であるランクⅡになっていた。

 ここ最近はいつも一緒に狩りをしている二人が忙しいらしく、一人で森に向かっても良いのだが……母さんが渋い顔をする為、今日も休みにしている。

 身体を一通り動かしてから自室でお気に入りの本を読んでいると、ドアが数回叩かれた。


「ギル坊ー、今良いか? 」

「ん? 大丈夫だけど、どうかしたの? 」


 声の主は我が家の優秀なメイド、ステラだった。

 僕は読んでいた本を一度閉じ、視線をステラに向ける。


「プリンの野郎が呼んでたぜって報告だ。早めに行ってやれよ」

「分かった」

「あ、アイツはいつもの部屋じゃなくてギルドに行ったからな」

「はいはーい、じゃあちょっと行ってくるね」

「おう。暗くなるまでには帰ってくるんだぞー」


 ――今日は特に狩りに行く予定も無かったはずだし……何の用だろう?

 そんな疑問を胸にいだきつつも、僕はギルドに着いた。


「おーい、ギルバード君! 」


 ギルドへ入った僕は早速プリンさんを探してキョロキョロしていると、何やら大きな荷物を持ったティファニーさんに声を掛けられた。


「こんにちは、ティファニーさん。プリンさんに呼ばれて来たんですけど……どこに居るか知ってますか? 」

「彼なら向こうに居るわよ」


 ティファニーさんの指が指し示した先。

 そこはちょっとした訓練場のような所で、初心者ハンターから熟練ハンターまで……多くの人が使う場所だ。

 それは僕とて例外では無く、ハンターになってからずっとお世話になっている。


「……あの、僕何も聞いてないんですけど。何が始まるんです? 」

「何も心配しなくて良いわ。ただそうね、今の貴方に掛ける言葉は……“頑張ってね”って言葉が似合うわね」


 ティファニーさんはウィンクしながらそう言い残すと、足早に去って行った。


 ……正直不安しか無いが、今は示された方へ進まないと何も始まらない。僕は渋々と歩みを進めた。

 ホールを見回してみると、いつもは居るハンター達が今日は誰も居ない。何があったのかは分からないが、あのうるさい人達も居なければ居ないで寂しいものだ。


 ――等と思っていた数秒前の自分を殴りたい……ッ!!


「頑張れよォ、ギル坊!! 」

「負けるなよ~!! 今日の晩飯が掛かってんだ!!! 」

「俺が育ててお前なら絶対勝てる!行け!! 」

「いや、お前誰だよ!! 」


 テニスコート程の訓練場を囲むように数十人のハンター達が所狭しと並んでいる。狭い場所に大声を出す人間が複数集まっていると言うことは、ただでさえ大きな声が更に大きく聞こえるという事だ。

 軽く耳を塞ぎながら彼らを掻き分けて進むと、訓練用の中型盾と短剣を持ったプリンさんが立っていた。


「来ましたネ、ギル坊」

「プリンさん……これは一体? 」

「それは私が説明しましょう」


 カイエルさんも僕と同じ様にハンター達を掻き分けて現れた。彼曰く、これから始まるのは僕が脱初心者である“ランクⅢ”になる為の試験らしい。

 ランクアップ試験には審査だったり物を持ってくる事が条件だったりするのだが、今回は“プリンさんの持つ盾を落とさせる”事が条件のようだ。


「で、彼もただの案山子では無い。反撃もするので気を付けたまえ」

「分かりました! 」


 そしてこの試験をクリアする事が出来れば、父さんに課された目標である“ランクⅢ”になれると知った。最初こそ乗り気では無かった僕だがその事を知ると一転し、やる気が出て来た。

 そしてランクが上がると行動範囲が広がり、森の浅い部分から少し先まで入れる様になる。

 すっかり乗り気になった僕は訓練用の剣を持ち、プリンさんと向き合った。


「審判と開始の合図は私がする。両者準備は良いか? 」

「エェ」

「はい! 」

「……試験開始!! 」


 カイエルさんの言葉と同時に、僕は魔力で作られた光る武器達を作りながら前へと走り出す。

 両手に剣を持ち、盾は腕に取り付けているような状態だ。


「ほう、無詠唱で武器を作れるようになれましたカ」

「お二人と母さんが指導してくれたお陰です……よッ!! 」


 少しは動揺した様子のプリンさんだったが、直ぐにその様子は消えていった。手に持つ二本の剣で真正面から思いっきり斬りかかるが、プリンさんはこれを難なく防御する。

 受け止められた剣を強引に押し込もうとするが、逆に押し返されて距離を取られてしまった。

 さっきまではうるさかった周りだが、今は一切音が感じられない。それでもプリンさんの声はしっかり聞こえている。


「ハハッ! これ位ならまだ余裕デェスよ!! 」

「ならこれはどうッ! です……かッ! 」


 僕は子供特有の小さな手足と剣が二本あるという強みを生かし、素早い連撃を繰り出した。だがそれらは全て、難なく盾で受け止められてしまう。


「ハッ!! 軽い、軽いデェスヨォ? ギル坊!! 」

「クッ……! 」

「次はこっちから行きますヨッ!!! 」


 やはり大人と子供では体格と力の差があり過ぎるのか、僕の攻撃はあまり効いてないようだ。

 プリンさんは“盾を振り回す”という単純な攻撃をするが、それを避ける為に動いた先で出来る隙きを短剣で突くというコンボによってジリジリと体力を削られていく。


 ――このままだと多分、先に僕の体力が無くなって負ける……それなら……!!


「やっぱりこれを使うしかないか……クリエイトアーマー!! 」

「何デェス……何なのデェスその“光”は!? 」


 この鎧は僅かにだが、身体能力を強化してくれる効果がある。それは以前試して分かっていた。だがそれがプリンさんを負かせるまでに届くとは思えない。


 ――それでも、多少と虚仮威こけおどしで大きな強化となる!!


 だから僕はプリンさんに向かって笑みを浮かべながら、こう答えた。


「これは僕の切り札です」

「そんな“光”が何デェス……所詮見かけ倒しデェス!! 」


 ――不味い、早速虚仮威しだったのがバレてるかもしれない……


 心の中で冷や汗を流す僕だったが、大きく振り回される盾によってその思考は切り上げさせられた。振り回される盾を避け、直後に来る短剣を盾で受け流す。

 しばらくそのまま膠着するかと思われたが、プリンさんは盾を地面に突き立てて重心を預けた。どう動くのかを見ていると、視界の端から僕の足目掛けて足払いが飛んで来るのが見えた。


 盾で隠れていて若干危なかったが、後ろへ転がるように避けた。すると僕とフェリエリさんは最初の位置に戻り、最初の様にむきあう事になった。

 制御が難しく、思ったより大きく動いてしまった。まだ完璧には制御出来ていない。


「でも……これで決めさせて貰います!! 」

「良いデェス……掛かって来なサァイ!!! 」


 プリンさんは最初と同じ様に斬りかかってくる事を警戒して盾を構えたが、今度はマジックソードを投げつける。僕は砕ける剣と盾で視界の遮られるプリンさんの横に素早く回り込む。

 それには自体はすぐに気づかれたが、何か対処をするにはもう遅い。


「ハァッ!!! 」


 プリンさんが盾を向けるより……短剣で受け止めるよりも先に、僕が訓練用の剣を振る。

 それは盾の側面に当たり、その方向からの衝撃には備えていなかったであろうプリンさんは盾を落とした。


「……そこまで、勝者ギルバード!! 」


 カイエルさんの言葉と共に、見物人達の声が戻って来た。

 だがそれと同時に疲労もやって来てしまい、僕は尻餅をつく格好で倒れ込んでしまった。


「やった!! けど、疲れたぁ……」

「最後のアレは中々に堪えましたヨ、成長しましたネ」


 プリンさんはいつの間にか盾を回収し、小脇に抱えている。

 彼は短剣と盾を持っている方とは反対の手を差し伸べてくれた。僕はその手を取り立ち上がる。


「プリンさんやフェリエリさんが色々な事を教えてくれたお陰ですよ、ありがとうございます」


 そんな風に談笑していると見物人はいつの間にか居なくなり、訓練場には数人の人しか残らなかった。

 その中の一人であるカイエルさんはこっちにやって来た。


「ランクアップおめでとう、ギルバード君。これからも向上心を忘れずにね」

「はい!! 」

「それと……」


 にこやかに僕を見ていたカイエルさんだったが、その顔は険しい顔へと変化していった。


「人間は魔獣と言う共通で大きな脅威があるにも関わらず、互いに手を取り合う事の出来ない種族だ。君がこれからもハンターを続ける以上……今回の試験のように、人と戦う事はあるだろう。その時は――」


 ――躊躇するな、自分の身を守る為に。例え人を殺す結果になろうとも……


 この世界は残酷に出来ている。何の犠牲も無しに何かを生き延びさせる事は出来ない。

 心のそんな言葉が浮かんだ……





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る