余所者、そしてもう一つの……

 





 リボルバーをその手に持ち、都会から遠路はるばるこの田舎町に引っ越して来た同級生……村田むらた剣人けんとに向けて構える少年の名前は相澤あいざわ熊吾郎くまごろう

 周囲を山に囲まれた町に小さい頃から住み続けている、ごく普通の少年だ。


 大人が彼に持つ印象は『面倒見が良く、同年代の子や年下の子を上手くまとめてくれる』と言った声が多い。そして、まとめられている同年代や年下の子からは『頼りがいのある人物』と言われる事が多い。その評価は彼が努力した結果なのだが、現状にはあまり関係が無い。


 熊五郎は周囲の信頼を掴み取る中、幼馴染である一人の少女……中村なかむら 瑠美るみに恋心をいだいてしまった。運の悪い事に、当の本人はその気持ちを自覚していなかったが。


 そんな彼が何故、こんな事をしているのか。

 その理由を知るには時間を少し前に遡る必要がある。






 __________






 時は夏が過ぎ、気温が僅かに下がって来た頃。

 相澤や同級生の彼らにとってはとても珍しい出来事があった。


「村田剣人って言います。えーっと……こっちに引っ越してきたばっかりで仲良くしてくれると嬉しいです」


 何と彼らのクラスに転入生がやって来たのだ。

 この日のホームルームで、担任の先生が話していた事の内容を覚えているのは僅かな人数だろう。


「―――以上だ、ホームルームを終了する。小休憩の時間は自由にして貰って構わないが、授業が始まる前には席に座っておけよー」

「よぉ、転校生! 仲良くしてくれよな!! 」「都会も良いけど、この町もいいでしょ!! 」「ねぇねぇ、彼女とか居なかったのー? 」「前の学校どんな感じだった? 」「僕がこの町を案内してやるよ! 」


 何せ彼らはホームルームが終わり、休憩時間に入ると同時に転校生……村田剣人の元へ駆け寄ったのだから。

 先生は呆れ顔をしながらも、彼らと剣人の双方がお互いを拒絶しなかったことにホッとしているようだ。


「おいおい、そんなに詰め寄ったら彼も答えにくいだろう? 」


 いくら受け入れられている証と言っても、流石にクラスの全員が剣人に集まるのは彼の迷惑にもなるだろう。

 そう考えた相澤は質問攻めしていたクラスメート達に声をかけた。


 そうすると人の波は少し引き、剣人もホッとしたような顔をしていた。

 恐らく相澤は剣人と同じ様に“彼となら仲良く出来る”と考えていただろう。


 だが……






 ――――――――――――――――――――






 最近、瑠美が村田君と会う時間が多くなっている気がする。


 相澤はそう思った。

 剣人がこの街に来てすぐの頃は“村田君がこの街に馴染む為だ”と自分自身に言い聞かせ、我慢する事が出来た。

 だが……最近は相澤や、他の友達が声をかけても来てくれなくなった。何をしているのか聞いてみれば、彼女の口から出るのは剣人の話ばかり……


 気が付けば相澤は、剣人を雪の深い山奥にまで呼び出していた。

 そして何かがあった時の為に……そう、“何か”が起こったときの為に相澤は仲良くしている警官のおじさんから拳銃をこっそり借りて一足先に山の中へと向かった。


 拳銃の撃ち方は父親から教わったことがある。

 そして警察の拳銃は、扱いやすいのが売りだとおじさんが話していた。しっかりと教わった構えをし、落ち着いて狙えれば外す事は無いだろう。

 雪が太腿ふとももの半ばまで積もっている。


「5発か……」


 相澤は崖に顔を向け、シリンダーを外して弾丸の個数を確認する。

 某大怪盗三世の凄腕ガンマンやハリウッド映画何かでは勢いを付けてシリンダーを戻したりしていたが、あれは銃が痛むらしい。

 誰から聞いたか覚えていない知識を思い出しながら、シリンダーを静かに手で戻す。


 そうして銃の状態を確かめていると、雪道に不慣れそうな足音が聞こえてきた。

 来たのは十中八九剣人だろう。


「遅れてごめん……結構急いだんだけど雪は慣れなくて……」


 ――いちいち気に障る喋り方をする奴だ……


 そう心の中ではそう思いながらも、相澤はため息をついた。

 しばらくそうしていると、イマイチ状況を掴めずにしびれを切らしたのか剣人が口を開く。


「あの……俺を呼んだのは―――」

「僕はさぁ! ……君と仲良く出来ると思っていた……そう、思ってたんだ……」


 それを遮って相澤は口を開く。

 相澤の心にはどうすることも出来ない……彼自身にも良く分からない、心のもやもやだけが溜まっている。

 そしてその原因に言葉を投げている内に、相澤はようやく……彼自身の心を自覚することが出来た。


 ―――僕は瑠美が好きなんだ。そして僕は彼女を取った剣人に嫉妬している……


 それに気付いた今、相澤が取る行動は一つ。

 相澤は相変わらず困惑している剣人に言葉をぶつけ続けた。


「……」

「だけど、それは僕の思い上がりだった……君は僕から奪ってはならない物を奪った……! 」


 言い終わると同時に相澤は振り返り、剣人に向かってリボルバーを構えた。

 剣人は理解に時間を要しているのか固まっている。そんな彼に向けたトリガーを引く事に戸惑いは一切無い。


「さようならだ、不運な余所者クン……」


 相澤は変に頭は狙わず、当てやすい胸に向けて鉛玉を撃ち込んだ。

 すると鉛玉は何の反応をする間も与えず剣人の胸に吸い込まれて行き、彼の身体は血を垂れ流しながら真っ白な雪に倒れ込んだ。

 あっけなく死んだのか気絶したのかは分からないが、少なくとも動く気配はない。


「余所者は余所者らしく、異物のままで居れば良かったんだ……ッ! 」


 相澤はそう呟き、追い打ちに残りの4発も剣人に向かって打ち込もうとしたが……

 別の所から銃声が響いて来た。


「何だッ!? 」


 倒れている剣人に向いた視線を上げると、何故か熊が走って来ている。剣人を殺し脱力していた相澤に、目の前に迫り来ていた熊を避けることは出来ない。

 何をする間も無く相澤は剣人諸共、崖から突き飛ばされてしまった。


 ―――――何で……こんな事に……ッ!!


 二人を突き落とした熊は、崖の上で勝ち誇ったように声を上げる。相澤一見、その熊を恨みがましく見ている様だったが実際は違う。

 熊の向こう側、その空に浮かぶ異質な……黒い悪魔を見ていたのだ。


 薄れていく視界とボヤケた輪郭で何故かは分からないが、そいつは悪魔らしい黒い服を着た二枚羽の悪魔だと確信出来た。

 そして彼の興味はその悪魔に惹かれながら視界は狭くなって行き……






 ──────────――――――――――






「ふーん、君達は私と“これ”が見えるんだ。なら……二人にプレゼントしよう。その方が面白そうだ……! 」

「誰だ……! それにここは……? 」


 その言葉を皮切りに、黒く塗り潰されていた意識が浮上していく。だが意識は浮上しても、目に映るのは黒い空間だけだった。

 意識が浮上するきっかけになった声は返答をしてこない。


「……もしかして僕は死んだのか? 」


 さっきまでの出来事、そして現状を鑑みてそう結論付ける。

 だがその結論はすぐに覆される。

 ……いや、補強された。


「そうだよ~? 君は死んだんだ」

「誰だ!? 」


 目の前に黒い服を着た女が現れたのだ。

 ここは光の無い空間のはずなのに、そいつは違和感なく存在し……悪魔のような翼を持っている。

 不思議と崖から落ちる途中、熊の向こう側に見えた奴だと確信出来た。


「私? 私はねぇ……“J”って言うんだ~。えいっ! 」


 僕よりやや高い位置で浮かんでいる……? のかは分からないが、とりあえずそこに存在していた。

 そいつは僕の頭を軽く突いて来る。


「ッ!? 」

「ふふっ、 そんなに警戒しなくても良いじゃんか~」


 “J”と名乗ったそいつは笑う。

 誰だって突然こんな所に連れてこられたら警戒するだろうよ……


「それで? そのJサマとやらは何のご用で僕をこんな場所に連れ込んだんだ? 」

「あぁ、ごめんごめん。久しぶりの上物だからはしゃいじゃってたよ……」


 クルッと僕の周囲を回り、真正面に来た所で止まる。

 目線を合わせたJは軽く咳払いして整える。


「君中々いい性格してるじゃん? だから異世界に行って貰おうと思って。ちなみに拒否権は無いッ!! 」

「異世界行きって……拒否権ねぇのかよ……」


 頭を抱えていると、彼女は目の前から消えてしまった。


「なるほどねぇ~、その表にしてこの裏……か。村田剣人君……だっけ? 彼を撃った時は気分が良かったんだろう? 」


 Jはしばらく僕の周りをグルグル回っている。

 確かに僕は剣人を殺してしまうが、悪い気はしなかったどころか……彼女の言う通り気分が良かった。


「良いだろう」

「グッ……」


 声の調子は変わっていないはずなのに謎の威圧を受け、体の自由が利かない。

 周りの物を使ってどうにかしようと回りを見るも、そもそもここには何もない事を再確認するだけだった。


「私の持つ力の一端のもう一つを……“ウェポンジャック”をプレゼントしてあげるよ」


 彼女はゆっくりと僕に近づき、心臓に腕を突き刺して来た。


「何のつもりだ……ッ!! 」

「どうどう、落ち着きな? 今ので私の力は渡せたはずだよ」


 Jの手によって来ると思われていた痛みは来ること無かった。まるでその行動が……僕の身体が幻覚であるかのように。

 その代わり、彼女の言う通りに心臓の辺りに異物の気配がする。


「向こうで生まれてもしばらくは馴染まないだろうから、残念だけど……しばらくその力、隠してね? 」

「あぁ……分かった」


 彼女はこの力を“一端”と言っていたが、僕には有り余る力だ。

 それを使うにやはり身体が追いつかないのだろう。


「うんうん♪ 物わかりの良い子で助かるよ~♪ 」


 彼女はそう言いながら僕の頭を撫でた。その行動に抗議しようとした所で、彼女が再び口を開く。


「そんじゃ、一丁行きますか! ……行くのは私じゃなくて君だけどね!! 」

「おい……おい、ちょっと! お前……何するつもりだ!? 」


 そう言うと彼女は僕の頭を鷲掴した。

 その行動に抗議の声を上げると、彼女は真顔で答える。


「え? 何ってそりゃぁ……ね? 向こうの世界まで投げるんだよ。分かるでしょ? 」

「いや、分かるわけねぇだろうがっ! 離せ!! もっと安全な行き方は無いのかよ!!! 」

「ハッハッハッハッ! 君は冗談が上手いね! 今回は特別に最速で送ってあげよ!! 」


 僕を鷲掴にした彼女は、僕ににっこり笑いかけながら構える。


「それじゃ! 頑張ってね! 」


 そうして僕は異世界へと投げ飛ばされた。

 あまりの早さに気を失いながら……






 ――――――――――――――――――――






『―――――昨日午夕方、○○県○○市の山中にて、熊による傷害事件が発生しました。幸いにも熊は近くに居た地元猟友会によって殺処分されたものの、地元に住む16歳の少年二人が犠牲となってしまいました。警察と地元猟友会は『去年の秋に餌を集められず、空腹で目が冷めてしまった熊だった。今回のような犠牲者が出ないよう、今後は他にも目を覚ました熊が居ないかパトロールを強化する』と発表しており―――――』

「物騒だねぇ……母さん」


 少年は制服を着てパンをカジり、テレビを見てこう呟いた。


「そうねぇ……それはそうとそろそろ学校に行かないといけないんじゃない? 」


 母親が時計を見てふと呟く。

 その呟きに釣られて少年が時間を確認し、思わず椅子から立ち上がった。


「本当だ! 行って来まーす!! 」

「行ってらっしゃ~い」


 少年は駆け足で学校に向かった。

 そんな様子を、どこかから黒い服を着た女が見つめていた。


「ある者には日常に、ある者には非日常に時間は流れる。……君の場合はどちらかな? 」


 誰に語りかけたでも無く黒い服を着た女……Jの口からは、そんな言葉が漏れていた。

 そしてその言葉は誰にも聞かれること無く語り部本人と共に消えていった。


「にしてもあの女の子、中村瑠美……だっけ? 彼女中々やるねぇ……いつか―――――」




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