剣と悪魔

鳥皿鳥助

~プロローグ~

不運な少年

 





「ふぁ~……こんな朝早くから行くの? 」


 玄関口で靴を履く両親にパジャマ姿で声をかける俺は村田剣人という、この時は至っていたって普通の中学3年生だ。

 父さんと母さんは俺が生まれる前、株だか宝くじだかで一発デカイのを当てた。派手には使わず、ゆるーく使うことで貧乏ではないけど比較的恵まれた家に生まれ落ちたと自覚している。家族の仲も悪くない所かとても良い。


「あぁ、場所がちょっと遠いから早めに行くんだ」

「あまり遅くはならない様にするけど……冷蔵庫にご飯の作り置きがあるから、お腹が空いたら温めて食べるのよ? 」


 母さんは旅が好きで、よく父諸共家族旅行と称してあちらこちらに引っ張り回されている。それに付き合わされ続けた結果、俺も旅が好きになった。

 だがインドア派の父さんは毎回あまり乗り気ではない。それでも俺や母さんの為にいつも下調べ等を頑張ってくれているのを俺は知っている。


 そんな父さんも今日はニコニコしている。なんでも運良くペアの温泉チケットが手に入ったらしく、ちょっと遠い場所にある有名所の温泉に行くらしい。


「ん~……分かった。行ってらっしゃ~い」


 あの日も父さんと母さんを見送った俺は、危うく二度寝しかけながらもいつも通り学校へと向った。


 だけど……後の俺はこの時の行動を深く後悔する。例えそれが後悔しても変えられない結果だったとしても、何か行動を起こしても無駄だった結果だとしても。何か出来ることは無かったのだろうか、と。



「ふぁ~……」

「剣人おは~……何か眠そうだな」

「んー、遅くまで“フィーアフリューゲル”の体験版やってたからかな」

「お前……どんだけ心待ちにしてるんだよ……」

「四枚の羽で空を自由に飛ぶファンタジーゲームとか……絶対楽しいじゃん? 体験版でアレなんだしさ」

「そうか、そんな剣人に面白い情報を教えてやろう。パケ絵の九枚羽はラスボス、六枚羽は中ボスっぽいんだってよ」

「え? マジ? なんで分かったの? 」

「何でもチュートリアルの爺さんが伝承を教えてくれるらしいぜ」

「っか~! 俺も粘っとけばよかった~!! 」

「いや、それがどうも確率で……先生来たな。続きは後でな」

「おう」

「全員席に付け~。朝のホームルームを始めるぞ~」



 両親が温泉地を探しに家を出てから早四日。過去に両親は日帰りの予定で四泊して返ってきた事もある。

 だから両親の心配はせず、今日の夕方にでも帰ってくるだろうと思いながら学校へと通っていた。

 家に帰っても両親が居ないことをほんの少しは寂しく思いながらも、友達と何気ない会話をすることでそんな気持ちは紛れていた。



「よーし、今日も朝のホームルーム始める……んだが、村田はちょっと職員室に行ってこい。電話が来てるぞ」

「ん? おい剣人、何かやらかしたか? 」

「何もやらかしてねーよ。まぁ、ちょっくら行ってくる」



 そんな日常も終わりを告げてしまった。

 今更後悔しても遅いというのは十分理解している。でも後悔せずには居られない。


 あの時、少しでも両親を引き留めておけば……

 あの時、日付をほんの数日でも変えさせていれば……


 例えそれが、その程度では回避できない両親の“結末”だったとしても……



「おぉ、村田来たか。お電話変わります」

「ありがとうございます。……もしもし」

「もしもし、―――警察署の相澤あいざわ 佳昭よしあきと申します」

「はぁ、警察の方が何でまた……」

「えぇ、実はご両親が亡くなったので、そのご報告を…………………………」



 なんて事無い、ただの事故だった。

 事故が起きた時、両親はチケットを使う温泉地近くの峠道を通っていたらしい。だがそこは、地元民にも恐れられるほど事故の多い“地蔵峠”と言う場所だった。

 そこは2台の車が車線ギリギリで通れる位の幅しか無く、ガードレールもあるにはあるが速度によってはお飾りと言う他ない。

 両親の車がガードレールを突き破るほどの速度を出していたかと言われると、それは“NO”だ。直接的な事故の原因は対向車線からセンターラインオーバーして正面衝突したワゴン車だ。


 ワゴン車はかなりのスピードを出したまま両親の車に衝突、真正面から衝突した両親の車は何とか停車しようと試みるもスピンしながら山肌へ激突。そのまま反動で谷底に転落したらしい。

 元々人通りの少ない道であった為、通報には時間を要した。翌朝になって通行人が警察に連絡、現場検証によって単独事故ではない事が分かった。正面衝突したワゴンは近くの山道に打ち捨てられ、指紋は取れないナンバープレートは存在しなかった上に燃やされていた為に犯人特定は出来ないに等しかった。


 更に重機の手配がスムーズに行かなかったこと、通報が遅れたこともあり両親の車が引き上げられた時には事故から3日が経過していた。

 その車体も落下の衝撃でぐしゃぐしゃになり、落下の衝撃で破損したエンジンから発生したと思われる火災で燃え尽きていた。


 発見当初は車内にあると思われた遺体も落下の衝撃で外に投げ出されたようで見つからなかった。警察は事故現場周辺を探索したものの、それらしい物は見つからなかった。

 事故当時の様子を求めて苦労をしながらもデータを復旧させたドライブレコーダーの車内映像は、落下の最中に起きた激しい閃光を捉えて以降何も映していなかった。


 辛うじて焼け残った車のナンバープレートから住所や名前が判明し、俺に連絡が来たと言う訳だ。そのナンバープレートも相当な衝撃を受けたのか、途中で分裂しなかったのが奇跡と言われるほどボコボコになっていたそうだ。


 そうして残っていた血液をDNA鑑定し、俺のDNAと照合した結果……事故当時に乗車していたのが両親だと確定した。

 つまり両親は死んだのだ。


 少なくとも警察等の捜査関係者と、俺を引き取った人たちはそう判断した。



「お前は家で引き取る事になった。お前の荷物はお前がまとめろ」



 俺が両親の死にショックを受け、放心している間にも時間は進んでいく。


 遺産の受け継ぎ手続きはさっさと済まされて父さんの兄弟に渡ったが、最後に残った俺の親権はたらい回しにされた。それでも遺産を受け継いだ父さんの弟……今日始めて顔も合わせたこの人に引き取られる事になった。


 そうして俺の意思とは関係なく今まで両親と暮らしてた家を離れることとなり、遺産は両親の兄弟の手に渡され……俺は父さんの弟に引き取られることになった…………






 ――――――――――――――――――――






 剣人を引き取ってくれた叔父の車に乗り、高速道路等を通って六時間程度。

 早朝に前の家を出発し、昼過ぎに到着した。


「ほら、付いたぞ。さっさと車から降りろ」


 そこはほとんどの場所を森と山で囲まれ、所謂いわゆる盆地の真ん中に作られたその小さな町。お世辞にも発展しているとは言えない様な、小さな田舎町だった


「荷物は自分で運び込め。学校は明日からだ。俺は疲れたから寝る」

「あ、うん……」


 叔父はさっさと部屋へと戻って行き、剣人も車に積み込まれていた荷物をいそいそと運び出す。彼に割り当てられた部屋は道中で既に話してあり、多少戸惑いはしたものの迷うことは無かった。

 こうして荷物を運び込んでいる内に日が暮れ、彼のこの町での生活初日が終了した。


「おい、今日は学校だ。サボらずにさっさと行けよ」

「……うん」


 時期的には学期が始まって一~二週間たった頃、幸いにも必要な手続きは叔父が全てやっているので剣人がするべきなのはクラスメートへの挨拶だ。


 剣人は『もう少し早く寝ればよかった……』等と考えながら、坂道の多い通学路を歩いていく。

 学校に付くと剣人は叔父に言われた通り、下駄箱から校舎に入っていくのではなく職員室へと向かった。


 そこには担任の先生と教頭先生が居た。剣人はまずは彼らに挨拶をして、色々な説明を受けた。

 この高校はかなり古いらしく、全校生徒が二百人ちょっとしかいない小さな高校だ。普通であれば統廃合で廃校になってもおかしくない。それでもこの学校が残っているのは町が山に囲まれ、だだでさえ通りにくい道が冬は雪で殆ど通れなくなるかららしい。


 そして各学年で二十五人程度のクラスが各学年に二つだけある。

 剣人は担任の先生に案内されてその数が少なく、とても騒がしい教室の中へと入っていく。


「おーい、全員席に付け~。学期初めだから色々話したい事はあるが、今日は先に転校生を紹介する」


 先生がそう言うと教室は静かになった。

 彼らの注目を浴びてやや緊張気味の剣人は、担任の先生に肩を軽く叩かれて挨拶を促される。


「村田剣人って言います。えーっと……こっちに引っ越してきたばっかりで仲良くしてくれると嬉しいです」


 剣人は空いていた席に座らされ、ホームルームは続けられた。

 今日は転入生である剣人の紹介がメインだったのか、以外にもホームルームは直ぐに終わった。


「―――以上だ、ホームルームを終了する。小休憩の時間は自由にして貰って構わないが、授業が始まる前には席に座っておけよー」

「よぉ、転校生! 仲良くしてくれよな!! 」「都会も良いけど、この町もいいでしょ!! 」「ねぇねぇ、彼女とか居なかったのー? 」「前の学校どんな感じだった? 」「俺がこの町を案内してやるよ! 」


 剣人はこの町に来てからまだ1日程度しか経っていない。

 しかも家以外の場所は一切分からないから案内をしてくれるという提案は嬉しいものだった。が、詰め寄られすぎるとどれから答えたら良いのか分からなくなる。

 どうすれば良いのか分からずにあたふたしていると、爽やかで落ち着いた印象を受ける男子が近付いてきた。


「おいおい、そんなに詰め寄ったら彼も答えにくいだろう? 」


 後に知ったのだが彼は町長の息子で、相澤あいざわ熊五郎くまごろうと言うらしい。彼が一声掛けると詰め寄っていた人も少し減り、話しやすくなった。


『この町なら何とかやって行けそうだ』


 と、剣人は考えていた。


 だが……






 時は剣人がこの町に引っ越してきてから早くも四カ月過ぎた頃。


 彼は自身の両親が死んだ悲しみを表にも見せず……そして誰にも話すことも無く、周囲の人間との仲を深めようと努力していた。そうすると大半の人とは仲良くなる事が出来た。

 それでも、彼を住まわせている叔父とは何故か未だに中が良くならない。それどころか会うたびに邪険にされている。

 その原因は何なのか考えながら、剣人はトボトボと未だに慣れない家へと帰っていく。


 ここ数日は雪が降っており、それなりに積もっている事……そして考えごとをしている事から、彼の足は消して早いとは言えない速度で進んでいた。


「はぁ……どうした物か……」

「おーい、村田~」

「ん? 中村さん? 」


 剣人を呼び止めた彼女の名前は中村なかむら瑠美るみ

 剣人とは同じ学年で同じクラス、そのクラスの中でも中心となるムードメーカーで元気な女の子だ。

 剣人がこの学校で馴染めたのも、積極的に話しかけてくれた彼女のお陰と言っても過言ではない。


「どうしたの? 」

「堅苦しいな~、全く。それはそうと相澤が呼んでたよ」

「相澤君が……? 何で? 」

「さぁ? 理由は聞いてないよ。それじゃ! アタシは熊狩ってくるから! 」


 普段はムードメーカーで同級生の中心となっている彼女だが、祖父達と山で狩りをするのが趣味らしい。山へ向かう日はいつにも増して目を煌めかせてソワソワしている。

 獣の数が少なく、被害を受ける物も無い地域で育った剣人は“マタギ”であったり“狩人”と言った人々とは馴染みが無い。そんな剣人をイノシシの解体現場に案内し、解体を初めて見た剣人が驚きのあまり声を漏らしていたのは瑠美にとって良い思い出だ。


「おう……気を付けてね~……」


 大人が付いてるから大丈夫だろう―――――

 それなりの知識を持っているらしいとは知っているものの、一応は瑠美の身を心配する剣人であった。






 ――――――――――






 ようやくこの町に馴染んできた俺、村田剣人は町長の息子である相澤熊五郎に呼び出されていた。

 だが、それを伝えてくれた中村さんはどこに行けば良いか言わずに去ってしまった。仕方がないので俺は彼の家へと向かった。


 彼の家に行くと、彼の家族が伝言を預かっていたらしい。俺はそれを聞き、小一時間ほど掛けて呼び出された場所へと向かった。


「遅れてごめん……結構急いだんだけど雪は慣れなくて……」


 俺が呼び出された、相澤君が待っていた所。それは雪の深い、ちょっとした崖の上だった。

 ここは神社の近くで、その神社も何やら逸話があるらしい……が、俺はそれを聞きそびれている。


 帰ったら聞かないとな~……


 等と考えていても、相澤君からの返答は無い。

 彼はさっきと変わらずにやや俯き気味に崖の向こう側を見ている。何か物を抱えているのか腕を組んでいるのかは分からないが、手はこちら側だと見えない。


「あの……俺を呼んだのは―――」

「僕はさぁ! ……君と仲良く出来ると思っていた……そう、思ってたんだ……」

「……」

「だけど、それは僕の思い上がりだった……君は僕から奪ってはならない物を奪った……! 」


 相澤君はそう言いながら振り向き、口を三日月形に歪めながら剣人を睨む。

 まるで獲物を見つけた獣の様な……いや、それ以上の狂気を秘めたその瞳に俺は恐怖を覚えてしまった。


「さようならだ、不運な余所者クン……」


 彼はいつの間にかリボルバー式の拳銃をこっちに向けて構えている。

 右手でグリップを握り、左手で銃を支える。所謂いわゆる警官の射撃スタイルと言えばピンとくるだろう。

 彼は銃口をこっちに向けたままハンマーを起こす。


 何を―――――


 そう言葉を紡ぐ前に、彼はトリガーを引いた。俺はすぐに反応する事が出来ず、立ち尽くしてしまう。

 まさかそれが、実銃だとも疑わずに……


「余所者は余所者らしく、異物のままで居れば良かったんだ……ッ! 」


 彼は目を見開いたまま、手に持つリボルバーのトリガーを引いた。

 それと同時に俺は胸に強い衝撃を受けた。まるでフルスイングのバットを受け身もなしに受けたような衝撃で、チカチカする視界と共に俺の体は白い雪へと倒れた。


 こういう場合、出るのはうめき声だと思っていた。だがうめき声の代わりに出てきたのは血反吐だ。

 視界が真っ白に染まり、意識が遠のいたかと思えば……もう2度胸に衝撃を受けて意識が戻された。だが体の感覚は無く、あるのは喪失感のみ。


 ―――――何で……こんな事に……


 冷たい雪の上に放り出された体は既に動かなくなっている。自分からは見えないが、恐らく血が周りの雪を汚しているだろう。

 そんな状態でも辛うじて動かす事が出来た視界からは、憎たらしい程に綺麗な青空が広がっていた。


 ―――――どこで……間違ったのかな……


 体を動かすことも、声を出す事もままならないが何とか思考は動いている。俺は恐らく残り少ないであろう時間で考えた。何でこんな事になったのか、どうすれば回避出来たのか……

 実際には数秒に満たなかったのかも知れないが、俺からすれば数時間は考えていた。


 どうあがいても結論の出ない思考に、脳が悲鳴を上げたのか幻聴まで聞こえてきた。どこかから熊の鳴き声と相澤の悲鳴が聞こえてきたのだ。

 今は雪の積もるような冬で、熊は冬眠しているはずだ。


 熊の鳴き声が無くなると辺りはしんと静かになり、音は何も聞こえなくなった。動物や人間の気配は感じる……タイプでは無かったが、明らかにそれらが存在していないと分かるほど辺りは静かになっている。


 ―――――何だろう、あれ…………


 瞼が落ちる寸前。


 ―――――黒い……天使……?


 狭くなっていく俺の視界に、黒い服を着た天使が入ってきた。

 そいつを天使だと確信出来たのは、背中に2枚の白い“天使の翼”が生えていたからだ……


「ふーん、君達は私と“これ”が見えるんだ。なら……二人にプレゼントしよう。その方が面白そうだ……! 」


 そんな声を最後に俺の視界は狭く、そして黒く染まっていく。

 体の感覚も、思考も……俺がこの世界に存在していると言う感覚全てが消えていった。


『剣人、お前は周りに縛られずに……好きなことをやれよ』


 いつの日か話してくれた、父さんの言葉を残して……




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